「しょ、所長!?」
「ふふ、新しく開発したんだ。名付けて――《ワープドライブ》!!」
「……あっ、なんか普通の名前で安心しました……って、いやいや! いつの間にそんな新発明を!?」
「可愛い部下たちが喜んでくれるかな~って思ってねぇ」
冗談めかした口調のまま、所長はラムザスへと悠然と歩を進める。
変わり果てた姿――大猿と化した肉体を、真っ直ぐに見据えて。
「……随分と、醜くなったもんだねぇ」
『きさま……っ!!』
唸るような声が、濁って返ってくる。
「ふむ、それじゃあ……ちょっと試させてもらおうか」
そう言って、所長――ラヴィスは銀色のフラスコの栓を抜いた。
ジャバッ――!
液体が飛沫を上げ、ラムザスの全身を濡らしていく。
『ぐ、がぁぁあああッ!!』
苦鳴が響き、歪んだ筋肉が波打つように収縮し始めた。
肉が沈み、骨が軋み、凶暴な体躯はみるみる人の姿へと戻っていく。
力を失った巨体が、崩れ落ちるように倒れ込んだ。
「し、所長……今のは……?」
「ふふ、“瘴気還元液”さ。
聖水ほどの純度はないけど、これでも中和には十分なんだよ」
ラヴィスは、軽やかな足取りでこちらへ向き直る。
そして――私に、視線を向けた。
「そして……なるほど。君が“エレン君”だね。教会所属の戦士」
「ああ」
「その服装……やっぱり私が作ったものだったか」
「……!」
「魔力の性質によって、衣服の色と装飾が変化する――
あれを頼まれた時はね、一体どんな奴が着るんだって、正直頭を抱えたよ。
でも、今なら……全部理解できた」
ラヴィスは、いたずらを白状するように笑って、
そのまま、深く頭を下げた。
「……エレン君。彼らを守ってくれて、ありがとう。
今も中で聞いているであろうエレナ君にも、よろしく伝えてくれ」
その眼差しは静かで、どこまでも穏やかだった。
だがその奥には、確かな敬意と信念が宿っていた。
「さあ、ラムザス。罰の時間だ」
合図のように、ワープゲートの向こうから数人の騎士が現れる。
「回収する」
短く告げると、彼らは倒れたラムザスを迷いなく担ぎ上げた。
「それじゃあ――」
ラヴィスは軽く手を振り、背を向ける。
「ごきげんよう。良い旅を――」
シュゥン……
青く光るワープホールが、音もなく閉じていった。
残されたのは、微かな風と、静寂だけだった。
⸻
──
──全員を外へと運び終えた。
塔の中に残った最後の問題は、ひとつだけ。
(……私のこと、だよね)
“この身体”に、仲間たちの視線が集まる。
「これから、彼女の口から話がある。どうか……聞いてやってくれ」
エレンの声が、静かに響いた。
誰も言葉を発さなかった。
けれど、その沈黙には――拒絶の気配はなかった。
私は、ゆっくりと意識を沈めていく。
静かに、そっと、内側へ。
──そして。
入れ替わるように、私が“表面”へと浮かび上がった。
髪は銀から、柔らかな金へ。
瞳は赤の深さを失い、透き通った碧へ。
そして衣は、闇の黒から、優しい白へと変わっていく。
「こ、これは……」
「っ……!」
「ど、どういうことですかぁ!?」
突然の変化に、戸惑いの声が広がる。
けれど私は、逃げない。
目を逸らさず、彼らの視線を正面から受け止めて――
「皆さん……私の身体には、“ふたつの魂”が宿っています」
「ふたつの魂……?」
シイナさんが、一歩前に出て訊ねてくる。
「……私たちは、意識を共有する関係なんです。
いわゆる“二重人格”のようなもの、と言えば分かりやすいかもしれません」
「ってことは……エレンさんとエレナ、君たちは完全に“別の存在”ってことか……?」
私は、静かに頷いた。
「はい。私とエレンは、幼い頃からずっと一緒にいます。
どうして共にいるのか――それは、私自身ももう思い出せません。
エレンも……記憶を失っていたんです」
静けさが、空間を包む。
だが、その沈黙は冷たくはなかった。
「私は昼間、教会に仕える“聖女見習い”として過ごしてきました。
そして夜には、エレンがS級冒険者として動いてきたんです」
「……なるほど」
「ふぅむ……そういうことですかぁ……」
「マジかよ……」
「…………」
驚き、理解、困惑、そして――まだ言葉にできない感情。
さまざまな思いが交錯する中で、私はそっと胸の前で手を握る。
そして、深く頭を下げた。
「皆さんに隠していたこと……本当に、すみませんでした。
心から、お詫びします」
(……怖かった。けど、信じたんだ。
私が旅してきたこの人たちは、ちゃんと、受け止めてくれるって)
震える気持ちを、どうにか言葉に変えて。
私は――ようやく、“本当の私”を語ることができた。