空を高速で飛翔する戦闘機あり。
単発戦闘機である主力戦闘機「F−35AライトニングⅡ」と異なり、双発であるそれは「F-22Dスーパーラプター」。キャノピー下に刻まれた「SATSUKI」の文字がその戦闘機が
「グスッ、ヒック」
そんな死神の操るはずの機内に泣き声が響いていた。
「お、おい、いい加減泣きやめよ」
皐月の後席に座り
「だって……
「会ったこともない奴だろ?」
「でも、井上ちゃんなんか婚約者までいたのに……」
「それも、さっき知ったばっかりだろうに……」
有輝に言わせれば、瑞穂は「生徒会」に向いている人間ではない。
生徒会に求められるのはどれだけ人が傷ついても傷つかない冷徹な心、機械のような人間性だ。
しかし、瑞穂にはそれがない。あまりに真面目で、感受性が高すぎる。情報収集コンピュータが伝えてくる全ての情報を読み込み、全てを自分ごととして処理してしまう。
そして、ドラゴンとの戦いは過酷だ。ドラゴンが新たな手段を講じてくることは珍しくないし、まだ訓練も十分ではない少年少女を戦線に投入するものだから、犠牲者が出ることも多い。
だから、いつも作戦の後は泣いていた。
今回もそうだ。事前の作戦プランで参加している全員の個人情報を頭に入れて出撃して、新種のドラゴンが口から超射程のプラズマを吐き出して、AWACSを撃墜し、そのまま薙ぎ払うようにソーサラーチームをも撃墜するその光景全てを高高度から目撃して、そして冷静を装ってリーダーに報告してから、泣き出した。
「まぁ、あれだな。ついにドラゴンはデカくてレーダー波を撒き散らしてる奴が厄介だと理解したのかもしれないな」
新種のドラゴンが初手でAWACSをスナイプしたことについて、有輝が雑談を持ちかけるが、瑞穂はそれでも泣き止むことはない。
有輝としては早く泣き止んで貰わないと、いつこの戦闘機が制御を失って墜落するか分かったものではなく気が気ではない。
圧力感応型であるスーパーラプターの操縦桿はパイロットの微弱な動きにもよく反応する。ずっと泣いている彼女が未だに水平飛行を維持出来ているのは、彼女がパイロットとして優秀ではあることを示してはいる。
とはいえ、それが彼女が不向きな生徒会に所属することになっている原因でもあるのだが。
生徒会に求められるのは必ず生存出来るだけの魔法技術と操縦技能を持つこと、それのみであった。そして不幸にも瑞穂はそれを持っていた。
自ら志願して自衛官となった有輝にしてみれば、彼女のような少女をこのような任務に連れ出す現在の国の意向には賛同しかねる。
「なぁ、帰ったら——」
お菓子でも買ってやるから、といつも通じないと分かっているのに下手くそな慰めをしようとした直後、機内に皐月の広域警戒レーダーが警告を発する。
「グスッ……何?」
「今探してる……見つけた」
危険を検知してなんとか涙を自制した瑞穂が尋ねると、有輝は手元のコンソールを操作し、レーダーの情報を確認する。
「前方に不明機、
瑞穂の視界に映るレーダーにも反映される。レーダーの表示によると戦闘機サイズだ。
「何なの? まっすぐ突っ込んできてるけど」
「不明。
「分かった」
皐月において、機長は階級が上であるWSOの有輝になるので、非常時以外はこのように有輝が指示を出し、瑞穂が従うのが基本だ。
瑞穂は基本に忠実に有輝の指示に従い、衝突を回避する機動をとる。
するとレーダー上の不明機もそれに追従する。
「どうする?」
「通信で呼びかけてみる」
瑞穂の問いかけに有輝が応える。
「ダメだ、回線を閉じてるらしい」
「急がないとぶつかるよ」
直後、高速で皐月の側を戦闘機が通り過ぎていく。
「ラプターだ! 友軍機なのか?」
その様子を見て、有輝が叫ぶ。
「でも、部隊章もコールサインもついてなかった」
「見えなかっただけだろう」
今の戦闘機はステルスのためにロービジと呼ばれる機体色に近い色合いで塗装が施されており、この超高速で交差する一瞬の中で見えるとは思えない。
「ううん、ついてなかった。あれは生徒会機じゃない」
「……」
しかし、瑞穂は強気にそう言い切った。思わず有輝は唸る。瑞穂の動体視力はパイロットとして非常に優れている。その瑞穂が見えたというなら、見えたのだろうか。
日本に十二機のみ存在する生徒会機たるスーパーラプターは全て尾翼に生徒会の部隊章とキャノピー下にコールサインが刻まれている。
それがないということは、あの機体は一体なんだ?
だが、それを論争している暇はなかった。
直後、皐月の情報収集コンピュータに不正アクセスを検知した、と皐月の統合コンピュータが警告を飛ばしてくる。
「なんだ。さっきの奴か? 回線は閉じてるくせに向こうからは繋がってきてるのか。なら、
「皐月のデータはやらせない。さっきのやつなら……、
瑞穂がコンソールの赤いボタンを押すと近距離戦闘モードが起動し、瑞穂の視界上に【
「おい待て、三尉。まだ友軍機のIFFが故障している可能性も……」
「それはない。あれは生徒会のラプターじゃない。それにこっちは後ろを取られてる。どうしても気になるなら、浜松基地に問い合わせて」
「やってるが、通信が繋がらない。ジャミングか?」
なかなか泣き止まないのもそうだが、こうなると瑞穂は頑固だった。
瑞穂は首を斜め後方に向けて、旋回して斜め後方から迫ってきている不明機を視認、視界の中央に配置されたレディクルの位置に固定。
「皐月、
操縦桿のミサイル発射ボタンを押す。
皐月の下部左右に搭載された
発射されたミサイルは直進した後、緩やかにカーブを描き、不明機に向かう。
ミサイルはまっすぐ不明機に飛んでいき、そして、不明機が魔法陣を展開、一気に高高度へ垂直に飛び上がったことで、ミサイルは追尾失敗する。
「魔法現象!?」
瑞穂と有輝はともに驚愕する、今確かに、敵は魔法を使ったのだ。
「魔法戦モードに切り替える」
瑞穂はコンソールを操作しつつ、機首を上空へ向ける。【RDY AIM-120D】
「今、浜松基地から返答があった。現在、皐月を除く生徒会機は全て浜松基地魔法学校の格納庫にあるそうだ」
「なら、敵で決まり。
脳から右腕を通って操縦桿に向けて異物が通り抜けるような感覚が走る。魔法発動時特有の不快な感覚。
機関砲の先端に魔法陣が出現し、雷が走る。優れた魔法使いである瑞穂は短い詠唱で確実に魔法を発動出来る。
敵機はこれを機体を地面に大して垂直にロールしてからの魔法垂直移動で一気に真横に退避し回避、あくまで攻撃はしてこない。
「敵が魔法を使ったタイミングで通信が繋がったということは、さっきまであの敵が魔法でジャミングしてたのね」
という瑞穂に有輝がなるほどと頷く。
一般的に魔法現象は一人につき同時に一つしか使えないと言われている。回避に魔法を使ったことで通信妨害に使っていた魔法が途切れたのだろう。
「三尉の推測通りだ。
「その必要はない。皐月、
皐月が下部中央の
ミサイル発射を示すコード「フォックス」の後にはミサイルの誘導方式によって続く数字が変わる。先ほどのサイドワインダーは熱源を探知し誘導する
なぜミサイルを使い分けるのかと言うと、魔法現象は一定の熱を持つという特性があるためだ。魔法で戦闘する場合は熱源誘導のサイドワインダーではなく、レーダー誘導のアムラームを使う必要があった。
「おい、魔法は……」
しかし、今回は魔法が詠唱されていない。
直後、再び敵機が垂直移動してミサイルを回避する。
「
と思った直後、ミサイルに魔法陣が纏わりつき、ミサイルが自爆、そこから尖った石が飛び出してきて敵機に突き刺さった。
尖った石の剣が敵機に突き刺さり、エンジンから炎と煙が噴き出す
と言っても、二発あるエンジンの片方がやられただけ、まだ致命傷ではない。
敵機は急旋回、東の方向へとまっすぐ離脱を始めた。
「待て——」
「待つのは君だ、三尉。交戦許可は出ていない。これ以上の追撃は責任問題になる」
生存が至上命令である生徒会は独自の自衛交戦権を持つが、逃げる敵を追撃するのは認められない可能性が高い、と有輝は警告する。
そもそも敵機は物理的には攻撃してきていないので、今の時点で皐月クルーの立場は怪しい状態にあった。
「了解。戦闘終了。
「あぁ、今度こそな……」
ふぅ、と有輝が座席に体重を預けた、その次の瞬間。
「ふえーん、怖かったー。魔法使う戦闘機と戦うなんて聞いてないよぅ」
瑞穂が急に泣き出した。
「おいおい……。全く、戦闘中とはまるで別人だな」
間も無く、皐月は浜松基地に上空に到達。
浜松基地の滑走路に着陸し、浜松基地魔法学校に併設された生徒会専用の格納庫へと帰還したのであった。