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第2話「憧れの生徒会長」

 浜松基地魔法学校。

 その名の通り、静岡県浜松市中央区に存在する浜松基地に併設されたその学校は、やはりその名の通り、魔法を教える学校である。

 防衛大学校と同じく、入学即ち自衛隊入隊を意味する学校だが、大きな相違点として中高一貫校という点がある。

 これは人類が見つけ出した魔法因子に適合するのが第二次性徴期を終えた直後の少年少女のみであるという特性に由来する。

 中学の間にパイロット技能と魔法技能について一通り学び、高校になるとより実践的な内容を学びながら、実際にパイロットとして出撃するようになる。

 その高校過程の空戦機動の座学を聞きながら、瑞穂みずほは窓の外に見える滑走路を眺めていた。

 滑走路から一機の戦闘機が離陸しようとしている。尾翼に円と五芒星、そして剣と片翼の翼という構成の部隊章が描かれたその機体はスーパーラプター。瑞穂と同じ生徒会機のどれかだろう。

大井おおいさん、聞いていますか?」

「あ、え、はい!」

 突然教師にあてられ、思わず瑞穂は高い声を上げる。

 密かにくすくす、と瑞穂を笑う声が上がるのを、優れた聴力を持つ瑞穂は聞き逃さない。

「では、大井さん。先程の問いに答えて下さい」

 困った。普段真面目な瑞穂であるが、昨日の出来事が強烈に頭に残った今日だけは例外で、真面目に話を聞けていなかった。

 謝罪しよう。瑞穂が口を開きかけたその時。

「生徒会の大井 瑞穂三等空尉。直ちに生徒会室へ出頭してください」

 そんな校内放送が流れる。

「……仕方ありませんね。大井さん、行って来なさい」

「はい。失礼いたします」

 瑞穂は短く頷き、教室を後にする。

「死神がお高く止まっちゃって」

 なんていう類の批判が聞こえたことも、決して瑞穂は聞き流せなかった。


 生徒会室は生徒会用戦闘機格納庫のすぐ隣にある。これは生徒会室でのブリーフィング後、すぐに出撃できるようにという配慮であり、生徒会執行委員達のようなデスクワーク要員が素早く戦闘機の出撃状況を確認できるようにという意図もある。

「大井 瑞穂三等空尉です」

 瑞穂は短くノックしてから宣言すると、「入れ」という女性の声が聞こえる。

「入ります」

 生徒会長の声だ、と嬉しく思いながら、瑞穂は生徒会室の扉を開ける。

「待っていたぞ、大井一尉」

 そこに一人椅子に座って書類と向き合っていたのは生徒会長の本田ほんだ りん一等空尉だった。

「生徒会長!」

 一瞬緩む頬を必死で立て直し、真顔を維持しながら、瑞穂は凛に敬礼する。

「楽にしてくれ」

「はい」

 凛が手で指して、長机の前に置かれた椅子に座るように促す。

「失礼します」

 瑞穂が座る。

「授業中にすまなかったな」

「いえ、復習のようなものでしたから」

 凛の言葉に瑞穂が首を横に振り、凛がそうか、と頷く。

「まず、昨日は情報収集任務ご苦労だった。新種のドラゴンはグレータータイプワンと呼称されることとなった」

「そうですか」

 昨日の事を思い出し、瑞穂は思わず再び涙が浮かびそうになるのを必死に堪える。

 あの新種のドラゴンはソーサラーチームを攻撃している隙を付いて急接近したコンジャラーチームにより撃破されたが、コンジャラーチームからも犠牲者が出たし、ソーサラーチームに至っては引率の自衛官であるソーサラー・リーダー以外の生徒は全滅している。そして、なにより初撃で撃ち落とされた早期警戒管制機AWACSのクルーにも生存者はいない。

「泣きたければ泣いていいんだぞ。これから一時間はこの部屋に誰か人が来る予定はない」

「ぐすっ……、すみません……」

「全く、瑞穂は泣き虫だな」

 凛の言葉に涙の我慢を止め泣き出す瑞穂に、凛は書類を机の上において歩み寄り、ゆっくりと瑞穂の頭を撫でる。

「生徒会に入ってもう三ヶ月か。どうだ、皐月は」

「はい、良い機体です。コンピュータも優秀だし」

「そうだろう。私が使っていた頃からそうだった」

 泣いていては本題に入れないな、と振った雑談に、瑞穂は泣きながら応じる。

 凛は今でこそデスクワークを担当する生徒会長だが、以前は皐月のパイロットだった。

 泣き虫な自分のことも受容してくれる優しい凛の事を、瑞穂は大好きだった。だから、凛が大事にしていたという皐月を自分も大事にしようと決めていた。


「そろそろ本題に入ろう。君が見たという不明機についてだ」

 やがて、瑞穂が落ち着いてきたタイミングを見計らい、凛が切り出す。

「はい。部隊章のないラプターのことですね」

「そうだ。その存在は皐月の情報収集ユニットにも記録されていた」

 凛がリモコンを操作し、スクリーンに記録映像が表示される。一時停止。やはり尾翼にもキャノピー下にも所属を示すものはない。

「そして、魔法現象も使うと来た」

 早送り。スロー再生。魔法陣を展開し、一気に高高度に逃れるラプター。

「問題はこれがどこから飛んできたか、ということだ。言うまでもないが、現在、日本にあるスーパーラプターは生徒会に配置された十二機のみだ。そして、スーパーラプターがアメリカから供与されている国はそう多くない」

「……生徒会長はどこか……つまり他国が皐月の情報を得るためにラプターを差し向けたとお考えなんですか?」

「そうだ。……厳密にはもっと上がそうお考えらしい。だが、私もその解釈が妥当だと思う。とはいえ、これはまだ極秘事項だ。生徒会でも一部の人間しか知らない」

 凛は生徒会長、つまり、生徒会の長であるが、あくまで生徒会の戦隊指揮官に相当するポジションである。その上には自衛官でもある生徒会顧問がおり、更にその上には自衛隊の組織図がある。

 もっと上、というからには顧問より更に上、航空自衛隊の高官がそう考えている、ということだろうか、と瑞穂は推測する。

「君の優れた魔法技術のおかげで、不明機は傷を負った。相変わらず素晴らしい魔法技術だ、大井三尉」

「生徒会長にお褒めいただけるなんて、光栄です」

 凛の言葉に、思わず瑞穂が嬉しそうに笑う。

「ふっ、やっと笑顔をみせてくれたな。さて、そんなわけで、不明機が墜落している可能性もあるから、念の為生徒会機を調査にやったが……失礼」

 生徒会長の席にある内線電話がコールされる。

「本田一尉だ。……承知した。帰投命令を」

 電話に出る様子を見て、どうやら結果が出たらしい、と瑞穂は察する。

「文月から報告があったらしい。会敵地点から東へ敵機迎撃ラインまで調査したが、それらしき痕跡は発見出来なかったようだ。帰投後、情報収集ユニットの中身をより詳細に改めれば何らかの痕跡が発見できる可能性もあるが」

出雲いずも三尉は私より目が良いと聞きます。彼が発見出来なかったなら」

「あぁ、何もない可能性のほうが高いだろうな」

 真面目な瑞穂は、交流は殆どないなりに、生徒会パイロットの一通りの情報は頭に入れていた。その様子に満足気に頷きながら凛は同意する。

「……瑞穂、君、口は堅いな?」

「え、そ、そうですね。軽くは、無いと思いますが」

 そもそも有輝以外に雑談する友達など殆どいない。いや、有輝も上官であって友達ではないが。

「だろうな。君から極秘情報が漏れたという話は聞かない」

 凛は扉まで歩いていき、扉を開け、念の為廊下に誰もいないことを確認してから、瑞穂に向き直る。

「……実は、上は不明機が米軍機ではないかと疑っているらしい」

「アメリカが? ですが、スーパーラプターは収集した情報を全てアメリカに渡す事を条件に供与されているはずでは? アメリカがわざわざ皐月の情報を奪いに来る理由がありません」

「その通りだ。だが、上はそう思っていない。我々に預かり知らない事情があるのかもしれない」

「というと……、我が国がアメリカに何か隠していることがある、ですとか?」

「滅多な事を言うものではない。少なくとも私は長谷川はせがわ一佐からそう言われた」

「ということか、会長も同じことを考えて仰ったんですね」

 長谷川 翔太しょうた一等空佐は生徒会の顧問。つまり、生徒会の一番上を担う責任者だ。

「こほん、ともかくだ。あの不明機の狙いが我々生徒会機の持つデータだとするなら、今後も接触がある可能性は高い。今後、順次生徒会機のコンピュータに搭載された攻性防壁を強化する予定だが、もし次があれば、撃墜しろ」

「なんですって?」

 思わぬ言葉につい瑞穂は聞き返す。今、凛は撃墜しろ、と言わなかっただろうか。

 確かに昨日、少々頭に血が上った瑞穂はまさにそれをしようとしていたわけだが、対ドラゴン戦が特殊なだけで本来専守防衛の姿勢を持つ自衛隊としては有り得ない判断だった。

「撃墜しろ、と言った。我々の至上命題はデータをすべて持ち帰る事であり、そのためには手段は選ぶ必要がない。と長谷川一佐は仰った」

「ですが、別にあのラプターは攻撃してきたわけでは……」

「だが、皐月のコンピュータに侵入してきた。もしかしたらデータを消すつもりだった可能性もある。そうであれば、データを全て持ち帰るべしという命題に反する」

「とりあえず理解はしました。けど、いくらなんでも自衛隊らしくない判断です」

「あぁ、私もそう思う。だから、やはりあの不明機の裏にはなにか秘密がある」

 瑞穂の言葉に凛が頷く。

「まさかドラゴンとの戦いと一緒に、人間相手の戦いまでしなきゃならないなんて……」

 辛い生徒会の任務。それを脱柵せずにやり遂げている瑞穂のモチベーションは自分の情報がドラゴンとの戦いでの犠牲者を少しでも減らすこと、そして少しでも早くを終決させることに役立つと思えばこそだ。

 にも拘らず、どうやら国は人間同士で足の引っ張り合いをしているらしい。瑞穂にはなんだかやるせなかった。

 凛はその瑞穂の呟きには何も言わず、ただ、一度、瑞穂の髪を撫でた。

 視界の隅で、「FUMIDUKI」とキャノピー下に刻まれたスーパーラプターが格納庫に戻ってくるのが見える。

「出雲三尉が戻ってくるな。もう授業に戻っていいぞ。その前に顔を洗っておくことをお勧めする」

「はい、ありがとうございます」

 瑞穂は立ち上がり、凛に一礼してから生徒会室を去った。


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