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第3話「ある日の日常」

「ソーサラー・リーダーより各機、敵機迎撃ラインを越えた。全武装安全装置解除マスター・アーム・オン

 超高高度。戦闘機が飛べる最高高度ギリギリを飛ぶ戦闘機があった。

 キャノピーの下には「SATSUKI」の文字。

 皐月の情報収集コンピュータが無線も含めて情報収集するのを、瑞穂みずほは黙って聞いていた。

 現在、皐月は瑞穂の魔法によりその存在が外部から光学的に視認できなくなっている。SF風に言うと、光学迷彩のようなものだ。

 超高高度からは水平線が丸く見える。瑞穂も初めて見た時は地球は本当に丸かったんだ、と感動したものだが、今となってはドラゴンを前にしても醜い争いを続ける愚かな人間を乗せた哀れな揺籠にしか見えない。

「ソーサラー・リーダー、交戦エンゲージ

 ソーサラーチームがワイバーンタイプツーと戦闘を開始する。

 ソーサラー・リーダーの声からは今度こそ編隊機を失わない、と言う気負いを感じる。

 彼、本名松本まつもと あきら二等空佐は熟練現役パイロットな自衛官の中では面倒見の良い人物として知られており、高等部一年……つまり、新人の魔法使いパイロットをよく任されている。

「イーグルアイとのデータリンク、問題なし。今回はグレータータイプワンは出てきてないようだな」

 瑞穂の後ろから、有輝ゆうきが声をかけてくる。

 イーグルアイはこの戦場の後方を飛んでいる早期警戒管制機AWACS、E-767の無線上の呼び名コールサインだ。AWACSとは大型レーダーを搭載した大型機で、周辺空域を索敵し警戒し、そして指揮を行う存在だ。

 高度な情報収集ユニットを積んでいるとはいえ、所詮戦闘機サイズに過ぎない皐月にとっては、代わりに広い範囲をその大型レーダーで確認してくれる目であり、耳である。

 本来この空域を守るAWACSのコールサインはスカイアイであった。だが、スカイアイは前回の戦いで撃墜されてしまった。そのため、急遽北方航路を監視していたAWACSであるイーグルアイがこの空域に配備された。

 北方航路はアリューシャン列島のさらに北まで回り込んで、アメリカ大陸と往還する航路で、太平洋の安全がドラゴンにより脅かされる今、アメリカ大陸とやりとりするのに主流の航路になっている。

 北方航路にまでドラゴンが現れたという話は聞かないが、安全が確立されているわけでもない。代わりに情報収集ユニットを積んだ生徒会機が北方航路の警戒にあたることになっている。

今井いまいちゃん、大丈夫かな……)

 現在、北方航路を警戒している生徒会二番機「如月」のパイロットである今井 彩花さいか三等空尉は数少ない瑞穂の知り合いであり、瑞穂は少しだけその様子が気になっていた。

「コストが高くてそう簡単には運用出来ないのかね」

「え、ごめんなさい、なんの話だったっけ」

 そんなことを考えていると有輝がそんなことを言い出すので、思わず瑞穂は問い直す。

「だから、グレータータイプ1だよ。俺たちにとっての前回の戦いで、ドラゴンはグレータータイプ1がいれば一気にたくさんの戦闘機を撃墜出来ると学んだはずだ。にも拘らず、あれ以来、グレータータイプ1が出現する気配はない、だろ?」

「突然どうしたの、二尉。無言の時間が寂しくなった?」

 突然そんなことを有輝が言い出すのは珍しかったので、思わず瑞穂は問い返す。

「いや……、俺は三尉が松本二佐の声を聞いて、思い出し泣きするんじゃないかと心配になって……」

 真顔で瑞穂に尋ねられ、慌てたように有輝が弁解する。

「そっか。ごめんなさい、心配かけて。でも大丈夫、ずっと泣いてばかりじゃ、いられないから」

 その様子に瑞穂は思わずフッと笑ってから謝罪する。

「笑えるなら、よかったよ」

 眼下では戦闘が繰り広げられている。

 斥候のワイバーンタイプ2のソーサラーチームが戦い、本命と思われるドレイクタイプ3とコンジャラーチームが戦っている。まるで、前回の焼き直しのような戦闘だ。

 ワイバーンタイプ2は近年で最もよく見られるドラゴンの一種で、黄緑色の翼竜の姿をしている。高速飛翔状態であればF-35Aの巡航速度と匹敵する速度を持つが、ミサイルを振り切れるほどの機動性はない。多くの場合、今回や前回のように時間差をつけて最初に攻撃する役目を担う。

 対して、ドレイクタイプ3はこれまた近年最もよく見られるドラゴンの一種で、より西洋のドラゴンらしい、胴体と四つ足を持つ大きめの個体だ。こちらは速度こそ伴わないが、タフで、魔法を帯びた魔法でも数発では落ちず、厄介だ。この個体は陸上での戦闘を本領とするところで、上陸されると厄介極まる。

 なので、おそらくドラゴンとしては、ワイバーンタイプ2が敵を惹きつけ、ドレイクタイプ3がその間に陸地に上陸する、と言う戦術を取りたいものと推測される。

 実際には現代空軍にはAWACSがおり、そんな簡単な戦術には引っかからない。前回、グレータータイプ1がAWACSを狙撃したのは、その辺りを理解してのことかもしれない。

「実際のところ、ドラゴンはそこまで考えているのかしら」

「え?」

 瑞穂の呟きに有輝が聞き返してきたので、瑞穂はここまでの考えを伝える。

「あぁ、グレータータイプ1の登場はやっぱりそう思えるよな」

 有輝も瑞穂の推測に頷く。

「まぁ結論から言うと分からん。士官とはいえ、階級の低い俺達のところまで上の考えは伝わってこないしな」

 そもそも、ドラゴンの侵攻目的さえ不明なのである。

 新天地を求めゲートを開いたはいいものの、そこは海上で、活動や繁殖に適した陸地を求めている、と言うのが民間の間で主流の説ではあるが、現状、太平洋諸国は防衛戦を続けており、まだそれが突破されたと言う前例はない。日本に襲って来るドラゴンが小規模なのも、ハワイやグアムで防衛戦が繰り広げられてこそだ。ゲート出現当初、一度アフリカにドレイクタイプ1と呼ばれるドラゴンが上陸したことがあるが、多国籍軍の協力を交えた焦土作戦で水際防衛に成功しており、やはり上陸され占拠されると何が起きるのかは不明のままだ。

 そんな話をしている間に、戦域内に敵影が存在しなくなったことを情報収集コンピュータが告げる。

 念の為レーダー上を確認すると、味方機は全員健在の様子だ。

「犠牲者なし、よかったぁ」

 ホッと、息をついた瑞穂の笑顔に、有輝は思わずフッと笑う。やはり、年若い少女はこれくらい無邪気な笑顔でいてくれた方がいい、と自分もまだ二十代の有輝は年老いたことを思った。

「皐月、情報収集任務完了。基地に帰投するRTB

 瑞穂は光学迷彩の魔法を解除し、浜松基地に向けて帰投する。

「今日は何事もなく終わったな。いつもこうだといいんだが」

 有輝がやれやれ、と呟く。

「待って、二尉。あの不明機がまた現れる可能性がある。警戒は解除しないで」

「不明機ってゴーストラプターのことか?」

「ゴース……何?」

 座席に体を預けた有輝に、瑞穂が言葉を投げかけると、有輝がコンソールの操作に戻りながら問い直してくる。

「ゴーストラプター。お前がエンジン片っ方破壊したあの所属不明のラプターだよ。空自の間じゃ、結構話題になってるぜ」

「嘘でしょ? まだ極秘だって会長が」

「そりゃ学生の間での話だ。士官には全員通達がいってる」

 士官とは階級が尉官以上、つまり三等空尉以上の階級の自衛官の事を言う。その意味では、高等部に上がった時点で三等空尉になる魔法学校生も士官なのだが、様々な事情から扱いが異なっており、区別するために俗に「学生の士官」と「正規の士官」と言う呼び分け方がされている。

「そうだったんだ」

 学生とそれ以外で扱いが違うことはいつものことなので、なるほど、と瑞穂は素直に頷いた。

「それにしても、ゴーストラプター、ね」

 幽霊のように突然現れ、突然消えた、と言う意味ではまさしくあれはゴーストかもしれない、と瑞穂も思った。

「広域レーダーに未確認機の反応なし。今日はまっすぐ浜松基地に戻れそうだ」

 と、嬉しそうに有輝が言う。そう気楽に軽口を叩きながらも、レーダーを警戒する手は止めない。スーパーラプターは現存する全ての戦闘機の中で随一のステルス性能を誇る。

 ドラゴンはレーダーを使わないのでステルス性能は必要ない、と言う理由もあって、情報収集ユニットと増槽を搭載しているためにステルス性能を犠牲にしている生徒会機と違って、ゴーストラプターは余計なものを一切ぶら下げていない状態だ。レーダーに映らない可能性も高い。

 故に有輝は僅かに一瞬生じた違和感さえも見逃さぬよう、レーダーを警戒する必要があった。

「お疲れ様、二尉。間も無く浜松基地に到着する。管制塔タワーと連絡をとって、着陸許可を」

「了解」

 結局、ゴーストラプターは現れなかった。

 こうして、皐月のいつもの日常は流れていく。

 ——はずだった。

「こちら管制塔。皐月、その場で停止せよ」

 格納庫への移動中、管制塔から通信が入る。

「え?」

 やっと帰投できた、と緩やかな空気が流れ始めた矢先の突然の言葉に瑞穂も有輝も虚を疲れたように問い返す。

大井おおい三尉、それから柴田しばた二尉も。こちらは本田ほんだ一尉だ」

「生徒会長? どうしたんです?」

 突然聞こえてきたりんからの通信に、瑞穂は困惑する。その間に、給油車が接近してくる。

「今からもう一度上がれるか? 二番機、如月からの交信が途絶えた。今すぐ上がれるのは君達しかいない」

「如月——、今井ちゃんが!?」

 瑞穂が顔を青くする。

「あぁ、今すぐエンジンをつけたまま給油ホットフェリングして、再離陸し、捜索隊に加わって欲しい」

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