目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第4話「北方の救難」

「お願い、今井いまいちゃん、無事でいて……!」

 皐月のパイロット、瑞穂みずほがスロットルを強く押し込む。視界内に【A/B】の表示が出現し、推力増強装置アフターバーナーが起動したことが分かる。

 アフターバーナーとはジェットエンジンの排気に対してもう一度燃料を吹きつけて燃焼させ、高推力を得る仕組みのことである。スーパーラプターはアフターバーナーなしでも超音速による巡航飛行スーパークルーズを実現しているが、アフターバーナーを起動することで、より高速で目標に向けて飛翔出来る。

「三尉、急ぎすぎだ、そんな調子では空中給油地点に到達する前に燃料切れで墜落するぞ」

 その様子に後席の有輝ゆうきは警告を飛ばす。

 燃料を再度吹き付けるわけだから、燃料の消費は激しくなる。如月の反応消失地点までアフターバーナーをふかしっぱなしで飛ぶのは現実的では無かった。

「……了解」

 有輝の指摘を受けて、瑞穂はスロットルを戻し、アフターバーナーを解除、音速巡航飛行に切り替える。

 とはいえ、アリューシャン列島まで、直線距離で約四千キロはある。スーパーラプターは理論上、最大でマッハ3(約時速三千五百キロメートル)の速度を出せるとされているが、それでも一時間以上はかかる計算だ。先ほど有輝が触れた通り、その速度を出し続けることは出来ないし、仮に出来たとしてもそこまでの最大速度は熱の壁が邪魔となり出せない。そんなわけで、皐月はマッハ2に届かない程度の速度で二時間かけて反応消失地点に向かっていた。

 一時間経っても北方航路はまだ遠い。瑞穂は必死でスロットルと操縦桿を握りしめているが、後席の有輝としては少し暇になっていた。なので、瑞穂に気になっていたことを問いかける。

「今井三尉とは知り合いなのか?」

「何を今。ちゃんと周り見て警戒してる? 如月が反応消失地点より手前まで戻ってきてる可能性もある」

 瑞穂の返しから焦りが伝わってくる。確かに、雑談している場合か、と言われればそうだった。だが、有輝としてはきちんと仕事をしている上で、手隙なのであって八つ当たりされる謂れはない。

「ちゃんとやってるよ。それで、どうなんだ?」

「知り合いって程ではないんですけど、二、三、言葉を交わしたことがあって。今井ちゃん、私の魔法を褒めてくれたんだ……。逆に今井ちゃんからはミサイルを発射するタイミングのコツとかも教えてもらったことがあって……」

 有輝の再度の問いに、瑞穂は答える。

(それだけで? こんなに心配を?)

 瑞穂の答えに有輝は少し瑞穂の交友関係の狭さが心配になる。

 自分達が一部から死神と蔑まれているのは知っているし、それが元で学生の間でも瑞穂が好かれていないのはなんとなく推測はついていたが、しかし……。

 直後、皐月の統合コンピュータから警告。

「何?」

「今確認する」

 有輝がコンソールを操作すると、コンピュータは前方に不明機がいる、と告げ、UNKNOWNの表示を出現させていた。

「不明機? ゴーストラプター?」

「分からない。レーダーは敵を捉えていない。多分、情報収集ユニットが収集した情報から、統合コンピュータが独自に機を捉えたんだ。だが、レーダーに映ってないということは……」

 そう言いながら、有輝は統合コンピュータが機を捉えた根拠を探す。

「ステルス機。ゴーストラプターの可能性が高い。全武装安全装置解除マスター・アーム・オン

「待て、如月かもしれない」

 瑞穂が赤いボタンを押して、中距離戦闘モードを起動したのを見て、有輝はそれを止める。

敵味方識別装置IFFに応答がないし、生徒会機なら情報収集ユニットをぶら下げているから、もっとレーダーに映るはず」

「IFFは故障かもしれないし、情報収集ユニットも、ドラゴンと格闘戦になり、投棄したのかも」

「接近して確認するしかないのね」

 有輝の言葉に納得した瑞穂は無視界戦闘で不明機に攻撃を仕掛けるのを諦め、スロットルを握る力を強める。

 十数分の後、不明機の姿が見えてくる。

 接触直前に、瑞穂はスロットルを戻し、不明機の右へと並走する。

「部隊章なし、ゴーストラプターと認識していいだろう」

 不明機を見て有輝が宣言すると同時、皐月への不正アクセスを検知した旨が統合コンピュータから飛ぶ。自動で強化された攻性防壁ブラックI.C.E.展開。

「皐月、交戦エンゲージ

 瑞穂は近距離戦闘モードを起動。増槽を投棄し、皐月の左右翼の下に用意された弾薬庫ウェポンベイから熱源誘導ミサイルサイドワインダーを露出させる。

 対するゴーストラプターの対応は前回と違った。

 即座に減速し左にロール、そのまま弾薬庫ウェポンベイからミサイルを露出させる。

「! 一発ミサイルが発射済み。やはり、こいつが如月を!」

「言ってる場合じゃない、後ろを取られた」

 瑞穂がスロットルを奥に倒し、皐月を加速させるのと、ゴーストラプターがミサイルを発射するのは同時だった。

「後方からミサイル接近!」

「っ!」

 皐月は瑞穂の操作に従い、熱源囮フレアをばら撒きながら、上方宙返りインサイドループ

 熱源誘導だったらしいゴーストラプターのミサイルはフレアに欺瞞され、皐月から離れていく。

「皐月、ミサイル発射フォックス・ツー

 インサイドループの最頂点で瑞穂は視界の円の中心にゴーストラプターを収め、サイドワインダーを発射。

 ゴーストラプターの斜め後ろ上空からサイドワインダーが迫る。

 対するゴーストラプターは右へ大きくバンクし、そのまま以前にも見せた垂直移動でミサイルを回避する。

 だが、それを先読みした瑞穂の皐月は既にその位置に機関砲の銃口を向けている。

雷よサンダー

 強烈な雷の一撃がゴーストラプターに命中する。

「攻撃命中。これで最低でも電装系の一部はイカれたはずだ、ざまぁみろ」

 有輝が笑う。

 F-35A/B/C ライトニングⅡの技術フィードバックを活かして作られたスーパーラプターは操作系にパワー・バイ・ワイヤを採用しており、その殆どは電気信号によって動いている。

 そこに外部から強烈な電気を送り込まれたわけで、ひとたまりもないはずだった。

 だが、ゴーストラプターは止まらず、アフタバーナーを起動し、その場から離脱を開始する。

「逃さない!」

 モードを魔法戦モードに変更。皐月の胴体下部の弾薬庫ウェポンベイからレーダー誘導ミサイルアムラームが露出し、瑞穂の「氷よアイス」の詠唱と共に、魔法陣がまとわり付く。

目標捜索装置シーカー起動オープン、皐月、ミサイル発射フォックス・スリー

 ミサイルはまっすぐ離脱するゴーストラプターを追尾し、間も無く命中する、という直前。

 ゴーストラプターが魔法陣を展開。瑞穂はまた敵が垂直移動するものだと考え、敵の動きに備えて操縦桿を強く握る。

 直後、ゴーストラプターは驚きの動きに出た。その場でぐるりと一回転、推力偏向ベクタード・スラストとかハイGターンとかそんなレベルの話ではない。文字通りその場で皐月の方へと機首を向けたのだ。

 直後、機関砲によってゴーストラプターに接近するアムラームは迎撃され、皐月のすぐそばをゴーストラプターが通り過ぎていく。

「なんなの、あの無茶苦茶な魔法は!」

 垂直移動と同じく、風を操る魔法現象と思われるが、いくらなんでも無茶苦茶すぎる。あれだけの動きをすれば、中にいるパイロットは急激なGで良くて失神、悪くて死ぬはずだった。

注意コーションレーダー照射を受けているレーダー・スパイク

 だが、ゴーストラプターはまだ生きていて、皐月に向けてミサイルのレーダー誘導波をぶつけてきている。

 瑞穂は素早く皐月を左に旋回させ、ゴーストラプターの背後を取りに行く。

「ゴーストラプター、ミサイルを発射。発射直前に魔法発光を確認。魔法攻撃が来るぞ!」

「避ける!」

 皐月はゴーストラプターの背後を取るのを諦め、一気に動力降下パワーダイブ

 海面が近づき、皐月が【警告コーション機首を上げよプルアップ】の警告を放つ。

 海面スレスレで急上昇。

 ミサイルはその動きについて来れず、海面に激突する。

 皐月はそのまま、上空のゴーストラプターを正面に捉える。

 今、トリガーを引けば機関砲で撃墜を狙える、という直前。

「おい、今、反応が拾えた! 如月の救難信号だ!」

「え?」

 有輝が驚きの情報を伝える。

「二時の方向、海面! 発煙筒が見える!」

 瑞穂が思わずそちらを見ると、確かにそこに赤い煙が上がっていた。黄色く見えるのは救難用のゴムボートだろう。瑞穂は戦闘に夢中で気付いていなかったが、如月はこの付近に不時着していたらしい。

 直後、皐月の統合コンピュータから警告。レーダー上にワイバーンタイプツーの反応。三匹。

「こんな時にドラゴン!? どこから!?」

「言ってる場合じゃない。あのワイバーン、如月に向かってる」

「!」

 見れば、ゴーストラプターはこの戦域から東へ離脱するコースに入っている。今追わねば、撃墜は無理だろう。

 だが、そちらを追えば、当然、如月クルーを見殺しにすることになる。

 逡巡は一瞬。

 瑞穂はすぐさま、進路をワイバーンタイプ2へ向ける。

 魔法を唱え、残る三発のアムラームを発射。

 ワイバーンタイプ2を撃墜する。

 すぐに後方を振り返り、ゴーストラプターを探すが、もはやそこにゴーストラプターの姿はなかった。

「こちら、皐月。救助対象二名を発見。直ちに救助隊を送られたし」

 その後皐月は、救助用の飛行艇が如月クルーを救助するまで空中に留まり、その様子を見届けた後、道中、空中で給油を受け、浜松基地へと帰投した。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?