帰投後、
翌日、朝から生徒会室を訪れていた。
「生徒会長、
凛に敬礼し、楽にしろ、と言われると同時、凛に切り出されるより早く、瑞穂が問いかける。
「心配ない。頚椎を痛めたようだが、リハビリすれば現役に戻れると医療班から報告が上がっている。基地内病院にいるから、後で顔を出してやるといい」
「そうですか! よかったぁ、でも私が行って喜ぶかな……」
凛から報告を受けて、瑞穂が嬉しそうに微笑む、直後、すぐ不安そうな顔に戻る。
「喜ぶだろうさ。我が生徒会のパイロットは友人が少ないことが多いからな。特に今井三尉は今回、後席を亡くしている」
「えっ」
何気な言った凛の言葉に思わず、瑞穂が口元を抑える。
後席、それは交友関係の狭い生徒会のパイロットにとって、唯一無二と言える戦闘機に次ぐ相棒だ。それを
思わず、自身の後席である
「すまない、悲しませるつもりはなかった」
凛はそっと瑞穂に近づき、その頭を撫でる。
「大丈夫だ。君は強い。
「今井ちゃんが弱かったと言うんですか?」
泣きながら、瑞穂がキッと凛を睨む。
「ち、違う。そう言うつもりじゃ……」
慰めるつもりが、瑞穂の怒りを買ってしまったらしいと理解した凛は思わず狼狽する。
「じゃあ、どう言うつもりだと言うんです! 今井ちゃんは決して弱くなかった。今井ちゃんは、以前、私に——」
瑞穂が立ち上がる。
「よせ、
今にも凛に飛びかかりそうだった瑞穂を、部屋に入ってきた有輝が止める。
「芝田二尉? どうしてここに」
突然現れた有輝に困惑する瑞穂。
「昨日の件を報告するように言われて来たところだ。入室許可を得ようとしたら、お前の大きな声が聞こえたから、慌てて部屋に入った」
「すまない、芝田二尉。私の言葉選びが原因で、大井三尉に処罰が与えられるところだった」
凛も有輝の入室に驚いた様子ながら、有輝に礼と謝罪を告げる。
「大井三尉もすまない。君を慰めたい一心だったが、不用意な言葉選びだった」
「い、いえ、私もつい感情的に。申し訳ありません」
有輝に止められ、冷静さを取り戻した瑞穂も謝罪する。
一瞬、誰も話せない時間が流れる。
「本田一尉。話を始めましょう」
このままではずっと黙ったままだと感じた有輝が凛に話を振る。指揮系統の関係上、階級は凛の方が上官であったが、やはりこういう場面は年上として動かねば、と考えたのだ。
「あ、あぁ、そうだな」
気を取り直した凛が自分の座席に戻りながら話し始める。
「まず最初に、如月の情報収集ユニットは回収出来なかった。ミサイルを回避しきれないと悟った今井三尉が後席と共に
念の為、フライトレコーダだけでも回収出来ないか捜索部隊を出してもらったが、発見出来なかった」
「つまり、ゴーストラプターと如月の間で何があったのかは不明、と言うことですか?」
「ゴーストラプター? あの不明機の愛称か。であれば、そういうことだ」
有輝の言葉に凛が頷く。凛もゴーストラプターという愛称を知らなかったらしい。
「とはいえ、幸いにも今井三尉は生きている。彼女から事情を聞くことが出来た」
今井三尉〝は〟、という言葉に、彼女の
「それによると、まず不明機……都合が良いので以後ゴーストラプターと呼ぶが、まずアムラームらしき中距離空対空ミサイルで攻撃してきたらしい。初手で発見が遅れたため、この初撃が命中、エンジンが一つやられ、片肺飛行を余儀なくされた、と」
スーパーラプターは双発の戦闘機だ。つまり、エンジンが二つついているということで、一つ破壊されてもパイロット次第で飛行をし続けることが可能だ。
逆に、一撃で撃墜されなかったのは幸運だ、とも言えるかもしれないが。
「通信で支援を要請したかったが、それは叶わなかった」
「前回の遭遇時と同じ、ジャミングの魔法ですね」
「恐らくな」
瑞穂が言うと、凛が頷く。
「如月クルーは片肺では離脱不可能と判断し、ゴーストラプターと戦闘に突入した」
「そんな無茶な」
有輝が思わず漏らす。
当然、片肺飛行には相応の操縦が求められる。初撃でそうなってしまった
「その後、ドッグファイトまで持ち込んだが、片肺の不利が祟ってサイドワインダーを回避しきれず被弾、緊急脱出した、とのことだ」
以上だが、何か気になることは? と凛が問いかける。
「一つ違和感があります」
と言うのは有輝。
瑞穂はギョッとして有輝を見た。何を言うつもりだ、彩花が何か嘘でもついていると言うのか、と。
「まぁ、そんな目で見るなよ。違和感というのはゴーストラプターの行動です」
有輝は流石は相棒というべきか、瑞穂の視線を敏感に感じ取って、嗜めてから、凛に向けて説明を始める。
「ゴーストラプターは皐月に対して、接近し不正アクセスを仕掛けてきました。これは二度とも、両方です。対して如月には不意打ち攻撃です。一貫性がありません」
「確かに」
凛が頷く。
「ちょ、ちょっと待ってください、今井ちゃ……今井三尉が嘘をついているというんですか?」
「落ち着け、大井三尉。そうは言ってない。これはゴーストラプター側の都合かもしれない」
瑞穂が再び立ち上がるが、有輝が嗜める。
「どういうこと?」
「ゴーストラプターは皐月の持つ情報だけを求めているのかもしれない、ということだ」
首を傾げる瑞穂に凛が説明する。
「皐月の……? どういうことです?」
瑞穂はピンときていないようで、首を傾げる。
「あくまでそういう可能性もあるというだけだ。私もなぜ狙いが皐月なのかは分からない」
だがこれには凛も首を横に振った。
沈黙が場を満たす。瑞穂は立ち上がったのが申し訳なくなり、椅子に再び座る。
「そう考えると、如月が警戒行動中に撃ち落とされたのは偶然ではないのかもしれない」
「どういうことです?」
ふと、凛が呟いたのを見て、瑞穂が聞き返す。
「つまり、ゴーストラプターはこちらの出撃スケジュールを知っていて、あのタイミングで如月を撃墜すれば、皐月が助けに来ると知っていた、としたらどうだ?」
「そんな……」
その言葉にショックを受けるのは言うまでもない、瑞穂だ。
自分のせいで、彩花は撃ち落とされた……?
「荒唐無稽です。大体、機密扱いである生徒会機の出撃スケジュールを知る手段があるなら、皐月のデータもそのルートで抜き取れるハズです」
まるで瑞穂を庇うように、有輝が発言する。
「私は可能性の話をしただけだ、柴田二尉」
凛は冷静に反論する。瑞穂のショックには気付いていないらしい。有輝は密かに「瑞穂はなんでこんな無神経女に懐くんだ」と歯噛みするが、それも凛には伝わっていない。
「ともかく、ゴーストラプターの一貫性のなさについてはこちらからも上に報告しておく」
ここは討論の場ではない。この話はこの辺にしておこう、と凛が言う。
「では解散ですか?」
「いや、こちらが本題だ。これから見せるのは最重要機密なので、そのつもりで」
投げやりに有輝が立ちあがろうとすると、凛がそれを制してリモコンを操作する。
スクリーンに映るのは、皐月の情報収集ユニット、その光学系が捉えた、いわゆる全方位カメラ映像だった。
映っているのは自身を追尾するミサイル。
ミサイルは自身を追いきれず、海面に激突する。
「瑞穂が見事にアムラームらしきミサイルを回避した場面ですね。これがどうしたんです」
有輝が着席しながら尋ねる。
「落ち着け、本題はこれからだ」
映像はそのままミサイルの弾着地点にフォーカスし続けている。
と思った、次の瞬間、緑色のワイヤフレームで構成された円錐形の何かが出現、そこからワイバーンタイプ2が飛び出した。
「これって……!」
瑞穂と有輝が共に驚愕する。
「あぁ、この見た目はポイント・ネモにあるゲートに酷似している。というか、これをそのまま大きくしたものがポイント・ネモにあるゲートである可能性が高い。つまり……」
「ゴーストラプターは、小規模なゲートを出現させられる……?」
それは衝撃的な事実であった。