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第6話「罪の影」

 瑞穂みずほは生徒会室でのやりとりを終え、自衛隊浜松病院を訪れていた。

 魔法学校を併設した浜松基地はその規模が大幅に拡張された関係で、基地内に病院を持っている。

 りんから、彩花さいかは三◯五号室、つまり三階の五部屋目だ、と聞かされていた瑞穂は入ってすぐのエレベータに乗り三階のボタンを押す。

 エレベータは瑞穂一人っきりで、ついさっきのやりとりについて考えてしまう。

 一般的に考えれば、一番の衝撃的な事実はやはり「ゴーストラプターが人為的に小規模なゲートを作り出せる可能性」だろう。

 事実、聞いた直後、有輝ゆうきは驚きの声と共に、言った。

「ゲートを人為的に……? もしそんなことが可能だとしたら、あのポイント・ネモのゲートもまた人為的に作られた可能性が生じる。今起きているのは天災ではなく人災なのかもしれない。いや、あるいは……」

 何者かによる戦争なのかも、と続くのだろう、と瑞穂は思った。

「それ以上は言ってくれるな、二尉。だから最重要機密だと言った。この情報は、自衛隊内……更に正規の士官の中でも、限られたものにしか伝わっていない」

 と凛は制した。

「真相は不明だ。君達は皐月の情報収集データにアクセスする権利があるから、下手に知られる前に先に伝えた。不用意に言いふらしたりしないように。解散」

 半ば一方的にも思える宣言の末、瑞穂と有輝は解散となった。

 有輝は、「ちゃんと授業に出るんだぞ」などと言っていたが、とてもそんな気分にはなれなかった。

 もう一つ、瑞穂には衝撃的な事実があったから。

 それが、「如月が攻撃を受けたのが皐月を誘き出すためであるという可能性」。

 凛からも有輝からも念押し気味に「あくまで可能性にすぎない」と言われたが、瑞穂としては可能性があるだけでもショックだった。

 なぜ皐月だけが殊更狙われるのかは瑞穂には理解出来ない。

 皐月はほかの生徒会機と何ら変わらない至って普通のスーパーラプターだ。得た情報も全て生徒会の統合コンピュータに共有しているし、皐月のコンピュータだけが持っている情報などというものは存在しない。それが瑞穂の認識だった。

 ポーン、とエレベータが三階に到着したことを告げる。

 出てすぐを右に曲がり、五号室の扉の前に到着する。

 すーっ、と深呼吸ひとつ。

 ノックを三回。

「はーい」

 と彩花の声。

「大井三等空尉です」

 返事は彩花の声だったが、他に他人がいるかもしれない、と考え、瑞穂は丁寧に名乗りをあげる。

「大井ちゃん!? 入って入って」

 という声が聞こえたので、中に入る。

 中では首にギプスを巻いた彩花がベッドから体を起こしていた。

「今井ちゃん!」

 元気そうな彩花の様子に瑞穂は嬉しそうにベッドに駆け寄る。

「あ、ごめん、大井ちゃん、そこはちょっと邪魔だから、ベッドの端に移動してくれる?」

 そこに申し訳なそうに彩花が言うと、瑞穂は頷いて移動する。

 そこで、瑞穂は彩花がただベッドに寝ていた訳ではないことに気付く。

 ベッドに添えつけられたテーブルにジョイスティックとスロットルレバーが置かれ、テレビにフライトシミュレータの映像が映っている。

「もう復帰の練習?」

「うん。少しでも触ってないと鈍っちゃうから。フル・ミッションシミュレータFMSはダメって言われたけど、これなら良いって許可もらったの」

 驚いた様子で尋ねる瑞穂に、彩花はカラッと頷く。

 FMSは現在主流の訓練方式だ。航空機の戦闘機の操縦に用いるヘッドマウントディスプレイHMDをそのまま訓練に転用し、その上で360度のドームスクリーンに操縦や環境を実際にフィードバックする動揺装置を搭載したフル・フライトシミュレータである。

 現在、彩花が触っているのはそれと比べるとお粗末なもので、モニタに表示された画面を見ながらジョイスティックとスロットルレバーを操って戦闘機を飛ばす、市販品のゲームに近いものである。

 そんなものでもないよりはマシと、入院してすぐにトレーニングを始める辺り、流石努力家の彩花だな、と瑞穂は思った。

 だからこそ、彼女が撃墜された原因が自分かもしれないと思うと、瑞穂は申し訳なかった。

「あれ? ライトニングなの?」

 画面を見て、瑞穂は気付いた。シミュレータ上で乗っている機体がスーパーラプターではないそれは主力戦闘機であるライトニングⅡであった。

「うん……、またスーパーラプターに乗れるかは分からないからね」

 あくまでカラッと言う彩花だが、瑞穂はその態度の通りには受け取れなかった。

「そ、そんなことないよ。きっと生徒会に復帰できるよ。お医者さんもリハビリすれば治るって言ってたって会長が」

「うん、ありがとう。でも、私、スーパーラプターを壊しちゃったし」

「生存が至上命題って話? 確かに命令違反かもしれないけど……、でも今井ちゃん、片肺でゴーストラプターとドッグファイトして私達が駆けつけるまで時間を稼いでくれたじゃない。おかげで色んな情報が得られたはずだよ」

 実のところ、片肺で戦闘をした如月クルーの判断が正しかったかどうかは、上でも判断が割れていた。

 エンジンが片方破壊されている時点で、もう片方のエンジンも完全な状態でない可能性が高く、ドッグファイトのようなエンジンに負荷のかかる行いはもう片方のエンジンに負荷をかけるのみである。

 一方で、ゴーストラプターは如月を撃墜しようとしており、完全な如月と同程度以上の性能を持っており、逃げ切れる可能性は低く、その上、ジャミングで支援を望めない状態であった。

 ただ、瑞穂は如月クルーがドッグファイトを選んだのは正解だと思っていた。皐月がゴーストラプターを捉えられたのは、如月とゴーストラプターが交戦した分ではないかと考えていたのだ。

 ともかくそんな意味の話を、瑞穂は必死で彩花にまくし立てた。

「う、うん。ありがとう、大井ちゃん。下から見てたけど、大井ちゃんの戦い、すごかったよ。相変わらず魔法の使い方が上手いね。ミサイルの発射タイミングとかも前より上手くなってたと思う」

「え、そうかな。ありがとう……」

 突然褒められた事で瑞穂は照れてしまう。

「でもね、大井ちゃん、違うの。心配なのは、スーパーラプターの補充のことなの」

「あ……」

 日本国内でもライセンス生産されているライトニングⅡと違い、アメリカはスーパーラプターの生産ライセンスを他国に与えていない。つまり、航空自衛隊がスーパーラプターを補充したければ、アメリカから輸入するしかない。

「最近、アメリカはハワイの防衛で手一杯だって聞くよ。ハワイに侵攻してくるドラゴンの数が増えてるって」

 という彩花の話は、瑞穂も聞いたことがあった。

 実際、最近、日本に来るドラゴンの数は増加傾向にある。これは生徒会に所属する二人も感じていることだった。

 これはハワイの防衛線を抜けてくるドラゴンが増えているためだと思われていた。

「アメリカは最新のスーパーラプターを情報収集以外にも実戦に投入しようという動きが出てるみたいで、日本に新しく一機輸出してくれるかは怪しいと思うよ」

 相変わらずカラッとした笑顔を見せる彩花だが、その中に一抹の寂しさがあるのを、瑞穂は見逃さなかった。

(今井ちゃんに生徒会に戻ってきて欲しい……、なんとかしてあげたい……、けど、どうすれば……)

 そもそも彩花からスーパーラプターを奪ったのは自分である可能性さえあった。だから、というわけだけでもないが、瑞穂はなんとかしたいと思った。実際、これが海上交通路シーレーンの寸断などの理由であれば、瑞穂はすぐに動いただろう。だが、政治的戦略的な事情となると、一パイロットにすぎない瑞穂にとってはあまりにどうしようもない壁だった。

「そんな顔しないで。もし普通の戦隊に配属になっても、私は頑張るからさ」

 彩花の笑顔の前に、瑞穂は何も言えなかった。

「そういえば知ってる? 最新型のスーパーラプター、Block13にはオートマニューバモードってモードが実装されてるんだって」

「オートマニューバモード?」

 このままでは辛気臭いと感じた彩花が話題を変える。すると、聞いたことのない単語に瑞穂が問い返す。

「うん。スーパーラプターの統合コンピュータが学習した内容を元に自動で空戦機動マニューバするモードなんだって。他にも、HMDもアップデートされて、こちらの視線をトラッキングして先行入力を実行したり、失神を認識した時には自動でオートマニューバモードに入ったりとか、ともかく統合コンピュータの機内権限が拡大されるみたいだよ」

 スーパーラプターを構成するソフトウェアは今もアップデートが続けられているが、機内権限やHMDを変更するとなると回路の見直し等が必要らしく、今のスーパーラプターをそのままアップデート出来るわけではないらしい、と彩花が語る。

「へぇ……、知らなかった。なんでそんな事知ってるの?」

 瑞穂もそれなりに勉強しているつもりだったが知らない事実だった。

「実はね、ハワイにいる戦術偵察戦隊……私達生徒会みたいな活動をしている文通仲間がいるの。アメリア・カーティス少尉。無線上の呼び名コールサインはトマホーク・ツーだよ」

「すごい、英語でやり取りしてるの?」

「まぁね。AIの翻訳も頼りながらだけど」

 瑞穂が感心したように言うと、彩花は少し嬉しそうに微笑んだ。

「でも、このまま統合コンピュータが賢くなって、独自に動けるようになったら、私達はいらなくなっちゃうね」

 つまり、生徒会が無人化するかもしれない、ということか。あるいはスーパーラプターの学習データがライトニングⅡにも応用が効くなら、普通の戦隊も無人化出来るのかも、と考えたところで瑞穂はそうはならない、と気付いた。

「そうだったらいいけど、無理だよ。無人機には魔法が使えないもん」

 ドラゴンの撃墜には魔法は欠かせない。かつては軍艦の大規模火力投入で一匹二匹を魔法無しで撃墜出来た例はあるが、十発ミサイルを腹に抱え込めれば上等と言った程度の戦闘機ではそこまでの無茶は無理だ。

「そっか。そうだよね」

 彩花はそんな瑞穂の言葉に、嬉しそうなような、悲しそうなような顔で頷いた。


 気がつくとお昼だった。

「そろそろお昼食べに行かなきゃ。またね、今井ちゃん」

 全寮制の浜松基地魔法学校の生徒は、学内の学食で昼食を取るのが基本となる。間に合わなければ食いっぱぐれる。

「うん、またね、大井ちゃん。来てくれて嬉しかったよ」

 かくして、瑞穂は病院を後にし、学校に戻って学食に向かう。

(結局、私が原因で撃墜されたのかも、って言い出せなかったな)

 廊下を歩く足取りは少し重く、瑞穂はとぼとぼと学食に向かっていた。

 と、激しい駆け足の音が聞こえる学食はとても混むので昼食時に廊下を走るものが多いのは日常であったが、それにしても近い。と思った。

「みつけたわ! あんたが死神の五番機ね!」

 直後、後ろから背中を叩かれる。


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