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第7話「生徒会の誇り」

「みつけたわ! あんたが死神の五番機ね!」

 直後、後ろから背中を叩かれる。

 瑞穂みずほは思わず、前につんのめってから、前に踏み出していた右足を踏ん張って止まり、一気に振り返る。

「なに!?」

 これまで死神と呼ばれ蔑まれてきたのは知っているが、直接的な暴力に打って出てきた人間は初めてだ。

 学生とはいえ、自分達は自衛隊の一員、規律ある行動をせねばならない、という意識がそうさせてきたと思っていたが。

「ちょっと軽く小突いただけなのに、大げさじゃない? 体幹訓練足りてないんじゃないの?」

 振り向いた先には勝ち気な笑顔を浮かべる少女がこちらを睨んでいた。

「あなたは誰?」

「私は篠原しのはら 浅子あさこ三等空尉。私を知らないなんて、情報収集が足りてないんじゃない?」

 と、言われたことで、瑞穂は漸くその少女に見覚えがあることに気付いた。

「昨日飛んでたソーサラーツーね」

「そうよ。見事な飛びっぷりだったでしょう? シミュレータでは一番の成績だったんだから」

「フムン」

 胸を張る浅子に言われて、瑞穂は情報収集任務中に見たソーサラー2の空戦機動を思い出してみる。

「確かに、初めて飛んだにしては悪くない飛び方だった。特にワイバーンタイプツーを惹きつけて、動力降下パワーダイブして、二人の仲間に撃墜させたのはなかなかの勇気と信頼感がないと出来ない」

「そ、そう? ふ、ふん、話が分かるじゃない」

 まさか本当に褒められるとは思っていなかったのか、一瞬たじろいでから、再び胸を張る。

「私達の真上をのんびり旋回飛行するいけ好かない冷血無比なエリート様かと思ってたけど、話してみると違うわね」

 学食が埋まっちゃうわ、歩きながら話しましょ、と浅子が瑞穂を促す。

 瑞穂としては逆らって何が起きるか分からなかったので、従うことにし、頷いて続く。

「それなのに、引率と来たら、あれだもの……」

松本まつもと二佐がどうかしたの?」

「帰投したと思ったら、いきなり説教よ? あんな危ない飛行はするな、だの、魔法戦のリーダーならちゃんと部下を導け、だの」

「あぁ……」

 ソーサラー・リーダーこと松本 あきら二等空佐は面倒見が良いことで知られているが、こと部下を生存させることに強いこだわりがある。まぁ、部下に死んでほしい上官など滅多にいないので当然とは言える。

 特に、チームの二番機は魔法戦リーダーと呼ばれ、魔法戦を行う場合は隊長機に代わる役割を持つ。

 聞こえていた通信を聞く限り、浅子の敵をひきつけて残り二機に撃墜させる戦い方はほぼ指示を介していないアドリブの戦い方の様子だった。自分が惹き付ければ後の二人が確実に仕留めてくれるという強い信頼感あってのことだあろうが、部下に生き延びてほしい晃としては気が気ではない戦い方であったことには違いないだろう。

 「引率」の愛称――もしくは蔑称――で知られる通り、晃を含むチーム・リーダーは正規の士官であり、魔法使いではない。リーダーとは言いつつも、もし部下が危険に晒されても、ほぼ無効化される程度の攻撃しか仕掛けられない運命にある。

「松本二佐もあなたを優秀だと思えばこそ、長生きして欲しいんじゃないかな」

 瑞穂は相槌の後、五秒ほど黙った末、プライドが高そうな浅子を刺激しないように配慮しながら、晃を擁護する。

「そうかしら? でも、もしそうならもっとエリートにふさわしい部隊に配属してもらえればいいと思わない? あなたのいるような死神部隊とか」

 その対応で正解だったらしい浅子は気を良くしてそんな事を言い出す。

「……」

 思わず瑞穂は黙り込んでしまう。

 生徒会に入る条件は操縦技能と魔法技術が一際優れていること、それだけだ。人格は関係ないことは瑞穂が自分を見れば分かる、と感じている。

 だから、本人が言う通り、操縦技能と魔法技術に優れているなら、浅子もいつか生徒会に招かれる時が来るだろう、逆に来ないなら、それは自分の意識に技能や技術がついていっていないと判断されたということだ。

 だが、それを直接伝えるのは憚られた。

「もうすぐ学食ね、何食べるの?」

 瑞穂の無言をどう見たか、浅子は話を切り替えた。

 自衛隊の隊員食堂では摂取カロリーも考慮された固定のメニューが提供されるが、魔法学校ではまだ若いティーンエイジャーなことも考慮してか、ある程度食事を選ぶことが出来る。

空上からあげ定食。三ヶ日みかん白玉ねぎ風味」

「名物だものね」

「それもだけど、縁起がいい」

 航空自衛隊では、唐揚げの事を「空上げ」と書く。「空へより高みを目指す」という願いを込めた呼び名だ。

 中でも浜松基地魔法学校の食堂では、浜松特産の三ヶ日みかんと白玉ねぎを使った唐揚げが鉄板メニューであった。

「なら、私も空上げにしようかしら」

 浅子が頷き、お先に、と列に並ぶ。瑞穂も続く。

 そして。

「ごめんねぇ、瑞穂ちゃん。今さっきの注文で空上げなくなっちゃったんだよぉ」

 食堂のおばあちゃんに謝られる。ひどい、今さっきということは自分より先に並んで注文した浅子の注文でなくなったということだ。

 浅子に呼び止められたせいで遅れたのもあるというのに。

 なんてことだ、瑞穂は今にも泣きそうだった。目に涙が溜まり、潤むのを感じる。

 駄目だ、こんなことで泣いてはいけない……。と瑞穂は自分を律しようとする。

「じゃあこの、生姜焼き定食で……」

「あいよー」

 必死で涙を抑え、注文した瑞穂に、おばちゃんは笑顔で応える。どうやら、涙には気付かれなかったようだ。

「そんな、悲しまないでよ、あたしの分少しあげるから」

 が、どうやら、浅子には隠せなかったらしい。

 浅子が唐揚げのいくつかを瑞穂の盛られたご飯の上に置いていく。

「いいの?」

「良いのよ。優秀な者はその力を周囲に還元しないと」

 思わず問いかける瑞穂に対し、浅子が笑う。

 ファーストコンタクトで思ったより、優しい人なのかもしれない、と瑞穂は思った。けれど、だとしたら、瑞穂自身がそうであるように、生徒会には向いていない、と瑞穂は思った。

「その代わり、生姜焼き一切れちょうだいー」

「あ、」

 っと言う間に、浅子は瑞穂の生姜焼きを一切れ奪い、自身の口に放り込んでいた。

「あ、駄目だった?」

「ううん、びっくりしただけ。空上げ、ありがとう」

 瑞穂も嬉しそうに唐揚げを食べる。

「ふふん。同じ釜の飯を食べるってやつね。私達、これで友達ね」

「友達……」

 生まれて初めて聞くそのフレーズに心がジーンと熱くなる。

 彩花さいか有輝ゆうきりんなど、心を許した知り合いはいないわけではないが、面と向かって友達と言われたのははじめてだった。


「でね、私は思うのよ。力あるものはその責任を果たすべき。なら、優れた機体を持つ生徒会はその力でみんなを守るべきじゃないかって」

 その後しばらく雑談が続き、場が温まってきた、と感じたところで、浅子は話を切り出す。

「それは違うよ。必ず生存して情報を持ち帰ればこそ、多くの人が生き残れる戦術や戦略を編み出せる。それが生徒会の責任」

 瑞穂は首を横に振る。現場の意見として、浅子のような声があるのは瑞穂も知っている。だが、生徒会がスーパーラプターを与えられているのは、情報を収集し必ず生存するためだ。

「それは生徒会の実力が不足してるから情報収集と戦闘を両立できないだけではないの? 魔法戦の主装備は中距離空対空ミサイルアムラーム。上空から危険にさらされた味方に対し援護射撃するくらいは可能なはずじゃない?」

「む」

 瑞穂の反応は納得半分、怒り半分といった風だった。あるいは少し怒りのほうが強いか。

「それでは、発射後にターゲットがこちらに移り、正しい戦術分析が出来なくなる可能性がある。それに、生徒会の実力が不足しているって言葉は、聞き捨てならない」

 なんとか真っ当に反論しようとしたが、結局最後には生徒会への言及について真正面から感情的な反論をしてしまう瑞穂。生徒会を馬鹿にするのは、生徒会に所属する全ての生徒に対する侮辱。それはつまり、瑞穂への侮辱である以上に彩花への侮辱でもある。少なくとも瑞穂はそう感じた。

「へぇ」

 面白そうに浅子が笑う。

「なら、見せてよ、瑞穂。あなたの持つ生徒会の実力とやらを」

 いきなり呼び捨てにされた形だったが、瑞穂は不思議と嫌ではなかった。

「いいよ、浅子。シミュレータ室に行こう」

 だから、瑞穂も浅子を呼び捨てにした。自己肯定感の低い瑞穂は自分のことを生徒会の中では弱い方だと思っていたが、生徒会を馬鹿にされたのは我慢ならなかった。自分でいいなら、その実力を見せてやりたい、と思った。


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