浜松基地魔法学校では、申請をすれば放課後に
仮想敵であるドラゴンとの戦闘訓練はもちろん、切磋琢磨する一環として、生徒間の模擬戦も盛んに行われている。あまり教師は良い顔をしないが、生徒間の諍い解決に用いられている節もある。要は直接殴り合わない喧嘩というわけである。
ちなみにこのFMSの戦術データも生徒会の統合コンピュータと接続しており、パイロット達の戦闘データ収集を兼ねている。
今回は生徒会構成員の瑞穂が申請したのもあり、許可はあっさりと降りた。
「聞こえるわね?」
フル・フライトシミュレータの本物そっくりによく出来たコックピットに座ると、無線越しに
「聞こえるよ、浅子」
「今回のセッティングは遭遇戦。場所は太平洋上、一秒後に交差するシチュエーションからスタート。魔法はアリ。ミサイルも全種アリのアリアリルールで行くわよ」
瑞穂はどういう仕組みかは知らないが、このFMSは操縦者の操作を認識し、魔法現象を仮想空間で再現する仕組みを持っている。
「分かった」
瑞穂は頷きながら、
ライトニングⅡのコックピットに座るのは久しぶりだが、スーパーラプターはライトニングⅡからのフィードバックを受けて作られている機体だし、そもそも生徒会に入る前はライトニングⅡを操っていたので、違和感は少ない。と、浅子には強がったが、実際には少し苦しい。なにせ操縦桿の位置からして違う。
浅子はスーパーラプターに乗っても良いと言ってくれたが、スーパーラプターとライトニングⅡの間にある性能の差は大きい。何せ単発のライトニングⅡに対してスーパーラプターは双発なのだ。単純にエンジン出力が違う。
エンジン出力の差は、急旋回で失った速度を素早く回復することに繋がるなど、様々な面で差として表出してくるはずだ。
また、推力偏向ノズルの有無も大きい。スーパーラプターはピッチ方向に推力の方向を偏向出来るパドル式推力偏向ノズルを備えており、高い運動性を誇るが、ライトニングⅡにはなく、運動性能の差は大きい。
これでは瑞穂が勝っても性能の差だと思われても仕方ない。
それにその判断は正解だった。
「おい、死神野郎が
という噂が即座に立ち上がったのだ。
学習のため、FMSでの戦闘の様子は大型モニタに映し出される。
これでもしスーパーラプターで勝っていたら、性能差で圧勝した卑怯者との誹りを受けていた可能性がある。
ギャラリーがつくのは瑞穂としては好ましくなかったが、始まる以上はやるしかない。
【MISSION START】
シミュレータが起動する。レーダー上に敵機、正面。と認識した直後、瑞穂の右側面を一機のライトニングⅡが通過する。
光の矢を放つ魔術師のエンブレム。ソーサラーチームの部隊章が見えた。
瑞穂機は緩やかに旋回、浅子機の側面を突こうとするが、それよりはやくロックオン警告がなる。
「ソーサラー
浅子機は
(手が早い!)
瑞穂は
ミサイルはフレアに欺瞞され、海面に落下する軌道を取る。
と、それを確認した次の瞬間、瑞穂機は超急速旋回で速度を失った浅子機に向けて急速降下。
しっかりと操縦桿を握り、精神集中。
「
操縦桿を握る右腕に異物が通り抜けるような感覚がしたと思った直後、仮想空間上の瑞穂機の機関砲先端に魔法陣が出現、雷が走る。
それより早く、浅子機は
「だったら!」
とはいえ、瑞穂もそれで相手を逃がすつもりはない。Gリミッターを一時解除、浅子機を追うように一気にハイGターン。浅子機の後ろを正面に捉えようとする。
「皐月、
浅子機を視界で追いかけながら、
サイドワインダーに対し、浅子機はフレアをばら撒きながら上昇。だが、それは瑞穂の読みどおりだった。
「
ハイGターンした瑞穂機は機首を浅子機の進路上に向けていた。そのままアムラーム発射。
しかし、浅子もさるもの、飛んでくるアムラームを一転しての
「そのまま、海面に落とす。
だが、浅子機を追うアムラームは突如として自爆。内部から無数の石片をばら撒いて浅子機に迫る。
「やるわね!」
浅子機はパワーダイブを中断。旋回を開始する。それはとても散弾を回避するための
無数の石の欠片が浅子機に迫り、触れた、と思った直後。
見えない壁に阻まれたように、石の欠片が空中で静止、そのまま浅子機を避けて海面に落ちていく。
(すごい! バリアーを使えるんだ!)
ドラゴンが標準的に使える魔法であるバリアーはしかし、集中力などの兼ね合いで、人間が扱うには難しい魔法だ。生徒会の中でも魔法に長けると言われている瑞穂でさえ十秒展開出来るのがせいぜい。そこへ行くと、浅子は五秒程度展開出来ており、なるほど、高い実力を持っていることが伺えた。あのワイバーンタイプ
「ソーサラー2、
だが、感心している暇はない。射撃位置についていた浅子機からアムラームが放たれ、瑞穂に迫る。
(魔法発光はしてない? ってことは、私と同じで、遠隔で魔法をセットできるんだ!)
魔法の発動地点は近ければ近いほど使用者が楽である。魔法戦用のミサイルの弾頭は特殊な魔法金属で作られており、そこに魔法を宿しておいて遅延起爆出来る仕組みだが、瑞穂のように離れた場所のミサイルを遠隔で魔法の対象にすることも、熟練していれば可能だ。
今回、発射前に魔法発光がなかったということは、なにかしらの方法で遠隔で魔法を使ってくるものと思われる。
とすると、ギリギリで回避するのは危ない。まぁ、もともとミサイルには近接信管と言って、近くを通ると爆発して目標にダメージを与える仕組みがあるため、ギリギリで回避するのはそもそも危ないのだが。
結論として、瑞穂機はミサイルに向けて直進を選ぶ。スロットルを押し込んでアフターバーナー起動。
「
魔法が成立する前にバリアーを展開した戦闘機で体当たりを仕掛け、ダメージを最小限にする心積もりだ。
だが、それより早く、アムラームに魔法陣が輝く。
アムラームから雷が放たれ、瑞穂機に襲いかかる。
展開した透明な壁がバリアーを防ぐが、激しい雷光が瑞穂の視界を奪う。
「――っ!?」
視界が奪われて見えなくなった瑞穂は精神を一層集中し、バリアーをより長く展開しようと努力する。
飛んできた機関砲がバリアーによって阻まれて弾き返された音が聞こえる。。
直後、音で二機が交差したことが分かる。
【
と警告が聞こえるのを聞いて、瑞穂は自機が海面に近づいている事を理解し、機首を上げる。
だが、その動きはあまりに短絡的で読みやすかった。
ハイGターンしてきた浅子機が再び機関砲からの雷撃を仕掛けてきたのだ。
画面上に電装系に異常が生じた事を告げる表示が出る。
「篠原が死神に一撃当てたぞ!」
そんな歓声が聞こえてくる。
悔しさで、瑞穂はギリと奥歯を噛み締める。
やはり慣れない機体だ、と言い訳するのは簡単だが、これでは生徒会が舐められてしまう。
瑞穂の耳にミサイルアラートの音が届く。浅子機の追撃で有ることは疑いようもない。避けなければ今度こそ撃墜される。
やや遅れて視界が戻ってくる。操縦桿を動かすが、機体の動きがついてこない。
このままでは、負ける。瑞穂は泣いてしまいそうだった。
シミュレータ内を監視するためのカメラが音を立てて稼働する。直後。
【Warning: Unauthorized Override】
一瞬、赤い文字が浮かんだと思った。
【Starting override by SATSUHI】
「え……?」
さらに次の瞬間、視界内のモニターに見覚えのない表示が出る。
皐月によるオーバーライド開始?