迫るミサイルアラート。ついてこない機体動作。
上昇角を取ろうと操縦桿を引いても、機体はやや下向きに落ちるばかりで、このままでは海面に軟着陸してしまう。
【Starting override by SATSUHI】
「え……?」
視界内のモニターに見覚えのない表示が出る。
皐月によるオーバーライド開始?
困惑する
【> Electronic circuit bypass
そのメッセージが出ると同時、瑞穂機が操縦桿を引く手に応え、急上昇を開始する。
「わわっ」
海面スレスレからの突然の急上昇に焦る瑞穂だが、すぐに自分が操縦桿を引いているからだと気づき、操縦桿を戻す。
直後、
「なんだ、持ち直したぞ!?」
外から聞こえる声が悔しげなのは気のせいではないだろう。
【>
オートマニューバモードをオンにせよ、と文字列が告げている。
「そんなこと言われても、そんな方法知らないよ」
だが、そんな方法を瑞穂は知らない。そもそも彩花から聞く限り、航空自衛隊にはまだそのモードはないのではないか。
【> Copy. Good Luck, Sl.Oi】
了解した。幸運を祈る、
確かにその文字はそう告げていた。
「何なの……」
この文字列の正体は何なのか、瑞穂には検討もつかなかった。皐月を名乗り、かつ自分ではないとなると、
確かに、皐月の統合コンピュータは生徒会の統合コンピュータと繋がっており、そしてこの
つまり、皐月の統合コンピュータとこのFMSは間接的に繋がっているわけで、皐月の
有輝も生徒会機クルーが負けると言う結果を許せなかったのか、とも思うが、だとしたら、オートマニューバモードをオンにするように言ってくる意味が分からない。有輝はWSOであってパイロットではないからだ。
だがそれを調べたり尋ねるのは後だ。
今は、浅子に勝たなければ。
瑞穂は再び操縦桿を倒し、背面飛行で浅子機を正面に捉える。
「皐月、
操縦桿を横に倒してロールして飛行姿勢を正しつつ、
浅子機は左にバンクし、サイドワインダーを回避する機動に入る。
「ぶつけてでも、落とす!」
対して、瑞穂機を右にバンク、浅子機を追跡する。スロットルを押し込んで、
浅子機は後方につかれてなるものかと、
上空へ宙返りするインサイドループに対して、アウトサイドループは海面、陸上に向けて降下することになるので、危険が大きいが、敵がこれを追いかけようとすると同じ危険を負うことになるため、敵はこれを追跡出来なくなる。
まして、今回の敵に当たる瑞穂機は浅子機に追いつくため、アフタバーナーを起動して加速している。戦闘機の旋回半径は速度に比例しており、早ければ早いほど旋回半径は広くなる。当然、そんな状態で海面へをダイブするようなコースをとれば、上昇しきれず海面に激突する危険が高い。だが、果敢にも瑞穂機はスロットルを戻しながら同じくアウトサイドループを敢行。浅子機に続く。
急降下した瑞穂機に合わせ、瑞穂の視界いっぱいに海面が広がる。
「行けるはず!」
必死で操縦桿を倒す瑞穂に機体が応え、海面スレスレをキャノピーが擦りながら、瑞穂機が浅子機を追いかける。
「皐月、
浅子機上昇中の隙を見逃さず、瑞穂機からアムラームが放たれる。
対する浅子機はループを中断して右にバンクし、ミサイルを回避しようと試みる。
「
直後、アムラームから雷が広範囲に放出され、浅子機の機体に襲いかかる。
浅子機の電装系がイカれ、動きが鈍った、と思った次の瞬間。
「
もう一度、アムラームから魔法が放たれた。アムラームが自爆し、そこから石の剣が飛び出す。
浅子機は再度バリアーを展開してこの攻撃を回避、隙を生じぬ二段構えの攻撃にも拘らず、咄嗟に反応出来た浅子の反応速度の速さをこそ驚くべきだろう。
だが、その瞬間には、バリアーを展開した瑞穂機がアフターバーナーを起動して浅子機に突撃を敢行していた。
バリアーとバリアーがぶつかり合い、しかし、先に展開していた浅子機のバリアーが先に根を上げる。そもそもバリアー展開可能時間は瑞穂の方が長いわけだから、先に展開していた浅子のバリアーが先に消えるのは自然な話だった。
バリアーの消失した浅子機とバリアーを展開した瑞穂機が衝突。
そうして、バリアーを展開したままの瑞穂機が浅子機を粉々に粉砕して飛び出す。
【MISSION COMPLETE】
シミュレータが終了する。
「ふぅ」
と瑞穂が脱力して息を吐く。
外はギャラリーで賑わっている。とはいえ、この後の時間にシミュレータを使う者もいるだろうから、出ないわけにもいかない。
瑞穂は扉を開き、フル・フライトシミュレータから出る。
「おい、死神野郎、どんな不正をしやがった!」
想像はしていたが、外に出て最初にかけられた声は侮蔑の声だった。
「お前の機体は電装系がやられて、動きが鈍ってたはずだ、あのアムラームを避けられたはずがない!」
無言でそちらを向いた瑞穂に向けて、男子生徒は続ける。
不正。
それは否定出来ない、と瑞穂は思った。何が起きたのかは自分でも分からないが、あの時、自分の力だけではない何らかの力が働いたのは確かだった。
けれど、それを認めてしまえば、生徒会への悪評となるだろう。それは避けたかった。さりとて、嘘を言うことも出来ず、瑞穂は黙り込むしかなかった。
「おい、何とか言えよ、この死神野郎!」
「そこまでよ」
一歩踏み出した男子生徒に対し、遅れてフル・フライトシミュレータから出てきた浅子が制止の言葉を投げかける。
「なんだよ、
「いいえ。私と瑞穂は正々堂々と戦った。そこにあるのは清々しさだけ。悔しさなど……まぁ全くないとは言わないけど、無視出来る程度よ」
男子生徒が浅子の方へ向くが、浅子は堂々と答える。
「なんだ、死神野郎を下の名前で読んだりして。河原で殴り合ったから友達になったとでも言うつもりか?」
「えぇ、私はもう瑞穂とは友達のつもりよ。で、私の友達に何の用事?」
男子生徒が強くつっかかるが、浅子はやはり毅然と答える。
「何言ってんだ、そいつは死神だぞ。
男子生徒の言葉に瑞穂ははっとなる。瑞穂は彩花を無くさずに済んだが、彼は友達を失っているのだ、と。
それに森といえば、あのグレータータイプ
「そう。でもそれは瑞穂が悪いわけではないでしょう。瑞穂は作戦を全うしただけよ。私たちが享受している戦術データや魔法カリキュラムも、生徒会が生きてデータを持ち帰ってくれればこそでしょう?」
しかし、浅子は恐れずに反論した。模擬戦前の主張と違い、瑞穂の主張に寄り添ったようなものになっている。模擬戦で決着をつける、と言う約束を守ったのだろう。
「けっ。すっかり死神に懐柔されやがって」
面白くねぇ、と男子生徒は踵を返し、シミュレータ室を後にする。
「瑞穂、
その男子生徒を見送った後、浅子が提案する。
「……うん」
浅子が庇ってくれた、それはとても嬉しい。
けれど、心の底に残った「自分は不正したのかもしれない」と言う思いは消えなかった。
有輝に、そして場合によっては凛に、事の次第を確認せねばならない、とそう思った。