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第10話「皐月に宿る声」

「こちらは生徒会五番機、皐月。撃墜された貴部隊機からの脱出生存者あり。座標を救助チームに送った。情報収集任務完了。基地に戻るRTB

 いつもの情報収集任務が完了し、皐月は浜松基地に戻るコースを取る。

「ねぇ、芝田しばた二尉」

 帰投コース中。思い切って瑞穂みずほ有輝ゆうきに声をかける。

「どうした、大井おおい三尉。君から話しかけてくるとは珍しい」

 突然の瑞穂の行動に、驚いた様子で有輝が問いかける。

「先週の火曜日、十六時頃、何してた……?」

「先週の火曜日……今から一週間ほど前か。というか、北方航路の捜索任務に行った翌日だな?」

「うん、そう。朝に生徒会に顔を出して、その後。何してた?」

 もうあの浅子との模擬戦から一週間が経っていた。

 生徒会はローテーションで待機をすることになっている。そして、瑞穂は有輝とプライベートの連絡先を知らなかった。なので、今回のように一緒に出撃する時以外、有輝と会話する機会は瑞穂にはなかった。

「あの日は本来非番だったから、生徒会に顔出した後は、寮に戻って、ゲームしてたよ」

「そう。じゃあ、皐月には触れてない?」

「? あぁ。ずっと家にいたからな。皐月には触れてないよ」

 妙な質問をする瑞穂に首を傾げながら、有輝は頷く。

「どうしたんだ? あの日以降、皐月にトラブルでもあったとか?」

「ううん、そういうのじゃないんだけど……」

 瑞穂はあの日の出来事を有輝に話すか逡巡する。瑞穂は有輝の事を兄のように思っている。瑞穂は一人っ子だったが、兄がいたら、有輝のようだっただろう、と。

 けれど、だからこそ、自分が不正をした、という告白に近いような事情の説明は気が引けた。

「よく分からないけど、言いにくい事なのか? けど、皐月絡みなら火器管制官WSOである俺だって無関係じゃない。出来たら話してくれると嬉しい」

 その様子に有輝は瑞穂に尋ねる。有輝としては頼れる兄として瑞穂に尋ねたつもりだったが、瑞穂には職務を盾に問いかけられたような気持ちになった。

「えっと、あのね……」

 職務として答えねばならないとなると、機長である有輝に瑞穂は逆らえない。

 瑞穂は一瞬逡巡してから説明を始める。

 浅子という友人とフル・ミッションシミュレータFMSで模擬戦をしたこと。その模擬戦中に負けかけたところに、「皐月からのオーバーライド」と読める表示が出現し、動きが改善したこと。そのオーバーライドが有輝によるものではないかと考えたこと。

「そんなことがあったのか……。さっきも話したが、俺じゃないぞ」

 有輝は隠せない驚きを声に出しながらも、自分ではない、と否定する。

 瑞穂は、やっぱり驚くよね、と頷いているが、有輝は。

(友人……! 瑞穂に……!)

 という部分に一番驚いていた。瑞穂の交友関係が狭いことはこれまで散々知っていたので、新しく友達が出来たという事実に自分のことのように嬉しくなった。

「しかし、そういうことなら、本田一尉に聞いてみるのがいいだろうな。彼女なら、格納庫への入室記録などを確認出来るはずだ」

「うん。そうしてみよう」

 やがて、浜松基地が見えてくる。

 皐月は降着装置ランディングギアを展開し、滑走路に着陸。生徒会の格納庫に収まった。


「大井三等空尉です」

「芝田二等空尉です」

 ノックをして、誰何されたのに対し、瑞穂と有輝が応じる。

 入室許可が出たので、入ると中では生徒会執行員達が忙しそうに作業していた。

「君達か」

 入室してきた二人を見て、奥の席で書類を見ていた凛が顔を上げる。

「何かあったのですか?」

 忙しそうにしている執行員達を見て、有輝が尋ねる。

「あぁ。まぁ、皐月クルーには伝えてもいいだろう。実は新しいスーパーラプター調達の目処がついた」

今井いまいちゃんの乗機が……!」

 凛の言葉に嬉しそうに瑞穂が笑う。

「あぁ、ただ、ものが最新式のBlock13でな。折角の最新式を誰に配備するか顧問の長谷川はせがわ一佐と頭を悩ませているところだ」

「Block13というと、統合コンピュータが機体を制御するオートマニューバモードを搭載するって言う、あのBlock13ですか?」

 瑞穂はBlock13という言葉は既に一度彩花さいかとの会話で聞いたことがあった。

「知っていたか。まぁ、あれに関しては米軍の勇足で、実際にはまだまだ実用足りえないようだが」

「そうなんですか?」

「あぁ。まだまだ戦闘機の統合コンピュータが学習したデータでは安定した戦闘機動を取るのは難しいらしい。視線トラッキングでの先行入力もハズレが多いと聞くから、オフにしている場合が多いらしい。まぁ、パイロットが失神した時に逃げる機能くらいは使えるかもしれないが」

 なるほど、と瑞穂は頷いた。

「……」

 その瑞穂と凛の会話を、有輝は顎に手を当てて、何か思案している様子だったが、すぐに思い直す。

「そうだ、本田一尉。我々、少々相談があるのですが」

 と、有輝が切り出す。周囲を見渡し、人目が気になることを暗示する。

「ふむ、格納庫に行こうか」

 凛は頷いて、三人で格納庫に向かう。

 格納庫では皐月が整備を受けていた。生徒会の整備隊長を務める原田はらだ 繁樹しげき二等空佐はシゲさんの愛称で知られており、瑞穂ともそれなりには話す仲だ。気さくに瑞穂達に手を振ってくれたので、瑞穂、有輝、凛もそれぞれ手を振り返す。

「それで、話というのは?」

「実は……」

 と瑞穂が再び模擬戦の頃の話をする。

「ふむ。模擬戦の話は聞いている。対戦相手の篠原しのはら は瑞穂に劣らない実力を持っているとか。今、長谷川一佐は是非引き抜きたいと考えて、部署内のパワーゲームに参加しているよ

 最終的には君が勝ったと聞いていたが、まさか皐月からのオーバーライドがあったとは」

 そう言いながら、凛が手元のタブレットを操作し、模擬戦のデータを確認する。

「統合コンピュータに残された模擬戦の記録にはそれらしき痕跡は残っていない。

 だが、なるほど、確かに、皐月の統合コンピュータから生徒会の統合コンピュータを介してシミュレータにアクセスしたらしい記録が、生徒会の統合コンピュータのログに残っているな」

 タブレットを操作しながら凛が言う。

 ログで時刻が分かったなら、格納庫の記録を見れば、誰が皐月にアクセスしたかが分かる、と凛はさらにタブレットを操作する。

「……いない?」

「いない、とはどう言う意味でしょうか、一尉」

 怪訝そうな声をあげた凛に有輝が問いかける。

「言葉の通りだ、二尉。皐月の統合コンピュータからシミュレータにアクセスがあった時間帯に皐月のそばには人は一人もいなかった」

「それはおかしい。なら、大井三尉を助けたのは何者なのです」

 有輝の言葉に凛が分からない、と首を横に振る。

「おい、芝田二尉、ちょっといいか」

 そこに、茂樹が近付いてくる。

「シゲさ……|原田二佐、どうしました?」

「シゲさんでいいよ。そんなことより、お前、降機時に情報収集ユニットの電源を落とさなかったのか?」

「いえ、ちゃんと落としましたが……どうしました?」

 情報収集ユニットは、生徒会機がぶら下げている戦場の各種情報を収集するためのセンサやカメラ、マイクといった装置の集合体だ。当然、駐機中には使わないので電源は切るのが普通で、有輝もそうしていた。

「いやよ、情報収集ユニットの整備をしようとしたら、電源が入ってて切り離せなかったんだよ」

「そんなはずは……」

「芝田二尉が正しい。今、統合コンピュータから皐月の操作記録を確認したが、確かに情報収集ユニットの電源は一度落とされている。それがついさっき、再起動したようだな。だが、操作記録はない。……どう言うことだ?」

「ってことは、意図的に起動してたわけじゃねぇんだな? ……情報収集ユニットの指向性集音装置はここでのお前らの会話を聞けるような方向に向いていたからな、もしかして、何らかの理由で会話を記録するために起動しぱなしにしたのかとも思ったんだが」

「なんですって?」

 指向性集音装置はその名の通り、特定方向の音を特に拾うための装置だ。例えばドラゴンの発する特定の声などを収集するのに役立つだろう、と搭載されており、基本的にはWSO——皐月の場合は有輝——がその対象を指定する。

「おかしいな。指向性集音装置は最後にワイバーンタイプツーの方に向けていた。今もそのままなら下の方を向いているはずだが……」

 首を傾げる有輝、茂樹、凛の三人。

 そんな中、瑞穂だけは少し違うことを考えていた。

「まるで……」

「ん? 大井三尉、今なんと?」

「あ、すみません。つい考えが口に出てしまいました」

 凛が瑞穂の方を向き、瑞穂は自分の思考が口に出ていたことを知り謝罪する。

「いや、それは構わないが、まるで……の後、なんと言ったんだ?」

「そんな、大したことでは……」

「その大したことではないことを聞きたい。パイロットである君の見解は貴重だ」

 その凛の目線は真剣そのものだったので、本気で言った訳ではない瑞穂は申し訳なかったが、とりあえず口に出すことにした。

「まるで、皐月が私達の会話に興味を持って盗み聞きしようとしてるみたいだ、って、そう言っただけです」

「皐月が?」

 瑞穂の言葉に、再度、凛が首を傾げる。

「すみません。皐月を擬人化して考えただけです。皐月に自我があれば自分のことを話してると知れば、どんな話は耳を澄ませるかな、って」

「なるほどな。面白い考えだ。だが、実際には皐月は人間ではない。そんなことは——」

「いや、待て、本田一尉。皐月が積んでいるのは超高性能な学習型コンピュータだぞ。それが自我のような何かを発露する可能性は否めない」

 凛が首を横に振ろうとするが、茂樹が待ったをかける。

「シゲさんがそう言うならそうかも知れないな。それに、そう考えれば不正アクセスの謎も解ける」

 と、有輝。

「どう言うこと?」

「つまり、自我を持った皐月がパイロットであるお前が敗北する危機を感じ取って、助けた、ってことだ」

 瑞穂はよく分からず問い返すと、有輝が説明してくれる。

「そっか、だとすると、オートマニューバモードをオンにしろって言ったのも頷けるね。皐月も、本当は自分が操縦したかったのかも」

 瑞穂はそれで理解し、頷く。実際その考えは真相に近いのではないか、と感じたのだ。

「馬鹿馬鹿しい。皐月もその統合コンピュータもただのマシンに過ぎない。どこかのSF小説じゃないんだ、戦闘機が自我を持つはずがない。何が、オートマニューバモードをオンにしろと言った、だ。米軍機の統合コンピュータでさえ持て余している機能だぞ」

 ところが、凛は首を横に振った。それは想像していたより強い否定で、少なからず瑞穂にショックを与えた。

「そんな言い方はないでしょう、一尉。実際、筋は通っている」

 有輝は果敢に反論するが、凛は聞く耳を持たない。

「そうか。どうやら、相談の結論は君たちの中では出たようだな。では、私は失礼する。仕事が残っているのでな」

 凛はやけに感情的にそう言い捨てて、階段を登り始める。

「待ってください。どうしてそうも皐月に自我があることを否定するんです」

「君達には関係のないことだ。戦闘機に自我があるなど、勘違いも甚だしい。皐月に自我があったなら……」

 凛は何かを呟きながら、生徒会室に引っ込んでいった。

「地雷を踏んじまったか……。まぁ、本田一尉にも色々あったんだ。許してやってくれ」

 と茂樹が代わりに謝罪する。

「さぁて。皐月に自我があるなら、こりゃ整備も念入りにやっとかないとな!」

 茂樹はそう言って空気を切り替えるようにニッと笑い、皐月の元へ戻っていった。

 その場には、ショックを受けた瑞穂と有輝だけが残された。


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