目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第11話「ソフトクリームと友情と」

「とりあえず、なんか甘いものでも食うか?」

 やや苦しい沈黙の中、有輝ゆうき瑞穂みずほに問いかける。

 瑞穂はそんな気分ではないと言う気持ちと、甘いものは食べたいと言う気持ちが心の中で葛藤する。

 短い逡巡の後、折角の好意を無駄には出来ない、と瑞穂は短く頷いた。

「よし、じゃあ売店PX行くか」

 そう言って、有輝が歩き出し、瑞穂が続く。

「生徒会長、なんで怒ったんだろう……」

 結局、瑞穂の疑問はそこだった。

本田ほんだ一尉はかつて皐月のパイロットだったと聞く。その時に何かあったのかもしれないな」

「うん……。でも、生徒会長は皐月を大事にしてたと言ってた。それなら、皐月に自我があると知ったら、喜ぶか、そうでなくても、確認したくなると思うけど……」

 そうでなかったのがショックだったのだろう、瑞穂の声は今にも泣きそうだ。

「実際にはあの拒絶っぷりだからな。皐月と本田一尉の間に何があったのか……。なんとか知りたいが、本田一尉に聞いても答えてくれそうにないからな……。何か調べる方法……」

 言いかけて、そうだ、と有輝が思いつきを口にする。

「本田一尉も一人で皐月に乗っていたわけじゃないはずだよな?」

「そっか、火器管制官WSOがいたはず」

「あぁ。前席と後席は基本的に相棒関係だ。何か知ってると思う。正規の士官だろうから、俺の方で調べてみるよ」

 有輝の言葉に瑞穂は頷いてから、ふと、気になったことを聞いてみる。

芝田しばた二尉も、私のこと、相棒だと思ってる?」

「当たり前だろ。お前は最高の相棒だよ、大井おおい三尉。俺達、きっと生徒会最強のコンビだぜ」

 ちょっと不安そうな上目遣いの瑞穂に少しドキッとしながら、有輝は自信満々に答える。

「あ、いや。皐月もいるから、最強トリオ、かな」

「ふふっ。よかった。じゃあこれからもよろしく、芝田二尉」

「おう。よろしくな」

 不安そうな表情から一転、瑞穂が嬉しそうに微笑む。

 やがて、二人はPXに到着する。

 PXは基地内に存在する売店であり、制服や石鹸等の日用品からおやつ等の嗜好品と、自衛官が基地の中で生活する上で必要とする全てが揃っている。

「バニラのソフトクリームでいいか?」

 有輝が瑞穂の方に向けて問いかけると、瑞穂が頷く。

「ソフトクリーム二つ、バニラで」

「あいよー」

 PXの店員がソフトクリームを絞って、一つずつ有輝に手渡す。

 二人はPX前に配置されたテーブル付きのベンチへ向かい合わせに座って、ソフトクリームを二人で舐める。

「もうすぐ秋だってのに、まだまだ暑いよな」

 今は九月も末。とっくに秋と言ってもおかしくない時期だが、まだまだ気温は二十度後半を記録しており、暑かった。

 瑞穂はソフトクリームを舐めながら、頷く。

(ソフトクリームに夢中か。まぁ、まだ高校一年生だし、こんなもんだよな)

 その様子に有輝は微かに口角を上げる。

「あれ、瑞穂じゃない!」

 瑞穂がコーンを齧り始めた辺りで、有輝の背後からそんな声が聞こえてきた。

「浅子! どうしたの?」

 思いがけない顔を見た、という風に、瑞穂が嬉しそうに声を上げる。

 その返答と同時に有輝は後ろから聞こえる声の主を間接的に知っていることに気付く。

 ソーサラーチームの二番機を務める、篠原しのはら 浅子三等空尉だ。瑞穂のもしかしたら唯一の友人。

「私はピカールがなくなったから買いに来たところ」

 ピカールは金属を磨くための研磨剤だ。自衛隊所属の学生である浜松基地魔法学校生は自らの身につける金具や徽章をピカピカに磨いておく義務があった。

「あれ? 男と一緒? もしかしてデート中だった?」

 一緒のテーブルで向かい合わせに男性と一緒な事に気付いた浅子はそんなことを言い出す。

 思わず有輝はコーンの破片を肺に入れてしまい、咳き込む。

「違うよ。彼は芝田二尉。私の相棒」

「あぁ、WSOって奴ね。いいわね、誰かと一緒の空ってのは。ちょっと憧れるわ」

 なんの動揺もなく説明する瑞穂に、有輝はちょっとショックを受けた。まさか、自分は全く男性扱いされていないのではないか。いや、別に瑞穂と付き合いたい、というような下心は全くないのだが、それはそれとして意識されていないというのもショックなのだった。

「浅子にはチームの仲間がいるじゃない」

「まぁ、それはそうね。あ、そうだ、脱出した仲間の座標を伝えてくれてありがとうね。おかげで、チームメンバーが欠けなくて済んだわ」

「ううん。生存者の確認と報告は私の仕事だから」

 有輝がショックを受けている間にも、話は進んでいく。

「芝田二尉、座っても?」

「ああ、構わないよ」

 浅子は有輝から許可を得て、瑞穂の隣に座る。

「相棒とPXデートするのはよくあることなの?」

「ううん、珍しい。今日はちょっと色々あって凹んじゃってたから、芝田二尉に慰めてもらってたの」

 ちょっと恥ずかしそうに、瑞穂が告白する。

 有輝はその様子を見て、少し意外に思った。しっかりと瑞穂が他人に心を開いている。本当に浅子を友達だと思い、信頼している事が伺えた。

(やっぱり河原で殴り合って仲良くなるってのは定番、ってことかね)

 河原じゃなくて仮想空間上の太平洋上空だし、拳じゃなくてミサイルと魔法だけど、などと、有輝は一人で頷く。

「あれ? 大井ちゃん?」

 と、そこにさらに有輝の背後から人がやってくる。有輝の知らない声だった。

今井いまいちゃん!」

 と、瑞穂が応じるのを聞いて、有輝はその声の主が生徒会二番機のパイロット、今井 彩花さいか三等空尉であると理解した。

 嬉しそうに瑞穂が立ち上がる。

「もう大丈夫なの?」

「ううん、まだ入院中。けど、出歩かないと手足が鈍っちゃうから、ちょっとPXまで足を伸ばしにきたの」

 特に買う当てはないんだけどね、と彩花は笑う。

「誰なの?」

 その二人のやりとりを見て、瑞穂に浅子が問いかける。

「あ、浅子。紹介するね、彼女は今井 彩花三等空尉。私と同じ生徒会のメンバーで、二番機のパイロットだよ。

 今井ちゃん、彼女は篠原 浅子三等空尉。新しいウィザードチームの二番機のパイロットだよ」

 瑞穂がそれぞれをそれぞれに紹介する。

「はじめまして、今井三尉。篠原 浅子よ。紹介に預かった通り、ウィザードツーをやってるわ」

「こちらこそ、篠原三尉。今井 彩花です。二番機って事は魔法戦のリーダーって事? すごいね」

「ふふん、そうでしょう」

 彩花からの素直な賞賛に浅子は嬉しそうに胸を張る。

「でも、そっちも生徒会に所属してるからには相当やるんでしょ? 瑞穂みたいに」

「まぁね。でも、大井ちゃんには勝てないかも」

「瑞穂は自分のこと、生徒会の中では下の方って言ってたけど? 私、それ聞いて、生徒会はなんて強者揃いなのかとびっくりしたわ」

「それは、大井ちゃんが謙遜してるだけだよ。大井ちゃんは実力で言えば、確実に生徒会の上位に入るね」

 なんて、彩花が言い出すので、瑞穂は慌てる。

「ちょっと、今井ちゃん、誉めすぎだよ……」

「誉めすぎじゃないよ。大井ちゃんが自己肯定感低すぎるだけ」

「そうね、それは間違いないわ。私と戦って勝ったんだから、もっと自信を持って貰わないと」

 瑞穂の謙遜に対し、出会ったばかりの二人の意見がシンクロする。瑞穂はなんだか恥ずかしかった。

「待って、篠原三尉。大井ちゃんと戦ったって? それじゃ噂の模擬戦をやった生徒会パイロットって大井ちゃんなの?」

「そうよ。瑞穂は見事に私に打ち勝ったわ」

「えぇー、いいな。私も大井ちゃんと戦いたい」

 彩花は本当に羨ましそうだ。

「私でいいなら、退院後の訓練にいくらでも付き合うよ」

「本当? 嬉しい」

 瑞穂が頷くと、彩花は本当に嬉しそうに瑞穂の手をとって喜んだ。

「さて、私はそろそろ行かなきゃだわ。また今度ね、瑞穂」

「うん、またね、浅子」

 そういえば、用事があって来たのだった、と浅子は立ち上がり、PXでピカールを買って、立ち去っていく。

「……ねぇ、大井ちゃん」

「? どうしたの、今井ちゃん」

 なんだかちょっと低く抑えた雰囲気の彩花の声に、瑞穂は首を傾げる。

「さっきの子と、名前呼び捨てで呼んでるんだね」

「うん。浅子とは友達だから」

 なんてことのないように、瑞穂は頷いた。

「私は!?」

 そんな瑞穂に彩花は迫る。

「え?」

「私は友達じゃないの!?」

「え、と、友達でいいの……?」

 彩花の思わぬ言葉に、瑞穂は困惑しながらそんな言葉で応じる。

「いいに決まってるじゃない。ね、私のことも下の名前で呼んでよ」

「え、えーっと、さ、彩花?」

「うん、瑞穂」

 辿々しく名前を呼ぶ瑞穂に対し、嬉しそうに彩花が笑う。

 その様子を有輝は保護者のような気分で見つめていた。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?