それから、また一週間が過ぎた。
今日は一週間ぶりの皐月での情報収集任務のために待機する日だ。ドラゴンが現れれば迎撃機と共に基地から発進し、情報収集に当たることになる。
生徒会機は十二機あるので、本来なら二週間弱ごとの待機なのだが、現在は、北方航路の警戒任務などもあり、待機のスパンは短くなっている。
なお、皐月は「単独で飛行するのはゴーストラプターから狙われる危険を伴う」として、北方航路の警戒任務からは外されている。
機内で待機していた
あれ以来、一言も言葉を交わせていない。
もしかして、一生このまま凛と言葉を交わせないのだろうか、と瑞穂は少し怖くなった。
「どうすればいいと思う、皐月?」
泣いてしまいそうで、涙を堪えるためにも、なんとなく目の前のモニターを撫でる。
当然、皐月は何も言ってくれない。自我云々以前に、そもそも皐月には自分の意思を表示するための機能を持っていない。
「すまない、遅れた」
やがて、
「何かあったの?」
本来、待機任務中に席を離れるなどあってはならないことだ。その間に
「例の
「そりゃ、わざわざ密告するような事はしないけど……」
機内の会話はフライトレコーダに残るし、その内容は情報収集コンピュータにも記録され、生徒会のコンピュータにも転送される。まさか機内の会話を一つ残らず調べているということはないと思うが、瑞穂の密告と関係なくバレる可能性はある。
「ま、それは大丈夫だろ。それでバレた時はバレた時さ」
瑞穂の言わんとする事を理解し、有輝は楽観的に頷く。
「それで、何か分かったの?」
「いや、まだ。でも、もう少しで何か掴める気がするんだ、もう少し頑張って調べてみるよ」
アニメなら掴めた直後に消されそうなセリフだけどな、と有輝が笑う。
「やめてよ、縁起でもない」
そんな有輝の言葉に瑞穂が首を横に振る。
と、直後。
「こちら、
「え? しかし、スクランブルはかかってませんよ」
凛の言葉に、有輝が問い返す。
「もう少ししたらかかるだろう。目標地点は方位
「
対ドラゴン戦を余儀なくされた日本はその防衛圏を4つのゾーンで区切って設定している。
絶対防衛線の内側である
基本的にドラゴンとの戦闘はCゾーンで行われる。当然、生徒会が情報収集しているのもここだ。
「すまないが、説明している時間が惜しい。間に合わなくなる前に発進して、
「こちら、皐月。任務受領しました。発進します」
有輝はあまりの説明のなさに不満げだったが、これ以上話をしていても意味はない、と判断し、瑞穂が任務受領の宣言をする。本来は機長の仕事なので、これは厳密には越権行為に当たるが、特に有輝はそれを咎めなかった。
瑞穂と有輝は素早く六点式のシートベルトで体をシートに固定し、
支援隊が皐月のミサイルに装着された不時作動防止用のセーフティーピンを外し、発進準備完了。
瑞穂がスロットルを少し前に倒し、前進を開始。誘導路を通って滑走路へ。
管制塔とやり取りし、離陸許可を取得。滑走路に侵入する。
スロットルを一気に奥に倒し、
「こちら、
「こちら、皐月、
と有輝が応じる。
「どう言うこと?」
すぐに応じた有輝に何か事情を知っているのか? と瑞穂が問いかける。
と言うのも、独立部隊扱いの生徒会はAWACSとデータリンクは確立するものの、AWACSの管制下に入る事はない。
そもそも、他の部隊と混ざって戦闘行為をするわけではないので、その必要がないのだ。生徒会機は独自に情報収集を行い、独自に帰投する。
「今、フライトプランが送られてきた。確認する」
有輝がコンソールを操作する。
「これは……どう言うことだ?」
「どうしたの?」
「戦闘任務だ。日本に向かってくるアメリカの潜水艦がトラブルにより緊急浮上、ドラゴンに狙われているから迎撃せよ、と」
「アメリカの潜水艦?」
有輝の読み上げる作戦内容に、瑞穂が首を傾げる。
Dゾーンとはいえ日本近海で、まだアメリカとは大きな距離がある。なぜこんなところにアメリカの潜水艦が? という疑問は当然だろう。
「ドラゴンは空を飛ぶが、海を泳がないだろ? だから、海中を進む潜水艦は時間がかかる代わりに確実に届く輸送手段だと言われているんだ」
「そうなんだ」
有輝はさらに詳細を確認する。
「緊急浮上してからそれなりに時間が経ってるな。かなりまずい状況だ。潜水艦の装甲はある程度ならブレスにも耐えるはずだが……」
「だから、スーパーラプターを使える私が行くことになったのかな」
「恐らくそうだな」
スーパーラプターは双発、つまりエンジンが二つついている。主力戦闘機であるライトニングⅡより早く目的地に到達可能だ。
「残りのチームもおっとり刀で駆けつけてくるだろう。最初は撹乱目的のつもりでいい。引っ掻き回して、潜水艦からドラゴンを引き離せ」
「分かった。
「メーデー、メーデー、メーデー、こちらはマザー・ホース、マザー・ホース、マザー・ホース。
メーデー、こちらの位置は……」
そのタイミングで、軍用無線に救難信号が聞こえてくる。通信内容は英語だったが、空の公用語は元より英語だ。瑞穂も有輝も理解に問題はない。
「
「
「こちらはドラゴンの襲撃を受けている。ワイバーンタイプ
声はかなり切迫している。急ぎたいが、スロットルはすでに
やがて、レーダーに赤い光点が表示される。数は5。
「
有輝がそれを確認し、イーグルアイに交戦許可を求める。普段なら生存のために勝手に撃っていいところだが、今回はイーグルアイの指揮下にあるので許可を取らずにおっ始めるわけにはいかない。
「イーグルアイ、より皐月。
「皐月よりイーグルアイ、
交戦許可を聞き、瑞穂が応じる。
即座にアフターバーナー起動。一気にドラゴン群へと距離を詰める。
「
魔法を詠唱し、潜水艦の上空で滞空しながらブレスを吐きかけるワイバーンタイプ2に向けて、雷が放たれる。
予期していなかった方向からの攻撃に攻撃を防ぎ損ねたワイバーンタイプ2達が雷で体を硬直させた隙に皐月が敵集団の中を音速で突っ切る。
衝撃波とそれに伴うソニックブームの轟音がワイバーンタイプ2に襲いかかる。
「敵は一箇所にかたまってる。これなら、一撃で落とせる」
Gリミッターを解除してスロットルを一気に戻して
急加速からの急減速により強烈なGがかかるが、瑞穂も有輝もこの程度で吐くようなやわな訓練はしていない。
「皐月、
皐月の
射出されたアムラームは素早くエンジンを点火し、ワイバーンタイプ2の集団に迫る。
「
ミサイルが炸裂に無数の石片をばら撒く。
ワイバーンタイプ2の全てに突き刺さり、速やかにその活動を停止させた。
「よっしゃ! よくやったぞ、大井三尉!」
思わず、有輝がガッツポーズを取る。足止めすれば十分なところを見事一撃で撃破してみせた。これは賞賛されるべきことだと、有輝は思った。
「イーグルアイより、皐月へ。
「こちら、皐月。イーグルアイ、
ふぅ、と息を吐きながら、瑞穂は眼下の潜水艦を見る。
先端が平べったく、後ろの方が盛り上がった、変わった形の潜水艦だ。あれでは後ろの方が重くて潜りにくいのではないだろうか? と瑞穂は素人なりに思った。
と、そこで同じ感想に以前にもたどり着いたことを思い出した。
あれは何度目か分からない、
アメリカが開発した潜水空母の話だった。
確か、戦闘機にロケットを取り付けて、カタパルトから射出するという無茶な設計の潜水艦で、空母、と言うには着艦が出来ない、戦闘機ランチャー艦とでも言うべき艦のはずだ。確か名前はフィヨルズヴァルトニル級と言ったか。
潜水艦でこっそりゲートに近づき、戦闘機を射出、ゲートに到達させることを目的とした艦で、射出した戦闘機は空母か基地まで飛んで帰還するという話だが、実際にはゲートから離脱するのは容易ではなく、戦闘機は捨ててパイロットだけを潜水艦で回収する事になるだろうと言われているらしい。
「自衛隊は専守防衛だからどうなるか分からないけど、もしかしたら私達もこれで射出されてゲート内を偵察することになるかもね」
なんて、彩花は言っていたが。
「なんでそれがここに?」
いるべき場所はアメリカの西海岸かハワイであって、こんな日本近海ではないはずだ。何をしに来たというのか。
「おい、瑞穂言ってる場合じゃない。何か皐月が警告してるぞ」
皐月の統合コンピュータが海面に敵の反応、と警告している。
海面を見ると、そこから巨大な蛇のような生物が顔を出していた。口内に魔法陣。瑞穂を狙っていない。その方向はソーサラーチームとイーグルアイのいる方向だった。
「いけない。二尉、警告を」
「分かった。PAN,PAN,PAN。超射程ブレスの危険あり、
そして、グレータータイプ
「こちら、イーグルアイ。被弾した。私は無事だが、機長が不時着水すると言っている。ソーサラーチーム、状況を報告せよ。その後、
「こちら、ソーサラーリーダー。警告のおかげで全員無事だ」
「こちら、ソーサラー
「ソーサラーリーダーよりソーサラー2。私語は慎め」
報告に瑞穂はホッとする。自分の警告のおかげで全員が無事だ。厳密にはイーグルアイは不時着時に死亡者が出る可能性はあるが。
いつもは出来ない、警告による死の回避が出来て瑞穂は嬉しかったし、何より、浅子が喜んでくれたのも嬉しかった。
その安心した瑞穂の視界の隅に何か緑色の光が見えた気がした。
(今の、北方航路の映像で見たのと同じ?)
などと考えた、直後、側面から何かが飛来する。
「三尉! コンピュータが不正アクセスを検知した」
「ゴーストラプター!? このタイミングで!?」
まだ海面にはあの蛇のようなドラゴンが泳いでおり、無数の棘の先端に魔法陣を展開し、皐月に向け、無数の光弾を飛ばしてくる。
「私だけ狙ってきてる?」
「やはりゴーストラプターはドラゴンと何かしらの関係があるのか?」
だが、それを究明する方法は今はない。
この戦いを乗り切らなければ。