目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第13話「皐月の翼」

 太平洋上、敵機発見ラインの外側、デルタゾーン。

 その上空を舞う二つの影。獰猛な猛禽類のようなそれはスーパーラプターだ。

 片方には尾翼に円と五芒星、そして剣と片翼の翼という構成の部隊章が描かれており、キャノピーの下には「SATSUKI」の文字。

 対するもう片方はまるでのっぺらぼうのようになんの模様もない。

「何が目的かは知らないけど、皐月のデータをあいつに渡すわけにはいかない。ゴーストラプターを優先して落とす」

 瑞穂みずほがそう言いながら操縦桿を操ると、皐月は高速で旋回しながら、ゴーストラプターに機首を向ける。

 対するゴーストラプターも簡単に皐月に攻撃姿勢を取らせまいと、旋回を始める。

 まさしく背中の取り合い、語源の通りドッグファイトだった。

大井おおい三尉、気持ちは多いに分かるが、あの新種も倒さないと、潜水艦が危ない」

 そう警告するのは後席の有輝ゆうき

 そう、空中には二匹の猛禽類しかいなくても、海上は違う。

 トラブルで緊急浮上した潜水空母フィヨルズヴァルトニル級とそれを狙う蛇のような見た目のドラゴンがいる。

 皐月は新種のドラゴンの攻撃を回避するのにも機動せざるを得ず、結果、ゴーストラプターの背後を取れない状態にあった。

 今になって考えてみれば、フィヨルズヴァルトニル級が緊急浮上を余儀なくされたトラブル自体が、あの新種のドラゴンの仕業だったのだ、と有輝には思えた。が、だとすると動機が見えない。なぜ一撃で撃沈しなかったのか。なぜ浮上させてからは姿を見せず、ワイバーンタイプツーに攻撃を任せていたのか。もっとも、ドラゴンに知能があるのかはまだ不明なので、動機を考えることに意味はないのかもしれないが。

 だが、有輝は思う。目の前にいるゴーストラプターにこそ、その秘密があるのではないか、と。

 なにせ、ゴーストラプターはゲートを人為的に開き、ドラゴンを呼び込めるのだ。これだけであれば、ゲートを開けるだけかもしれない、という解釈も可能だが、思えば、あの時のドラゴンはおかしかった。

 自分より高高度を取る皐月やゴーストラプターを無視し、一直線に今井三尉に向かっていた。まるで、そうすれば皐月はその救援に動かざるを得ず、ゴーストラプターが逃げられると知っていたかのように。

 そして、今も、あの新種のドラゴンは皐月の気を引くように皐月に対して散発的に攻撃しつつ、時たま潜水艦に至近弾を当てている。そうすれば、ゴーストラプターは狙われず、皐月のデータを収集出来るから。

 つまり、ゴーストラプターは、ドラゴンを操れるのではないか? そんな仮説が、有輝の中で構築されつつあった。

 しかしだとしたら、そんな全能とも思えるゴーストラプターが欲しがる皐月のデータとは一体なんだ? ドラゴンさえ意のままに出来る存在が、今更皐月の何を欲しがる?

「! レーダー・ロック!」

 考えている有輝の視界内で、ゴーストラプターを追跡する四角いコンテナとミサイルのレーダー照射を示す丸いアイコンが重なる。

 それは中距離空対空レーダー誘導ミサイルアムラームが標的を追尾可能な状態にあることを示す表示だが……。

「ダメ、この位置じゃいつもの高機動魔法で避けられる」

 しかし、瑞穂はミサイルを撃たなかった。

 直後に新種のドラゴンから光弾が放たれ、皐月は回避を余儀なくされる。

 再び、ゴーストラプターと引き離される。

「ソーサラーリーダーより皐月。まもなく我々も交戦エリアに入る。レーダー上に見えている空中の不明機ボギーはなんだ? 貴機の反響したエコーにしては距離が離れている」

「皐月よりソーサラーリーダー、不明機ボギーはゴーストラプターです」

 有輝が応じる。

「報告にあったやつか。なら、敵だな」

 なるほど、とソーサラーリーダーことあきらが頷く。

「ソーサラーリーダーより各機、お前達は海面の新種を叩け。俺は上空の敵機バンディットを叩く」

「ソーサラーツー了解コピー

 晃の指示に浅子あさこが応じ、残り二人の部下も続く。

目標を視認ヴィジュアル・コンタクト……。って、あの上空にいるの、両方ラプターじゃん。どゆこと? 生徒会の仲間割れ?」

 戦闘空域に入り込んだ浅子がそんな言葉を呟く。

 瑞穂は必死にゴーストラプターの追跡と新種からの攻撃の回避を行いながらも、そういえば、学生の士官はゴーストラプターの存在を知らないんだった、と思い出す。

「お前達は知る必要はない。私語は慎み、新種を急ぎ撃破しろ」

 どう説明するべきか瑞穂が考えていると、晃はあっさりとその話題を打ち切った。

 軍隊にはニード・トゥ・ノウの原則がある。簡単に言えば、「情報は知る必要のある人にのみ伝える」という事だ。生徒の一般士官はゴーストラプターのことを知る必要はない、というのが上の判断なのだろう。

「……ソーサラーリーダーより皐月。聞いての通りだ。二人組エレメントを組み、ゴーストラプターを狙うぞ」

「皐月、了解コピー

 一瞬の迷いの後に放たれた晃からの言葉に、瑞穂が応じる。その声に迷いがあるのは感じ取れた。恐らく死神である自分と共闘するのに抵抗があるのだろう。

 それでも、自分とエレメントを組むと言ってくれた。なら、瑞穂としては応えるのみである。

「ソーサラーリーダー、ミサイル発射フォックス・ツー

 晃機から短距離赤外線誘導ミサイルサイドワインダーが放たれる。

 対するゴーストラプターはいつもの魔法垂直移動で回避。

 だが、垂直に移動すると分かっていれば、そこに瑞穂が干渉するのは簡単だった。

石よストーン!」

 機関砲から無数の石が飛び出し、ゴーストラプターに迫る。

 前回、雷は効果が薄かったので、攻撃手法を変更した。

 ゴーストラプターに石の一つが命中し、エンジンの片方から煙が上がる。

「よし、もう一度だ!」

 即席の連携がうまく言ったことに気を良くした晃がそう叫ぶ。しかし。

「三尉、新種との戦いの援護に向かった方がいいかもしれない」

「え?」

 見ると新種は再び口に魔法陣を展開していた。口の向かう先は潜水艦。

 あれを守らねばならないが、浅子率いる三機はまだ、新種に有効打を与えるに至ってないらしい。

「心配ないよ、瑞穂!」

 だが、その口に向けて、果敢にも浅子が突入する。

「浅子!?」

 直後、超射程ブレスが放たれる。

壁よバリアー!」

 だが、ブレスは浅子を飲み込まなかった。

 浅子の周囲にまるで何か壁があるかのように、ブレスは二つに割れ、明後日の方向に飛散していく。

凍れアイス! ソーサラー2、ミサイル発射フォックス・スリー!」

 浅子機はアムラームを放ってから急上昇。

 アムラームは新種に激突し、魔法を発動させ、顔面を凍結させる。

 動きを止めた新種に向けて、残り二機が機関砲から雷の魔法を放ってさらに胴体の動きを止める。

 直後、超急速旋回ハイGターンした浅子機が再びアムラームを発射。新種を炎上させる。

 それで新種はついに動きを止め、沈んでいった。

「ね、言ったでしょ」

「馬鹿野郎! 無茶しやがって! 帰ったら説教だぞ!」

 晃が怒ったような安心したような声を投げかける。

 だが、浅子機に意識がいっている間に、ゴーストラプターは機体に魔法陣を展開。なんと、エンジンを復活させていた。

「そんな魔法ありかよ!?」

 晃が思わず叫ぶ。瑞穂もそんな魔法は聞いたことがない。魔法現象は現実世界を改竄する技術なのだと言われている。ならば理論上エンジンを修理することも可能な理屈ではあるが、そんな理論はまだ日本もアメリカも発見していない。

「このデータはなんとしても持ち帰らないとな」

 と、有輝。

 ゴーストラプターは浅子率いる三機に機首を向けて、ミサイルをウェポンベイから露出、魔法発光を放っていた。

「まずい、各機、回避しろブレイク! 回避しろブレイク!」

 晃の言葉と三発のミサイルが放たれるのは同時だった。三機はミサイルの接近を確認し、即座に回避機動を取る。対するミサイルは海面に直進している。

「! ダメ、避けちゃダメ! 迎撃して!」

 瑞穂は咄嗟に叫んだ。

「分かった!」

 反応出来たのは浅子だけだった。即座にハイGターンしてミサイルに向けて機関砲を発射。

 時として戦闘機を超える速度で飛翔する高速で飛翔するミサイルを迎撃するなど離れ業に近かったが、浅子は見事やってみせた。

 一発はそれで破壊出来たが、残り二発は海面に激突した。

「なんだ? 奴は何がしたかったんだ?」

 晃が訝しむ。そうか、ゲートの件は正規の士官も知らないのだ、と瑞穂は理解した。だが、説明する必要もなかった。

 次の瞬間、弾着地点二箇所から、緑色のワイヤフレームで構成された円錐形のゲートが出現し、二匹の先程の新種が現れた。

「なんだと!?」

 晃が驚愕する。一方、有輝も別のことに驚いていた。

(今、三発全部魔法を込めてた、よな?)

 魔法は同時に一つしか使えない。それが現在の人類の共通認識のはずだ。にも拘らず、ゴーストラプターは魔法を同時に三個使っていた。これは不可解なことだった。何より、それが出来たなら、最初に交戦した時、ジャミングと回避魔法を併用出来なかったのはおかしい。

 謎は尽きないが、それよりドラゴンだ。一体でも三機でやっと倒したというのに、二体いては安心してゴーストラプターと戦えない。

【Transferring data to new aircraft……】

 と、突如としてそんな記述が瑞穂と有輝の視界に表示される。

「新しい航空機へのデータ転送中……?」

 有輝が呟く。その表示は皐月の統合コンピュータのデフォルトのインフォメーションメッセージだと分かる。遠隔で近くの空っぽの統合コンピュータにデータを転送するときに表示されるメッセージだ。

 だが、なぜ今? この近くに空っぽの統合コンピュータを積んだ航空機など存在しない。

 いや、待てよ、と有輝は眼下の潜水艦を見る。

 フィヨルズヴァルトニル級のことは有輝も知っていた。あれは潜水母艦だ。まさかあの中に空っぽの統合コンピュータを積んだ航空機が? だとして、なぜ皐月は今そんなことをしているのだ。

「こちら、マザー・ホース。システムが何者かにジャックされた。無人の戦闘機が発艦手順を開始している。発艦進路上から退避されたし。オートマニューバモードだと? あれは満足に動けないはずだ……」

 そんな英語の通信が聞こえてくる。

【Good Luck, Sl.Oi】

 幸運を祈る、大井三尉。その表示は以前も見たものだった。直後、皐月の統合コンピュータが沈黙する。

「何が起きてるの?」

「皐月が、新型機を強奪したんだ」

 フィヨルズヴァルトニル級の後方、膨らんだ部分の扉が開き、カタパルト上に戦闘機が出てくる。見た目はスーパーラプターそのもの。だが中身は大幅に変わっているのだろう。あれこそが、噂に聞くBlock13。

「あれ……もしかして、前に話してた彩花あやかの乗る予定の新型機?」

 困惑する瑞穂を他所に、スーパーラプターBlock13を乗せた電磁式カタパルトが一気にフレミング左手の法則に従い加速、スーパーラプターBlock13を遠投する。同時、機体数箇所に取り付けられたロケットが起動し、さらにスーパーラプターBlock13を加速させる。

「こちら、マザー・ホース。たった今発艦した戦闘機からデータリンクでモニタに表示された文字列を読み上げる」

 それはこう告げていた。

【> This is SATSUKI. I am going to attack to Ghost Raptor. Sl.Oi, You should attack to New Type Dragon.】

 こちらは皐月である。私はゴーストラプターを叩く。大井三尉、あなたは新種のドラゴンを攻撃せよ、と。

「皐月が、飛んだ……。一人で……」

 スーパーラプターBlock13が皐月の上を飛び去って、ゴーストラプターに向かう。

 否、瑞穂の乗る機体はもはや皐月ではない。あのスーパーラプターBlock13こそが皐月なのだ。

 皐月はついに翼を得て、一人で空を飛んでいた。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?