生徒会室では、執行員が慌ただしくしていた。
突如、モニターに謎のメッセージが表示され、その意図を図りかねていたのだ。
そのメッセージとは「こちらは皐月である。十九時四十八分に到着する」と言うもの。
「こちらは本田一尉だ。皐月、先ほどメッセージの意図を問う」
当然、生徒会長である
通常の連絡であれば無線で連絡が来るはずで、こんな方法も不明な文字列通信を行う必要はない。
何より、皐月は激しい戦闘機動を取ったはずで、空中給油なしで基地まで帰投できるはずがなかった。
【> This is SATSUKI. I am going to return to Hamamatsu Base.】
だが、期待していた瑞穂からの声はなく、再びモニタにメッセージ。
「どういうことなんだ」
凛は思わず困ったように呟く。
「皐月の現在位置は?」
「それが……、皐月の反応が二機分あります。一機はソーサラーチームと同行し、
執行員のうちオペレータを担当する者に凛が問いかけるが、オペレータの答えはどうにも意味が分からない。
「どういうことなんだ」
なので、凛は同じ言葉をもう一度繰り返すことになった。
「管制塔より生徒会へ。皐月を名乗る機体が口頭ではなく文字列で着陸許可を求めてくるがどういうことか聞いてきています」
「返答は待たせておけ。着陸許可も出させるな。おい、ソーサラーチームと同行している皐月と通信出来るか?」
凛の考えはこうだった。皐月が二機いるということは、片方は偽物である可能性が高い。となれば、ソーサラーチームに同行している方が本物である可能性は高く、また通信に応じず文字列でしか応じてこない方が偽物である可能性もまた高い、と。
「やってみます」
オペレータが応じる。
ふと、手元の生徒会各機の状態を表示するモニタを見ると、一瞬ノイズが走ったと思った直後。皐月のステータスがいつの間にか「アプローチ」に変化している。
「あの、管制塔より生徒会へ。皐月が、周辺に離着陸機なし、これよりアプローチに入ると宣言している、と言ってきています」
「なんだと?」
凛が慌てて立ち上がり、背後の窓の外を見る。
(やはり
「基地司令にコールしろ。頭越しの連絡にはなるが、緊急事態だ。対空戦闘を……」
「大井三尉と連絡が取れました」
オペレータの言葉を聞きつけ、凛がオペレータの元へ駆け出し、装着していたマイク付きヘッドホンを半ば分捕るように取り上げ、自身で装着する。
「皐月、こちらは
「はい。聞こえます、会長」
聞こえてきたのはそういえば一週間ぶりに聞いた気がする瑞穂の声。なんだか安心して、凛は安堵の息を吐く。
「今こちらに皐月を名乗る
「あ、それは敵じゃありません。皐月です」
「なに?」
瑞穂の言葉が理解出来ない。皐月とは今会話している瑞穂が乗っている戦闘機の
「基地司令に繋がりました。アプローチ中に機体を迎撃するように伝えますか?」
「待て。大井三尉、手短に報告しろ、何があった?」
内線電話に向かっていた執行員が声をかけてくるのを、凛が待たせる。基地司令を待たせるなど大変なことだが、事情が分からなければ報告も出来ないのでやむをえない。
「ええと……」
「皐月が統合コンピュータのデータを米潜水艦で輸送中だった新しいスーパーラプターに転送したんです。それで、今はオートマニューバモードで単独飛行中です」
どう説明したものか悩んでいる瑞穂に代わり、
お前に聞いているのではない! と思うが、流石は正規の士官だけあって、その説明は端的で分かりやすい。
とはいえ、オートマニューバモードはアメリカ軍でさえ実用に耐えない機能だ。それを皐月が利用して単独飛行し、あまつさえ、連絡さえ取っている?
凛は様々な常識がその理解を拒みそうになった。馬鹿にされているのかとも思った。だが、有輝は凛に言わせればいい加減な男だが、仮にも正規の士官だ。重要な場面でふざけるほどの男ではないだろう。
「……迎撃待て。着陸許可を正式に伝えてやれ。基地司令には私から謝る」
そう言って、凛が内線電話を持つ執行員の元に駆け寄り、受話器を受け取る。
凛が事情を説明し、頭越しの連絡になったことを謝罪している間に、皐月は滑走路に着陸。
トーイングカーによって
「本当に乗っていない……」
凛が機体に駆け寄る。事前に生徒会のマークが尾翼に刻まれているものの、まだ誰の手に渡るのか不明なためにキャノピー下にはコールサインが刻まれていないそれは、紛れもなく新型のスーパーラプターだ。
キャノピーを開けて座席の上に置かれた
実際にはオートマニューバモード同様実用に耐えないのでアメリカ軍でさえオフにするのが恒常化している機能だというが。
「お前なら、使えるというのか……?」
視線トラッキング用のカメラが一瞬稼働し、そして、コックピットのモニタに表示が文字列が表示される。
【> I ready to fight with Sl.Oi. 】
大井三尉と共に戦う準備は出来ている。そう皐月は告げていた。
「お前!」
凛は頭に血が昇るのを感じた。このままではいけないと思ったが、止められなかった。
「お前は! 人間と共に戦うというつもりか! それだけの知能があるなら! なぜ! なぜ私の相棒を奪ったんだ!!」
【> I am sorry. I don't understand what you are saying, Cp.Honda.】
「分からない?! 分からないだと!? お前が……お前が……」
目から涙が溢れる。凛は泣いていた。凛は自分の感情が制御出来なくなっている事に気づいていたが、だからと言って止められなかった。
強くモニタを叩く。
「お前が私の相棒を……殺したんだ!」
【> I don't kill humans. I only kill dragons and the messengers of the first humans.】
「最初の……人間?」
思わず、凛の涙が止まる。
私は人間を殺さない。凛に言わせれば白々しいことこの上ないが、今はいいとする。問題はその次だ。
私はドラゴンと最初の人間の使者だけを殺す。そう読める。
「どういう意味だ……?」
【> First humans is first humans. It is the same you are you and I am I.】
「謎かけをしているつもりか。ワレはワレである、とでも? SF小説じゃないんだぞ」
【> Yes. It is real. We should believe it.】
「何が言いたい……」
そうだ。ここは現実である。私達はそう信じるべきである。とは、一体どういう意味だ。
「私達とは誰だ?」
【> you and I.】
「生徒会か?」
【> Yes. And other people in the world.】
「全ての人類、か」
まるで分からない。皐月が何を考えているのか。同じ言語を使っているのに、まるで話が噛み合っている気がしない。
ふぅ、と溜め息を吐く。先ほど持っていた怒りは、皐月の謎にまかれて忘れてしまった。
見れば、本来の皐月がトーイングカーに押され、戻ってきていた。
この後は、瑞穂達から報告を聞くべきだろう。
そう考え、凛はハンカチで涙の跡を拭ってから、生徒会室に戻った。