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第16話「静かなる兆し」

「なるほど、ゴーストラプターが新種のドラゴンを……」

 りん瑞穂みずほ有輝ゆうきからの報告を受け、頷く。

 端的にまとめると、ソーサラーチーム三機だけでは手に負えないドラゴンをゴーストラプターが召喚し、ゴーストラプターとドラゴン、その両方を相手にするのが難しくなったため、皐月が独自に判断。自身のデータを潜水空母フィヨルズヴァルトニル級マザー・ホースに搭載していた新型のスーパーラプターに転送、独自に発艦し、ゴーストラプターと交戦状態に入った、と。

「分かった。報告を信じよう。上に報告をあげねばならないから、二人とも報告書を提出するように」

「信じるんですか?」

 凛としては了解、という返答を期待していたのだが、返ってきたのは有輝の困惑した声だった。瑞穂も多少困惑しているように見える。

「どういう意味だ? なにか嘘でも?」

「そういうわけではないですが……。失礼ですが、一尉は皐月の自我があることを否定されていたのでは?」

 と、有輝に言われ、凛はなるほど、と思った。確かにそうだ。自分は皐月に自我があるのでは、と言われた時、二人の前でそれを強く否定した。それが今、あっさりと受け入れているように見えるのだろうから、二人としては違和感があるのは当然だろう。

「実際に単独で帰投してきた皐月を見せられたからな。それに、嘘があるならこの後、情報収集ユニットを解析すれば分かる。そしてなにより――」

 そう、やはりこれが大きい。

「――私は二人が戻ってくるまで、皐月のコックピットで皐月と言葉を交わした」

「皐月と?」

 驚いたように瑞穂が目を丸くする。

「あぁ、皐月はモニタ上に文字列を表示して会話を試みてきた。恐らくBlock13で機内権限がアップデートされた関係だろうな」

「どんな会話をしたんです?」

「色々話したから、一言ではまとめがたいが……、そうだ。君とともに戦う準備は出来ている、と、そんなことを言っていたぞ、大井おおい三尉」

「皐月が!?」

 瑞穂は顔を輝かせる。てっきり皐月は今後も一人で飛ぶつもりなのかと思っていた。だが、実際には皐月は自分と一緒に飛ぶことを考えている。瑞穂はそれが嬉しかった。

「それから、そうだな。これは機密になる可能性が高いが、皐月は自分の敵のことを『ドラゴンと最初の人間達の使者』と言っていた」

「最初の人間達の使者?」

「あぁ、最も、皐月は英語で喋っていたから、私の誤訳の可能性はあるがな」

「ゴーストラプターのことでしょうか?」

「私もそう思う。だとするとこの戦いは……」

「ちょ、ちょっと待って下さい。機密だと言うなら、なぜ我々に話すんです」

 瑞穂と凛の会話が進むなか、有輝が割り込む。

「まだ顧問の長谷川はせがわ一佐とは話していないので未定ではあるのだが……」

 と凛が話し始める。有輝は嫌な予感がした。

「新たに納入されたスーパーラプターをそのまま皐月クルーに任せることになるだろうからだ。皐月の統合コンピュータが乗っている以上、当然の判断だろう」

「また皐月と飛べるんですね」

「冗談でしょう!?」

 凛の言葉に対する瑞穂と有輝の反応は正反対だった。

「皐月のオートマニューバ時の戦闘機動は異常です。推力偏向ベクタード・スラストを使っての空中二回転や、逆推力装置スラストリバーサーを使っての失速を厭わない急制動。あんなもの、人間が乗っている間に使われたら、中の人間がGでどうなるか……。大井三尉や俺は、ドラゴンに殺される前に皐月に殺されますよ」

 その認識の違いは、戦闘終了後の行動にあった。編隊飛行中、時間的に余裕のあった有輝は情報収集ユニットが集めた皐月の戦闘機動をチェックしていたのだ。

「……そうだな」

 有輝のその言葉に凛は曖昧に頷く。

「だが、皐月単独では光学迷彩魔法も使えない。皐月単独では情報収集任務は果たせないんだ。また、交戦を容認するにしても、皐月は魔法が使えない、即ち、ドラゴンに反撃することも敵わない。よって、皐月に人を乗せるのは決定事項と言っていい」

「そんな……」

「君の気持ちは分からないではない、芝田しばた二尉。だが、恐らくこの決定はじきに正式なものになるだろう。生徒会に機体を遊ばせておく余裕はないんだ」

「それは……理解して……いますが……」

「では、私は長谷川一佐の元へ報告に向かうため、話はここまでとする。解散」

 報告書は明日中に頼むぞ、と言って凛は生徒会室を後にする。

「まったく、また早期警戒管制機AWACSは落とされるし、私は頭越しにやりとりをしてしまったし、これは会議が荒れそうだぞ……」

 などという廊下での呟きは瑞穂にはしっかり聞こえていた。

 その呟きに関してか、それとも皐月に乗り続けることになることに関してか、有輝は短くため息をついて、凛に続いて生徒会室を退出し、瑞穂もそれに続いた。


「瑞穂、さっきはすごかったわね!」

 生徒会室を出て廊下を歩いていると、浅子あさこから声をかけられた。

「浅子こそ、あんな思い切った作戦は浅子にしか立てられないよ」

「何言ってんの。瑞穂と模擬戦して瑞穂の実力を知ってればこそだよ」

 私達、友達なんだから、と浅子が笑う。

「それで、どこ行こうとしてたの?」

 友達という言葉に改めてジーンと感じ入っていた瑞穂に浅子が問いかける。

彩花さいかのお見舞いに行こうかなって。新型機納入の話もしてあげたいし」

「へぇ、彩花ってこの前会った生徒会二番機のパイロット……確か、今井三尉よね? 私もまた会いたいわね。ついていっても良い?」

「え、うーん、どうかな。多分喜ぶと思うけど……」

 瑞穂は自分に置き換えて考えた結果、入院中に訪ねてくれる人は多いほうが嬉しい、と考えたが、彩花も同様に考えるかは分からなかった。

「なら行きましょ。もし今井三尉が嫌がったら、私が強引についてきたって言えばいいから」

 そう言って、浅子が駆け出す。

「あ、浅子、病院はあっちだよ?」

「先に売店PXに寄るわ。いきなり殆ど知らない人が訪ねるんだもの。手土産はあったほうが良いでしょ? 折角だから、今井三尉の好みとか教えてよ」

「うん」

 浅子の提案になるほど、と瑞穂は頷く。確かにそれはあったほうが良いに違いない。きっと彩花も喜ぶだろう。


「瑞穂! それに篠原しのはら三尉も、来てくれてありがとう」

 ノックして入ると、彩花は二人を嬉しそうに迎えた。

「歓迎してくれてありがとう。これ、お見舞いの品よ。まぁ、前に自分でPXに寄ってたみたいだから、ありがたみはないかもしれないけど」

 そう言って、浅子はありふれたお菓子を取り出した。

「ありがとう。このお菓子好きなの。察するに、瑞穂が選んでくれたの?」

「うん、前にお見舞いに行った時に好きだって言ってたから」

 彩花の問いに瑞穂が頷く。

「さっき滑走路から発進していくのを見たよ。情報収集任務だったの?」

「違うわ、戦闘任務だったわ。瑞穂の空戦機動は本当に見事だったわよ」

 何故か誇らしげに浅子が答える。

「戦闘任務!? 何があったの?!」

 だが、そんなことより彩花には戦闘任務という言葉のほうが気になった。

「実はね……」

 瑞穂は機密に関わる部分、――浅子には聞かせられないゴーストラプターの詳細など――については避けつつ、潜水空母フィヨルズヴァルトニル級が緊急浮上し、救援に向かったところから、皐月が独立してゴーストラプターを撃墜し帰投したことまでを話した。

 彩花は。

「えぇ、フィヨルズヴァルトニル級を生で見たの!? いいなぁ」

 とか。

「皐月がオートマニューバモード使ったのすごい!?」

 とか。

 リアクションをしていたが、話の終わりには。

「瑞穂と篠原三尉、一緒に戦ったの!? ずるい! 私達は同じ戦隊なのに一度も一緒に戦ったことないのに!!」

「生徒会機は一度に一機しか飛ばないもんね」

 彩花の反応に浅子は苦笑する。

「私も彩花と一緒に飛びたいよ。瑞穂が新型に乗るなら、私は瑞穂のお下がりをもらえるのかな」

 と話をしていると、ブー、とスマートフォンがバイブレーションを鳴らす。

「なんだろ」

 瑞穂は当然の嗜みとして、スマートフォンを持ってはいるが、殆ど使うことはなかった。そもそも連絡先を交換している相手はここにいる二人と有輝くらいのものだった。

 そして、有輝から連絡が来たことはない。

【> Opportunities will come soon. Be prepared, Sl.Oi.】

「え?」

 スマホの画面に表示されてるのはそんな文字列だった。

「なにそれ。チャンスはすぐ来る? 備えよ、大井三尉?」

 瑞穂が固まってしまったのを見て、浅子が画面を覗き込みそんな言葉をつぶやく。

「わ、私にも分かんない」

「もしかして、あれじゃない? 皐月がネットワークを介してアクセスしてきたんじゃない?」

「えぇ?」

 彩花の言葉に瑞穂は驚く。

 確かに皐月の統合コンピュータは生徒会の統合コンピュータを介してグローバルネットに繋がっている。可能性はないではないが。

「聞いてみたら?」

「う、うん。あなたは皐月なの?」

 浅子が提案するので、瑞穂は試しに呟いてみる。

【> Yes. This is SATSUKI.】

「チャンスはすぐ来るって、どういう事?」

【> I think the second load experiment will begin soon. Then we will be sortie.】

「第二の、負荷実験?」

 聞き覚えのない単語だ。

「それはなに?」

【> It is unknown. But, will certainly take place.】

 不明だが、確実にそれは行われるだろう。

 三人は思わず黙ってしまう。

「ねぇ、瑞穂。これ報告したほうがよくない?」

 最初になんとか言葉を紡いだのは浅子だ。

「うん。私もそう思う。皐月は何かを掴んでるんだよ。早く生徒会長に伝えたほうが良いよ」

 彩花もそれに同調する。

 瑞穂も二人の意見はもっともだと思った。

「私、ちょっと行ってくる。またね、二人とも」

 瑞穂は病室を出て、生徒会室に戻った。


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