翌日、皐月には早速の任務が与えられた。
通例なら一週間に一度だけ出撃するだけのはずが、連日である。まして激しい戦闘の翌日なので、二人共疲れが抜けきっているとは言えなかったが、だからといって与えられた仕事をサボれるはずもない。
今回の任務はシンプルな演習であった。
目的は即ち、
もし、この作戦で皐月が瑞穂の手を大きく離れ暴走してしまうようであれば、皐月に人間を乗せるのは諦めることになる。最悪の場合は皐月のコンピュータは初期化されることになるだろう。
皐月の言う「第二の負荷実験」とやらは詳細が不明な以上なんともいえない、というのが上の判断だったが、これがドラゴンないしゴーストラプターによる新たな攻撃作戦を指していると仮定した場合、皐月を再び空に上げるのは必要な要件であると言えた。地上に置いたまま離陸許可も出せずでは抵抗できず破壊される危険もある。
「頼むぞ、暴れるなよ、皐月。もし暴れたらお前だって初期化されるかもしれないんだぞ、それは嫌だろ?」
後席で
【> NP. I can protect myself.】
「自分の身は自分で守れる、だって? 違う違う、そうじゃない。俺達にちゃんと帰順して欲しいんだ」
皐月は利口に返事をしたが、それは有輝からするとより不安になる一言で、有輝は慌てる。
そのやり取りに、瑞穂は思わず吹き出しそうになった。
「大丈夫、皐月はちゃんと分かってるよ」
「本当かねぇ」
やり取りをしている間に機体の各種チェックが終わり、誘導路も終わりに近づいている。
管制塔から離陸許可。
滑走路に侵入し、スロットルを全開。一気に皐月が上空へ飛び上がっていく。
「結局、第二の負荷実験ってなんなのかな」
瑞穂が呟く。
「分からん。そういうのは上が考えてくれるだろう。確かなのは、なんらかの攻撃の予兆の可能性があり、この任務もその延長線上にある、ってことだな」
「そうだね。早く皐月パイロットとして頑張らないと」
有輝の言葉に瑞穂が頷く。
太平洋上、
「こちら、
「こちら、皐月。
「
有輝がそう言うと、瑞穂がボタンを押すより早く、皐月がマスターアームをオン。即ち、仮想上の武装の安全装置を解除した。
瑞穂が赤いボタンに視線をやった瞬間の早業であった。
「これが視線トラッキングによる先行入力か」
と有輝は感心するが、あまりに早過ぎはしないだろうか、これは暴走? まだ安全? 有輝の頭の中ではくるくると二つの言葉が舞い踊っていた。
「ワイバーンタイプ。このままだと二十秒後に交差する」
「
素早くロックオンし、仮想
「ロックオンがいつもより早かった気がする。皐月がミサイルのシーカーを直接制御してロックしたのか? っと、ワイバーンタイプ、進路を変更し、引き続きこちらに追尾」
だが、そのワイバーンタイプ――実際にはタイプ
瑞穂が操縦桿を強く握り、精神を集中する。
「
お馴染みの詠唱。ミサイルが砕け、無数の石片となって周囲のワイバーンタイプ2を飲み込む。
「ワイバーンタイプの反応、レーダー上から消失」
報告しながらふと、有輝は思った。
魔法とは何なのだろうか? 魔法は脳に埋め込まれた魔法因子チップを介して外部魔法発動体に接続し、活動する現実改竄能力である、とされている。現実を直接書き換えるから、突如として岩や氷が出現することもあるし、対象を燃やすことも出来る。ゴーストラプターに至ってはエンジンを修復してさえ見せた。
それはいい。いや、全然良くないが、それ以上の説明が出来ないのが現状だと言うなら仕方ないだろう
だが、気になるのはそれがシミュレータ上で再現出来る、ということである。実際に魔法を発動させず、仮想空間上でだけ魔法を再現するということも出来ている。
つまり、シミュレータは魔法因子チップから出力される魔法の諸元情報を理解する能力を持っていることになる。
で、あれば。その情報をコピーしておき、使いたい時に魔法発動体に流し込むようにすれば、コンピュータでも魔法を使えるようになるのではないか、有輝はそんな事を考えた。
そうすると、皐月はついに単独飛行が可能になってしまい、そうなれば自分はお役御免に。
「なっていいか。皐月も生徒会もコンピュータがやればいい」
「なにって? 報告は明瞭にして」
つい口に出て呟いてしまったせいで、戦闘に集中している瑞穂に怒られる。
「すまん、独り言だ。現状、レーダーに感なし……。いや、捕まえた。大きいぞ、ドレイクタイプだ。数は二」
「少ない、まだ本命がいるはず」
「俺もそう思う。なんだかやけに捕まえにくくないか?」
【> I think the upper management must have been alerted to the dragon’s next evolution and planned exercise for it.】
「上層部がドラゴンの進化を想定したプランを立てている、だと」
有輝が皐月の言葉に対して疑問を呈する。とはいえ、たしかにドラゴンは次々にこちらの色んなものに対処するタイプを投入してきた。今、瑞穂に対してブレスを放ってきているドレイクタイプなどはその最たるものだろう。
最初期のドレイクタイプ
今や主力となっているドレイクタイプ
「それで、その進化って?」
皐月の答えはこうだった。
1.ステルス性の向上。バリアをステルス性能を高める形に変化させ、レーダーに対処してくるものと思われる。
2.よりハイマニューバなタイプのドラゴンが低空飛行で侵入してくるものと思われる。
3.こちらのレーダーの理屈を採用した、超音波探知式のドラゴンが現れると思われる。
「それはお前の考えか? それとも上層部の考えか?」
【> It is mine.】
私の考えである。
「
「分かってる。皐月を信じ、パルス・ドップラーレーダーの低空走査モードと光学走査に注力してみる。ドレイクタイプ3との戦闘は任せた」
「
皐月がぶら下げている情報収集ユニットには高高度から、自機の下方にある戦場を把握する為のレーダーシステムが備わっている。そもそも超高高度から戦闘機とドラゴンの戦闘情報を収集するために作られているのだから当然と言える。
自機の下方にレーダーを飛ばして敵機を見つける、と表現すれば、さも簡単な様に聞こえるが、これは意外に困難である。
というのも、低空を飛ぶ飛行物体の先には地面がある。こうなると、返ってきたレーダー波が飛行物体から返ってきたのか、地面から返ってきたのか、レーダー側が区別出来ず、レーダーが機能しない場合があるのだ。こうした自機から下方を探知する能力をルックダウン能力と言い、航空機レーダーの性能を示すうえで重要な能力である。
情報収集ユニットに搭載されるレーダーは、そんなルックダウン能力を発揮するためのパルス・ドップラーレーダーの中でも高性能なものであり、通常モードでもルックダウン能力はとても高く、皐月が危惧するような低空侵入のドラゴンも普通なら容易に補足出来る筈だ。
それでも補足できないドラゴンが想定されているというならば、レーダーをより低空を精密に探知するモードに切り替え、加えてレーダーではない探知手段である光学系センサーを動員して低空を徹底的に監視する。これで探知できない目標は無いと言っていいはずだった。
だが、結論から言うとこれは皐月の考えすぎであった。
ドレイクタイプ3を全滅させたタイミングで、演習終了の宣言が成された。
なんだそうだったのか、とレーダーに神経を集中させていた有輝が方の力を抜く。
「演習任務完了。
この演習任務終了を以て、皐月は皐月クルーによって制御可能であると結論付けられた。
結果、皐月はこれまで通り、瑞穂と有輝に預けられることとなり、これまでの旧皐月は、如月、つまり、