それから一週間が過ぎ。
「おめでとう!」
「おめでとう!」
ついに
「あ、ありがとう……!」
ささやかながら
場所は瑞穂の部屋だ。なにせ、生徒会に所属する瑞穂は一人部屋が与えられているためだ。彩花の部屋も同じ条件だが、サプライズなので彩花の部屋では開催出来なかった。
「部屋、すごく片付いてるね。パーティの飾り付けと据付の家具以外、ほとんどなにもないじゃない」
わざわざ今日のために片付けたの? と彩花。
「違うんだよ、彩花。瑞穂ったら、部屋このまんまなの。女子高生としては飾り気なさすぎじゃない? 折角の一人部屋なのにさー」
いつの間にか彩花と呼び捨てする仲になっていたらしい浅子が彩花に背後から抱きつきながら呟く。
「ええっ? 瑞穂、なにか趣味とかないの?」
彩花の問いかけに、瑞穂は悩んでしまった。
「……ない、かも」
「ないの!?」
浅子と彩花の声が重なる。
「うん、家が貧乏で、ずっと弟の世話とかしてたから。魔法学校に入ったのも、魔法因子があったから、お金のために入ったようなものだし」
「でも今は給料入ってるでしょ? 何に使ってるの?」
「え? 日用品分以外は全部仕送りしてるけど」
「嘘!?」
瑞穂の口から語られた、衝撃の事実に彩花が驚愕する。
「うら若き高校生がその青春に全くお金を使わず、全部仕送り!? そんなのおかしいよ」
と彩花が瑞穂に迫る。
「あー、でもまぁ、案外いるわねぇ。そういう人」
一方でずっと——と言っても今年の四月からなのでまだ五ヶ月ほどだが——通常部隊に所属していた浅子はちょっとだけ理解出来た。
他の知り合いにもそう言った人は案外いるのだ。
魔法因子との適性は小学校高学年の一斉検査で確認される。
そこで見出されたのを良いことに「お金に困ってることだし、勉強を頑張らせて魔法学校でお金を稼いできてもらおう」という家庭はそれなりに存在するのが現実だった。
「ま、いいじゃんいいじゃん。そんなことより、食べよ食べよ」
机の上には三枚のピザが置かれていた。瑞穂と浅子が外出申請を出して買ってきたものだ。
「どれから切り分ける?」
いつの間にかピザカッターを手にしていた浅子が楽しそうに尋ねる。
「そりゃ、エビマヨでしょ、ピザと言えばエビマヨだよ!」
「お、彩花は好物から食べる派かぁ」
彩花が嬉しそうに答えるのを聞き、ニヤリと、浅子が笑う。
今回のピザのラインナップはいずれも、彩花の好物を選んでいる。「頑張って聞いてきて、これも情報収集任務だよ!」という無茶な理論で浅子にけしかけられた瑞穂により、入院中の彩花から聞き出したものである。
中でも最も好きなのがエビマヨであることは確認済みだ。
「そりゃそうでしょ。さ、早く切り分けて」
待ち切れない、という様子の彩花に浅子が頷いて、ピザが六等分に切り分けられる。
「じゃあ私は、コーラを注ぐね」
そう行って、瑞穂が三人分のコーラをグラスに注ぐ。なお、瑞穂の部屋に複数個のグラスがあるはずもなかったので、これも買ってきたものだ。
「おっ、そうだった。じゃあまずは、彩花の退院を祝って、カンパーイ!」
浅子が音頭をとり、グラスを掲げると、瑞穂と彩花もグラスを掲げ、グラスがぶつかり合い、氷が小気味よい音をたてる。
こうして、本格的にパーティが始まる。
ピザを食べながら、楽しいおしゃべりの時間だ。
「で、さ。女子会といえばやっぱりあれよね、あれ」
「あれ?」
浅子が身を乗り出して切り出す様子に、瑞穂は首を傾げる。
「もちろん、こ・い・バ・ナ」
「あー、恋バナかー」
自信満々に宣言する浅子に彩花がなるほどねー、と頷く。
「と言っても、私達は死神部隊だからなー」
などと自虐で笑うのは彩花だ。生徒会の面々はほぼ例外なく、交友関係が狭い。
「何いってんのー。後席がいるでしょ、後席。
WSOは例外なく正規の士官である。そして自衛隊の男女比は圧倒的に男性が多く、正規の女性自衛官は正規の自衛官全体の十二パーセント程度しかいない。この関係で、WSOにもやはり男性が圧倒的に多く、少なくとも瑞穂と彩花が知る限り、生徒会には過去女性のWSOが所属した例はない。
「うちのWSOは無口だったからなー。それにもういないし」
彩花がカラッとそんな事を言うが、そういえばそうだった、失言した、と浅子の顔が少し青くなる。
「で、さっきから黙ってる瑞穂はどうなの? WSOの
そんな浅子の表情の変化に気付いた彩花は慌てて話題を変える。
「そうだよ。瑞穂、この前芝田二尉と
「あれはデートじゃないよ。ただ、私が凹んでんたのを慰めてくれただけ」
彩花の言葉に乗っかって、浅子が身を乗り出して尋ねてくるのに、瑞穂は軽く受け流す。
「えー、ただの相棒じゃそんなことしないでしょー。瑞穂に気があるんじゃないの?」
「え、えぇー、そうかなぁ?」
瑞穂は思わぬ言葉に顔を赤くして、自分の髪を撫でる。
「ねぇ、瑞穂はどう思っているの? 芝田二尉のこと」
「わ、私? 私はぁ……、その……芝田二尉のこと、頼りになって、親切で……、まるでお兄ちゃんみたいだと、思ってる」
顔を赤くしたまま、瑞穂が答える。
「あー」
二人の声が重なる。
「家族系かー」
「ちょっと恋愛感情とは違うやつかな?」
「哀れ芝田二尉」
「だね……」
二人は勝手に
「でも、私が思うに……」
彩花が口を開く。
「案外、芝田二尉の方も似たような感じなんじゃないかなぁ。瑞穂のことを妹みたいに持ってたりして」
「芝田二尉ならぬ、芝田
「浅子ちゃん、上手いこと言うね」
しかし、そんな会話を瑞穂はあまり聞けていなかった。
(芝田二尉が私に気がある……? そ、そうなのかな……。だ、だとしたら、わ、私、どうしたらいいんだろう……)
瑞穂の心臓は高く鳴っていた。恋愛だなんて考えたこともなかった。だから、誰かが自分に恋愛感情を向けてくるなんて、思いもしなかった。
だが、楽しい時間はそこでおしまいだった。
「緊急招集。緊急招集。ソーサラーチーム、コンジャラーチーム、皐月、卯月。直ちに機体へ搭乗し緊急出撃せよ」
それは彩花以外の全員に対する招集だった。
「どうしたんだろう」
「ごめんね、彩花。行ってくる。ピザ、食べといていいから」
思わず疑問が勝った浅子に対して、瑞穂は直ちにフライトジャケットを羽織り、部屋を飛び出す。
「と、私も行かなきゃ。ごめんね、彩花」
遅れて浅子も飛び出す。
格納庫に到着すると、もう卯月は発進するところだった。
卯月が格納庫を出るのを見送ってから、皐月に向けて駆け出し、前席に座る。もう有輝は後席に座っていた。
「あ、あ、は、はやいね」
「たまたま、生徒会室で
「そ、そうなんだ」
瑞穂はさっきのやり取りを思い出して、まともに有輝の方を見れなかった。
(前席で良かった。わざわざ振り向いて会話することなんてないもんね)
「ウィザードチームとプリーストチームがスクランブル中に新しいドラゴンが敵機発見ラインを越えた。それを受けて、ソーサラーチームとコンジャラーチームに招集がかかったのは知っての通りだ。俺達はソーサラーチームについて情報収集任務につくぞ」
「こ、
瑞穂は発進準備を終え、皐月を発進させる。
「心拍数が高いぞ、ちょっと挙動不審だし、どうかしたか?」
その様子を見ていた有輝が首を傾げる。
「え? ううん? なんでもない。さっきまでパーティだったから、落差に慣れてないだけ」
「パーティ? あぁ、そういえば、
「う、うん。で、でも最近多いよね。以前以上に時間差をつけた攻撃。単純に敵の数も増えてるし」
「あぁ。ハワイの状況が相当やばいらしい。おかげで、ハワイの防空網を抜けてやってきてるドラゴンの数が増えてるって話だ」
誘導路の末端、滑走路へ到達する。既に離陸許可はおりているので、そのまま滑走路に進入。一気にスロットルを押して、加速。
皐月は大空へと飛び立った。
大いなる運命の待ち受ける、分岐の空へ。