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第20話「迫る決断、十秒後の空」

 太平洋上、日本列島近海。絶対防衛線の外側、ブラボーゾーン。

 その上空で海上自衛隊のアルファチームと航空自衛隊のソーサラーチームが、ワイバーンタイプツーと空戦を繰り広げている。

 そんな中、超高速で低空飛行し、ソーサラーチームに迫る新種のワイバーンタイプを皐月の光学系が捉えた。

 瑞穂みずほは戦闘不干渉の規則を破り、戦闘空域の全員に警告を飛ばすが、ワイバーンタイプ2と追って追われのドッグファイトを繰り広げているソーサラーチームにはそちらに対処する余裕がない。

 ソーサラーチームと新種のワイバーンが交差するまで残り十秒。

【> You have control, Sl.Oi.】

 そんな中、皐月が操作権を瑞穂に委ねてくる。まるで、お前が倒せ、と言っているかのように。

「新種ワイバーンの口内で魔法発光。駄目だ、あの戦域を離脱しないと全員撃墜されるぞ」

 あと五秒で交差、と言っている場合ではない。もう次の瞬間にはソーサラーチームもアルファチームも全滅するかもしれない。

 ソーサラーチームには瑞穂の大切な友達である浅子あさこがいる。

 逡巡している時間はもはやない。

 瑞穂がコックピットの赤いボタンを押し、安全装置マスター・アーム解除オン

「なんのつもりだ、三尉!」

 その行動に有輝ゆうきが驚く。

「皐月、交戦エンゲージ

 瑞穂が宣言する。自分でも驚くほど、その声には迷いがなかった。

 光学迷彩魔法を解除し、機首を下げ、新種のワイバーンを正面に捉える。

「皐月、ミサイル発射フォックス・スリー

 ミサイル発射ボタンを押す。中距離空対空レーダー誘導ミサイルアムラームが皐月の腹の弾薬庫ウェポンベイから放たれる。


「くそ、まずいぞ……」

 新種のワイバーンがこちらに急接近して、口を開いて魔法発光を展開しているのはソーサラーリーダーであるあきらにも見えていた。

 だが、自身の背後を取り、ブレスを吐こうとしているワイバーンタイプ2の影がある以上、見え見えの回避機動をとるわけにもいかない。

 どうしてもワイバーンタイプ2の数が多く、常にワイバーンタイプ2に追われながら、他のワイバーンタイプ2を追いかけるような展開になっており、一瞬も気が抜けない。

 この状況では緊急脱出ベイルアウトしてもワイバーンに食われるだろう。

 ワイバーンタイプ2にやられるか、新種のワイバーンのやられるかの二択のような状態。もはや生存の二文字は考えつかなかった。

(みんな、すまん。俺が不甲斐ないばかりに、生還させてやれなくて……)

 そんな言葉をついに脳裏をよぎったその時。

石よ、散らばれストーン・スプレッド

 突如上空から飛んできたミサイルが炸裂し、石を撒き散らして、新種のワイバーンを攻撃した。

 攻撃を受けた新種ワイバーンは攻撃を中断して素早く散開。その石礫を回避する。

「な、なんだ」

 とっさに晃は状況を把握できなかった。

「瑞穂だよ! 瑞穂が助けてくれたんだ!」

 次に聞こえたのは浅子あさこの声。一拍置いてそれが皐月のパイロットの名前だと思い出す。

「なんだと、死神が?」

 それが重大な命令違反であることが分からない晃ではなかった。

 直後、新種のワイバーンをミサイル攻撃するために急降下してきた皐月が機首を上げ、晃機の上を通過していく。

「……」

 晃は何かを言おうとして、何も言えなかった。

 散々死神だなんだのと仲間内で言ってきたが、それが任務であることを晃は当然知っていた。

 本当に自分が願う通りに自分達を助けては処罰されるのは死神の側なのだ、と。

 皐月は空中で旋回し、新種のワイバーンとドッグファイトを始めている。

 自分が不甲斐ないせいで、今、あの皐月のパイロットは処罰されることを覚悟して、戦闘に加わってきた。

 それに対して、自分は何が出来る、と晃は自問する。何も出来ない。何もしてやれない。

 操縦桿を握る腕に力が入り、晃機は不安定に左右に揺れる。

「くそっ!」

 魔法が使えない以上に無力感を感じる時が来るとは思っていなかった。

 直後、自身を追うワイバーンタイプ2が炎に巻かれて落下していく。

 浅子機がその落ちゆくワイバーンタイプ2の間を通過していく。

「ソーサラーツーよりソーサラー・リーダー。皐月が三体に追われていて危なっかしい、援護する許可を」

 見れば、皐月は一体の新種ワイバーンを追いながら、残り三体の新種ワイバーンに追いかけられている状態だった。

 如何に高性能機と言っても、流石に数の不利は簡単には覆せない。

「あ、あぁ、許可する。皐月を援護せよ」

「ソーサラー2、了解コピー。皐月を援護します」

 浅子機が右へバンクし、急上昇。上空を飛ぶ皐月の元へ急行する。

「ソーサラー・リーダーよりソーサラースリーフォーへ。ソーサラー2が抜けた。俺が積極的に攻撃して敵を惹きつけるから、お前達は魔法で援護を」

 晃の言葉に両者から了解の返事が来る。

 皐月のおかげで全員無事だ。このまま全員で生還してみせる。

 晃は自分に課した覚悟を再び新たにして、スロットルを奥に倒した。


「三尉、後方から三体に追われている。振り切ってくれ」

 後ろから有輝が警告してくるが、瑞穂とて何もしていないわけではない。

「やってるよ!」

 前方の新種ワイバーンへの攻撃を中止し、左に旋回。

 だが、新種ワイバーンはこちらに匹敵する速度、旋回半径でそれを追尾してくる。

「こいつら、スーパーラプター並の運動性を持ってるってのか!」

 それを見て、有輝は舌を巻く。

 高いステルス性に高い機動力。まるでスーパーラプターそのものだ。

「後方のワイバーン、口内に魔法発光!」

 放たれるブレスは紫の線。皐月は急旋回で回避。

「ブレスが放射状に広がるタイプじゃないのは救いか」

 とはいえ、振り切れたわけではない。

【> PLSプリーズ turn on auto maneuver mode. 】

 あまりの追いかけられっぱなしに業を煮やしたか、皐月が操作権を渡せと主張してくる。

「絶対に渡すなよ、三尉。この状況でゴーストラプターにしたみたいな機動を取られちゃ、俺達の命が危ない」

 とはいえ、このままではどのみち命は危ない。

 瑞穂はオートマニューバスイッチを押そうとする。

「こちらソーサラー2。皐月、そちらを援護する!」

 その言葉と同時、瑞穂を追うように、ミサイルが接近。

「おい、あのミサイル、こちらをロックしてるぞ!」

 鳴り響くミサイルアラートに恐怖を覚える有輝。

「大丈夫。浅子には考えがあるはず」

 瑞穂は回避を取らず、そのまま直進し続ける。

「おい、勘弁してくれ、俺は死にたくないぞ!」

 と有輝が叫ぶが、スーパーラプターの後席に操縦桿はない。操縦の一切の権利は前席の瑞穂に委ねられている。

 ミサイルが更に皐月に接近。まもなく命中する。

「あぁ、神様仏様、どうか……」

 などと有輝が祈り始めた直後、ミサイルが自壊し、ミサイルの後方へ向けて無数の石礫が飛び散った。

 鋭い散弾が如きその一撃は確実に新種ワイバーン三体に襲いかかり、その命を奪った。

「ナイス、浅子! 石の散弾、使えるようになったんだ」

「えぇ、瑞穂にばかり良い顔させたくなかったからね」

 二人が楽しげにやり取りをする。

(今のワイバーン、なぜ回避しなかったんだ?)

 だが、有輝には疑問が生じた。

 ドラゴンには接近するミサイルを回避する知能がある。瑞穂がミサイルから放った散弾も回避してみせた。

 にも拘らず、今回、新種ワイバーンは浅子の石の散弾とやらを回避する素振りを直前まで見せなかった。

(ロックしてた対象が皐月だったから、か?)

 漠然とそう考える。しかし、だとしたら、ドラゴンはレーダー波の存在を理解して回避していることになる。いや、ステルス性を重視したバリアーを展開するのだから、それは当然と思うかもしれないが、今この時まで、有輝は新種の登場について、低空飛行とバリアーの形状を工夫すれば敵に気付かれにくいと気付いただけかと思っていた。

 だが、そうではない? 今まで出し惜しみをしていただけで、ドラゴンは科学技術に対して強い知見を持っているのではないか、そんな想像が有輝の脳裏を駆け巡っていた。

 残る一体の新種ワイバーンは浅子機を追尾するように動き出したが、皐月が素早く旋回、広範囲に雷を放って動きを封じる。

 同時、浅子機はハイGターン超急旋回。動きを封じた新種ワイバーンに向けて、石の機関砲が放たれ、その全身をずたずたに引き裂いた。

【> MISSON CMPLコンプリート

 皐月が宣言する。見れば、レーダー上には一切の敵の反応が消えていた。

「こちら、生徒会五番機、皐月。撃墜された海上自衛隊機及び護衛艦クルーの生存者を確認。座標を救助チーム及び護衛艦隊旗艦に送った。情報収集任務完了。基地に戻るRTB

 皐月は素早く旋回し、超音速巡航スーパークルーズに移行。浜松基地に向けて飛翔していった。

 彼女の未来が明るいとは思えない。

 けれど、どうか明るくあって欲しい、晃はそう願わずにはいられなかった。


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