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第21話「空を見上げる部屋」

大井おおい三尉と芝田しばた二尉ですね? ご同行願います」

 格納庫に到着し、皐月を降りると、「警務 MP」と書かれた腕章をつけた自衛官が逮捕状を手に待ち受けていた。

「航空警務隊だ。これには逆らえないぞ、大井三尉」

「……分かってるよ」

 警務隊は一般的な軍隊における憲兵にあたる。とはいえ、自衛隊の警務隊には行政警察権は有さないし、軍法もないので、警察同様、独自の裁判権を持たない。

 取り調べの後は検察に送致されることになる。

「ちなみに罪状は? 命令違反しただけで、刑法には反していないと思いますが」

「戦闘機の私的利用は使用窃盗にあたる可能性があります。容疑としては窃盗罪になりますね」

 有輝ゆうきの問いかけに、警務官が答える。

 使用窃盗は他人の物を無断で使用した後、返還する行為を言う。例えば、駐輪場や傘立てに置かれた他人の自転車や傘を勝手に使い、その後、駐輪場や傘立てに戻す場合などだ。

 今回も任務中に戦闘機を私的利用し、その後、元の任務に戻ったわけなので、確かに該当する可能性はある。

「ちょっとこじつけ臭くないですか?」

「こちらも命令で動いてますので、我々に抗議されましても」

 どうやらここで問答するのは意味がないらしい。まぁ元々有輝としても別に自身の監督不行き届きの責任逃れをするつもりはなかったので、素直についていくことにする。

 瑞穂みずほが逆らわないか少し心配だったが、瑞穂も大人しくついていく様子だ。


 情報収集ユニットの情報と照らし合わせながら、それぞれ別々に簡単な取り調べをされた後、検察へ書類送検。

 結論が出るまで、二人は自室謹慎となった。

 食事のために食堂に行くのは許されたが、それ以外は基本的に自室から出ることが許されなかったし、食堂に行くときも警務官がつくという徹底っぷりだ。

 部屋の前に警務官が常に警備しているので、誰かが遊びに来ることも出来ない。

 瑞穂は部屋に帰ってから調べて見ると、書類送検されてから起訴不基礎が決まるまでには二ヶ月なら早い方で、遅いと半年かかるときもあると言う。

 その間、ずっと自室謹慎なのかしら、と瑞穂は疑問に思ったが、答えるものはいない。

 瑞穂はぼーっとベッドに寝そべり、天井を見ながら考えていた。

 私のしたことは間違いだったのだろうか。ソーサラーチームも海上自衛隊の戦隊も見捨ててしまうべきだったのだろうか。

 本当は今すぐにでも凛の見解を聞きたかった。

 凛ならきっと納得の行く答えを聞かせてくれると思ったから。

 恐らく、もう二度と皐月には乗れないのだろうな、と瑞穂は漠然と思った。

 手を持ち上げ、人差し指、中指、薬指を胴体、小指と親指を翼に見立て、視界の中を飛ばして見せる。

 視界の中を飛ぶ手の向こうで、彩花さいか退院祝いパーティの飾り付けが目に入る。

 あんなに頑張って煌びやかに見えた飾り付けも、今ではなんだか虚しく見える。

 嫌なこともたくさんあった。たくさん泣いた。皐月のコックピットの中の記憶を合計すれば、ともすれば泣いていた時間の方が多かったかもしれない。

 けれど、空を飛ぶのは気持ちが良くて、楽しかった。

「もう、飛べないんだろうな」

 そう思うと涙が込み上げてきて、流れるのを止められなかった。

 けれど、ただ一度としても、助けなければよかった、とは思わなかった。


「待ってくれ。書類送検って……なんとかならないのか? そ、そうだ。俺が皐月に支援要請したんだ。皐月は上官からの指示に逆らえず、従っただけなんだ」

 その頃、ソーサラー・リーダーであるあきらは浜松地方警務隊の隊長に掛け合っていた。

 晃と、浜松地方警務隊の隊長は共に二等空佐である。階級が一緒であり、共に酒を飲んだこともある仲であるが、当然それが判断に考慮されることはない。

「情報収集ユニットにそのような記録はありませんでしたし、生徒会の指揮系統は独立していますから、大井三尉と芝田二尉があなたの指示に従う理由はありません」

 なので、隊長の言葉は晃にとっては非情なものに終わる。

「それはきっと何かのエラーだ。それに、大井三尉はまだ子供だ。指揮系統の勘違いだって……」

「百歩譲ってそうだったとして、芝田二尉が止めたでしょう。それに逆らって大井三尉がフライトプランを逸脱し、戦闘行為を行ったのなら、やはり命令違反を自覚的に行なったと判断せざるを得ません」

 なお食い下がる晃に隊長の立場は揺るぎない。

「あんたは!! 子供を戦わせて心が痛まないのか!? 大井三尉はまだほんの子どもだぞ! それが、友達や戦友を見捨てる判断をさせて、そうしなかったら、刑事罰に処するってのか!?」

 晃はさらに食い下がる。

「それは感情論です。本件の判断を覆すには至りません」

「ぐうう」

 それはその通りだった。自衛隊がもし感情論で動くようであれば、今、晃も自衛隊になどいないだろう。

 組織の運用に感情は不要であった。それは晃自身が重々承知のことだ。

 けれど、晃はどうにかしたかった。

 なおも食い下がる晃に対し、諭すように隊長が言う。

松本まつもと二佐、お気持ちは重々承知しております。ですが、本件を覆すのは、本官でも無理です。ここはどうか諦めて下さい」

「諦め切れるか! こっちは命を救われてるんだ」

 隊長はもう何も言わなかった。

 晃もこれ以上出てくる言葉はなかった。

「次がありますので、ご退室ください、松本二佐」

 たっぷり十秒の沈黙の後、隊長が言った。晃は何も言えず、ただその場を後にした。


「私は反対です!」

 さらにその頃、別の場所で大きな声が上がっていた。

 生徒会室で、全ての執行役員がその大きな声の主に視線を注いだ。

「気持ちは分からないでもないがね、本田ほんだ一尉」

 その声の主、りんを宥めるように語りかけるのは生徒会の顧問、長谷川はせがわ 翔太しょうた一等空佐だ。

「皐月は危険です。大井三尉も情報収集ユニットのログを見ると、皐月に唆された節がある。そこに新しいパイロットを乗せるだなんて。しかも——」

 一瞬言葉を切る。

「しかも、それが、篠原しのはら 浅子あさこ三等空尉だなんて……」

「だが、彼女には実力がある。これまで引き抜く準備をずっと続けてきて、ようやく身を結んだんだ。君もそれは知っているだろう?」

「それは……承知しておりますが……」

 浅子はソーサラーチームの二番機パイロットだ。

 つまり、今回瑞穂が形の上では救ったパイロットでもある。

「救ってもらったパイロットが救ってくれた人間のパイロットを結果として奪う、だなんて……」

「本田一尉、気持ちはよく分かる。だがこれは決定事項だ。今の生徒会に機体を遊ばせておく余裕はない。明日より、篠原三尉の機体完熟訓練を始めさせるように」

 そう言い残して、翔太は生徒会室を去っていく。

「遊ばせていく余裕がないというなら……大井三尉を釈放する方向で尽力してくれればいいものを……」

 実際には浅子を皐月の後釜にするために尽力するとは。我が上官ながら認め難い、と凛は漏らす。

 凛はチラリ、と窓越しに格納庫を見る。

 その視線の先にあるのは【SATSUKI】とキャノピー下に刻まれた一機のスーパーラプターが鎮座していた。

「死神め、私から何もかも奪っていくつもりなのか……」

 誰にも聞こえない声で、凛はそう呟いた。


【> Warning! the second load experiment is in progress! 】

 警告、第二の負荷実験が進行中です。

 ただ、その表示が皐月の機内で点滅していた。

 その皐月の叫びは誰にも届くことなく消えていく。


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