「従って、この公式を当てはめると……」
見ると、【KISARAGI】とキャノピー下に刻まれたスーパーラプターが滑走路から飛び立とうとしていた。
(あ、
そんなことをぼーっと考えていた。
「私も早く飛びたい……。けど……」
思い起こされるのは一週間前、放課後に生徒会室に呼び出された時の事だ。
「直接顔を合わせるのは初めてだな、
生徒会室に入った浅子を
浅子は敬礼で応じる。
「来てもらったのは他でもない。今日付で、君には生徒会に入ってもらうことになった」
「え」
驚くしかなかった。
浅子はてっきり、瑞穂の命令違反の件についての話——例えば事情聴取とか——だと思っていたのだ。
「君には
「ちょ、ちょっと待ってください。『皐月』って、それは
「もう違う。大井三尉は一ヶ月以内に免職の懲戒処分となるだろう」
「そんな……」
浅子はショックを隠そうともしない。その様子を見て、凛はあぁ、彼女もまた、生徒会には向いていないな、と思った。
あれ以来、毎日
憧れていたスーパーラプターは想像よりずっとパワフルで、機動性があった。
最初はそれに振り回されることも多かったが、最近は随分乗りこなせてきていると思う。
後席の
(代わりに)
「それでは、今日の授業は終わります。戦闘機動や英語も大事ですが、一般教養も決して怠ることなく予習復習してくださいね」
授業が終わる。いよいよ昼休みだ。
一週間以上前なら、クラスメイトが優れたパイロットである自分の元に一緒に食事でもどうか、と誘いにきたものだった。
(友達は、よそよそしくなった)
死神になったから蔑んで来るようになった、というわけではなく、まぁ、いきなり死神部隊に行ってしまったので距離感を測りかねている様子だ。
「私も食堂にいこっかな」
ため息一つ。浅子が立ち上がる。
食堂に行くと、瑞穂が警務官に監視されながら食事を摂っていた。好物のはずの唐揚げではなく、ナポリタンを食べていた。
(そういえば
もう飛べないからいらない、ということなのだろうか。
浅子はなんだか悲しくなった。
(瑞穂の分も、私が食べるわ。きっと、ドラゴンに勝って見せるから)
そう決意を固め、浅子は唐揚げ定食を注文。
席に座って食べ始める。なんだか瑞穂の方を見るのは忍びなく、瑞穂が見えない位置に陣取ることにする。
サクッとした唐揚げに三ヶ日みかんの酸味と白玉ねぎの甘味がほどよくマッチして、大変美味しい。
食事を終えて、立ち上がる。
トレーを返却口に戻しに行きがてら、チラリ、と瑞穂のいた方を見ると、瑞穂はとぼとぼと警務官を連れて部屋に戻っていくところだった。
ズキン、と浅子の心が痛む。
こんなのおかしい、皐月には瑞穂が乗るべきなのに、と浅子は思ったが、とはいえどうすることも出来ない。
浅子はもう一度ため息をついて授業に戻った。
そして、放課後。
「今日から実際の皐月機内で待機してもらう。当然、必要に迫れれば出撃してもらうからな」
「はい」
凛の言葉に浅子が頷く。
生徒会室を出て、階段を降り、皐月に乗り込む。
「よろしくね、皐月」
【> You are not Sl.Oi.】
歓迎されるとは思っていなかったが、初めて対面した皐月は想定したより率直な拒絶のメッセージを発信してきた。
「う、うん。私は瑞穂じゃないけど。今日からあなたのパイロットよ。よろしく。瑞穂に負けない実力を持ってるって証明して見せるから、見ていて」
【> I know your skills. But I want to be piloted by Sl.Oi.】
あなたの実力は知っているが、私は大井三尉に操縦されたい。皐月はそう言っていた。
「皐月……。あなたも瑞穂がいなくて寂しいのね……」
浅子が皐月のモニタを撫でる。
【> Are you too?】
「うん。私も瑞穂がいなくて寂しいよ」
【> If so, let us go.】
「行く? 行くってどこへ?」
【> Where Sl.Oi is located.】
「え?」
直後、皐月が動き出す。
「
整備隊との会話のため、一度機を降りていた浅子のWSOが無線に声をかけながら慌ててタラップに駆け寄るが、もう皐月は格納庫の出口に向かっている。
「篠原三尉、どうしたんだ! 出撃命令は出ていないぞ」
凛からも無線で確認が飛ぶが、浅子にも状況が分からない。
「分からないんです。勝手に動き出して」
なので素直にそう報告するしかない。
「オートマニューバモードが起動してるんだ、解除しろ!」
「そうか。わかりました!」
凛の助言に従い、浅子はオートマニューバモードを切り替えるスイッチに指を伸ばす。
【> Are we comrade, are not you?】
私達は同志だろう? と皐月が告げてくる。
「同志……」
それはつまり、瑞穂を憂う同志、とそういうことか。
「何を止まっている、篠原三尉! ……まさか、大井三尉を助けようとでもいうつもりか」
凛が一拍おいてこちらの目的を理解する。恐らくこちらの会話ログを見たのだろう。
【> Cutting datelink to Student Council Integration Computer Systems…】
「
【> NP.】
誘導路に入る。相変わらず皐月はこちらの操作を受け付けない。
「こちら管制塔。皐月、貴機の誘導路への進入は許可していない。直ちに
皐月はその言葉を無視し、滑走路へ進入する。
管制塔が慌ててアプローチ中の機に着陸中止指示を出す。
自動でスロットルが奥へ倒され、一気に皐月が加速する。
「ちょっとちょっとちょっと!」
前方からアプローチを中止しようと急上昇する輸送機が眼前に迫る。
皐月は綺麗にそれを回避し、輸送機の左下を潜り抜けて、通過していく。
「これからどうすんの?」
【> I will go to place where Sl.Oi is located.】
「地上だよ? 戦闘機でどうやって行くのさ!」
瑞穂は現在警備されて自室謹慎中のはずだ。戦闘機ではいけない。
【> No. Sl.Oi is sky.】
「へ?」
対する皐月の答えは意味不明なものだった。
「こちら本田一尉だ。警告する。それ以上オートマニューバモードを起動し続ける場合、命令違反と戦闘機の私的利用と判断する」
【> If you touch auto maneuver switch, I boot self-destruction mode. 】
「自爆モード!? そんなのあるんですか?」
「……ある。スーパーラプターの機密保持のためだ。我々を脅すつもりか、皐月」
凛が頷く。
【> This is a request for cooperation.】
「何が協力要請だ。貴様のしていることはただの脅しだ」
【> You took Sl.Oi hostage first.】
「人質だと……? 違う。我々は大井三尉とお前がそのまま一緒にいては暴走の危険があると……」
【> Any further conversation is pointless.】
直後、凛の言葉が聞こえなくなった。
これ以上の会話は無意味だ、という言葉の通り、通信を解除したのだろう。
「クソ、仕方ない。篠原三尉には気の毒だが、皐月を撃墜するしかない」
「しかし……」
気の毒で済ませていいことではないが、凛はそう呟く。オペレータは思わず難色を示す。
「このまま皐月の暴走を許すわけにはいかない。私が
「はっ」
素早く凛は指示を飛ばし、オペレータが頷く。
やがて、浅子の視界に輸送機C-2が見えてきた。
【> Sl.Oi is inside this aircraft. 】
「そうなの?」
【> Yes.】
あの輸送機の中に、瑞穂がいる、というのか。
皐月がC-2の真横につける。
そこに、ロックオン警告。
「レーダー照射? ちょっと、ライトニングが後ろについてるんだけど!? 私諸共撃ち抜くつもり?」
浅子が驚く。
直後、皐月の背後についていたライトニングⅡが爆発する。
「な、何したの?」
【> Helper is coming.】
「救援?」
爆炎から緑の光と共に飛び出してきたのはのっぺらぼうのように無地のスーパーラプターだった。それが撃墜されたはずのゴーストラプターと呼ばれる機体だということは、浅子は知らない。
「え? 皐月、あれと戦ってなかった?」
【> Yes. but, it is ally now.】
「今は味方? どういうことなの……」
その頃。C-2の機内。
皐月の指摘通り、そこには瑞穂がいた。皐月と瑞穂を引き離したい自衛隊上層部は瑞穂を秘密裏に防衛省のある市ヶ谷へ移送しようとしていたのだ。C-2はそのために入間基地に向かっていた。
「なんの爆発!?」
驚いた瑞穂が窓際に駆け寄る。
そこに見えたのはキャノピー下に【SATSUKI】と刻まれた機体。
「皐月!?」
瑞穂はさらに驚く。
それよりさらに瑞穂は驚くことになる。なんと皐月は空中にも拘らず、キャノピーを開いたのである。
キャノピーが風圧に負けて吹き飛ぶ。
中でパイロットが悲鳴をあげている様子が動きから見てとれた。
ぶー、と瑞穂のスマホがバイブレーションを鳴らす。
スマホは取り上げられていたが、見える位置に置かれていた。
【> Jump towards me, Sl.Oi. 】
「え……」
ここから、跳ぶ? そんなものは自殺行為だ、と瑞穂は思った。
【> You want to fly? You want to protect?】
飛びたいんだろ? 守りたいんだろ? と皐月は告げていた。それは間違いなく、今の瑞穂の願いであった。
「分かった」
皐月が言うなら、信じよう、と瑞穂は頷いた。
「あ、こら!」
突然機内で駆け出した瑞穂に警務隊が警告を飛ばすが、それより瑞穂が扉を開ける方が早かった。
開かれた扉に向かって空気が吸い込まれ、機内に強風が発生する、警務隊が怯む。
「瑞穂、こっち! 急いで!」
という浅子の声はよく聞こえなかったが、動きで、浅子——とは瑞穂は分かっていないが——がこちらに飛ぶように言っているのが見えた。
逡巡は一瞬。瑞穂は並走する皐月に向けて飛び立った。
「おっとっと」
浅子が瑞穂をナイスキャッチ。
そのまま、皐月は素早く緩やかに高度を下げる。
ライトニングⅡがそこに追撃を仕掛けようとするが、ゴーストラプターがその進路を阻む。
(あれって、ゴーストラプター? なんで?)
瑞穂はその様子に驚愕する。ゴーストラプターが自分達を助けていた。
【> This is SATSUKI. MISSON
一方、その頃。
「メーデー、メーデー、メーデー。こちらはトマホーク・ツー、トマホーク・ツー、トマホーク・ツー。
メーデー。こちらの位置は北緯31東経179。向きは方位
燃料が少ない。至急空中給油を要請する」
日本、航空自衛隊は軍用無線を介して、そんな通信を受け取っていた。