目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第23話「皐月の空、他人のために舞う」

 少し時間を巻き戻し、視点を生徒会室に移そう。

 生徒会室にて生徒会長、りんは部屋の隅から隅を歩いては戻りを繰り返していた。

 顧問の翔太しょうたから撃墜許可が降りた。

 その連絡は即座に航空隊に伝えられ、先ほどコンジャラーチームが滑走路から離陸していったのを確認済みだ。

 コンジャラーチームと皐月の交戦情報を収集するため、生徒会からも情報収集任務を与えられた文月が発進している。

 生徒会室のスクリーンには文月からのデータリンクより送られてくるの戦術情報が表示されている。

 瑞穂の乗るC-2に向けて一直線に飛ぶ皐月に対し、コンジャラーチームが推力増強装置アフターバーナーで追いかけている。

 凛は生徒会室内部をうろうろしながら、そのスクリーンの情報を睨み続けていた。

 コンジャラーリーダーが皐月をレーダーロック。

「コンジャラーリーダーよりホークアイ、念の為確認させてくれ、俺達に来ている指示は?」

「ホークアイよりコンジャラーリーダー。皐月を撃墜せよキル・サツキ

「コンジャラーリーダー、了解コピー目標捜索装置シーカー起動オープン

 コンジャラーリーダーの声からは迷いが見てとれた。

 それはそうだろう。皐月に乗っているのが学生であることは誰もが知る事実だ。そして、引率の士官は大体、生徒の事を大切に思っている。それを積極的に攻撃したい人間はいない。

 それでも、コンジャラーリーダーとて正規の士官だ。命令には忠実に従う。

「脱出してくれよ……」

 そう呟くのが、文月の情報収集ユニットに記録される。

 そして、これが彼の最後の言葉となった。

「コンジャラーリーダー、反応消失ロスト!」

 スクリーン上からコンジャラーリーダーの反応が消える。

「こちら、本田ほんだ一尉だ。文月、何が起きた?」

 慌てて、凛が通信機に向かう。

「こちら文月。突如、コンジャラーリーダーが爆発した。爆炎から何か飛び出した! あれは……ゴーストラプター……?」

「なんだと……?」

 このタイミングでゴーストラプターが乱入してくるだろ。

 いや、そもそも日本の湾岸沿いを飛んでいる現状、ゴーストラプターはどこから現れたのだ? 一体、早期警戒管制機AWACSは何をしていたのか……。いやそもそも、ゴーストラプターは撃墜されたはずだ。

 遅れて、スクリーン上にも不明機ボギーの表示が出現する。

「こちら、文月。皐月がキャノピーを開けた。C-2の扉も開くぞ。……! C-2の扉から大井おおい三尉が飛び出した! 危ない、落ちるぞ!」

 文月からの通信に凛は心臓が止まりそうになる。瑞穂みずほが皐月の唆しに乗り、また危険に飛び込んでいる。それは凛としては少しも許容出来るものではなかった。

「皐月が右へ寄って、瑞穂をコックピットに入れた。下降し始めた」

 スクリーン上でも皐月が下降をはじめ、コンジャラーチームがそれを追撃し始めたのが見える。ゴーストラプターがそこへ牽制のために突入してきて、陣形が乱れる。

「死神め。私から大井三尉を永遠に奪い去るつもりか! 篠原しのはら三尉も!」

 撃墜指示を出すように進言したのは自分だが、皐月はそうなる前に二人の保護を優先し、投降すると考えてのことだった。

 だが、実際には皐月はゴーストラプターを如何なる手段によってか味方につけ、逃走を続けている。

「皐月と生徒会統合コンピュータシステムSCICSのデータリンクはまだ復旧しないのか?」

「やっています」

 凛がパソコンに向かう執行員に声をかけると、執行員も必死な声で応じる。

「急げ。ただでさえドラゴン相手に戦争をやってるんだ。これ以上機械のせいで人間が死んでたまるか」


 その頃、緩やかに下降を始める皐月の中で。

「ちょっと皐月。高度下げてるのは分かるけど、このままだと瑞穂が死ぬよ」

 浅子あさこが皐月に警告を飛ばす。キャノピーが吹き飛んで与圧がない今、酸素マスクがないと酸素濃度が足りず人は生きていけない。だが、瑞穂は今、酸素マスクを装着していなかった。かといって、キャノピーが吹き飛んだ今、急降下をすれば瑞穂を落としかねないし、急激な気圧の変化は体に悪影響がある。

 それ故、皐月は少しずつしか高度を下げられない状況にあった。

【> You are right. I'm thinking about it.… 】

「考え中って!」

 こいつ、さては瑞穂を救出するところまでしか考えてなかったな、と浅子は思った。それは焦った子供のようで可愛らしいとも思えたが、それで瑞穂が死んでは話にならない。

【> OK. I have been ready. Could you grip joystick.】

「覚悟? まぁ、操縦桿は握るけど」

 浅子が操縦桿を握った直後。ゾワゾワとした感覚が操縦桿から浅子の脳へと腕を通じて伝わっていく。

(これ、魔法を使う時の!?)

 合わせて、浅子の視界が白く染まっていく。

「ん……」

 気がつくと、いつの間にかキャノピーが復活していて、浅子は後席に座っていた。腕の中に瑞穂はいない。

「え!? 瑞穂は」

 慌てると。

「大丈夫、ここにいるよ、浅子」

 見ると、瑞穂は前席に座っていた。酸素マスクも完備されたヘッドマウントディスプレイHMDを装着している。

【> You have control, Sl.Oi.】

 あなたに操縦権を委ねる、と皐月が瑞穂に告げる。

「ってか、皐月、あんた、魔法使って……」

 そんなことより、今、皐月が大規模な魔法を使ったように浅子には思えた。そしてそれは、現在の認識からすると驚くべきことだった。

「うん、ありがとう皐月。でも、これからどうするの?」

 だが、瑞穂にはそこは気にならなかったらしい。皐月に今後について問いかける。

【> As you wish to accomplish, Sl.Oi.】

「瑞穂の成したいようにって……」

 皐月の物言いに浅子は苦笑いする。ここからが一番大変なのに、肝心の皐月にこれ以上の考えはないというのだから驚きだ。

「皐月、生徒会との、SCICSとのデータリンクを復旧させて」

【> Copy. Connecting datalink to Student Council Integration Computer Systems.】

「皐月か! ようやく繋がったな!」

 皐月からのメッセージ表示直後、凛の声が聞こえてくる。

「生徒会長。ご無沙汰しております」

「瑞穂か! 無事なのか?」

「はい。皐月のせいで迷惑をおかけしてごめんなさい」

「いいんだ。君の責任じゃない。全てそこの皐月がやったことだ、そうだろう?

 やはり皐月は危険だ。直ちに撃墜する。今すぐに緊急脱出ベイルアウトするんだ」

  凛は務めて優しい口調で、瑞穂にそう告げた。

「それは違います」

 けれど、瑞穂は首を横に振った。

「皐月は飛びたいという私の願いを叶えてくれただけです。今ここで飛んでいるのは、私の意思です」

 キッパリと、言い切った。

「……大井三尉。君は自分の言っていることが分かっているのか。それはただの命令違反。明確な戦闘機の私物化だ」

「はい。分かっています」

「なら、今すぐコンジャラーチームに帰順し、浜松基地に戻れ。今ならまだ間に合う。皐月さえ初期化すれば、君の罪についてもきっと……」

(それじゃだめだよ、生徒会長)

 浅子は凛の発言の迂闊さに密かに首を横に振った。

「いいえ、皐月は初期化させません。皐月は私の大切な相棒です」

「ただのコンピュータだ」

「違います。皐月には人格がある。私の願いを聞いて、自律して助けに来てくれるくらいには。そして、私の願いを聞き届けてくれる。人を、守らせてくれる」


「なぜ分からない! 皐月は戦闘機だ! 奪う事しかできない!」

 瑞穂の言葉に、思わず凛は怒鳴った。

 執行員が驚いてこちらを見ているが、構うものか、と凛は思った。

「会長、早く説得を終わらせないと。皐月はどんどん日本を離れて行っています。対して、コンジャラーチームはゴーストラプターに翻弄され、どんどん皐月から距離を離されています」

 オペレータが凛に報告する。

「分かっている!」

 なぜこうなってしまったのだ、と凛は思わず窓の外の天を仰ぐ。

 瑞穂は自分によく懐いていた。自分も瑞穂を好ましく思っていた。

 それなのに、気が付けばこんなにも断裂が膨らんでいる。

「違います。私は、私と皐月は、ドラゴンから人を守れる。この力を今後はそのために使いたい!」

「浜松基地に帰投せずどうするつもりだ! 燃料も食料も無しでは人も機体も飛び続けられない!」

「会長、それが……」

「なんだ、今は話の途中だ」

 言いにくそうにオペレータが割り込んでくる。

「皐月の燃料、徐々に回復中。文月の観測データによれば、恐らく魔法現象かと」

「なんだと!?」

 魔法で航空用燃料を補充する? あまりに荒唐無稽すぎる、と凛は思った。

「そうだ、文月がいたな。文月はまだ皐月を追えているのか?」

「はい」

「なら、文月に皐月を撃墜するよう命じろ。これ以上の説得は無理だろうからな」

「生徒会長……」

 その会話を聞いていた瑞穂が残念そうに呟く。

「そこまでだ」

 だが、それより早く翔太が生徒会室に入ってきた。

「大井三尉に帰投命令を。皐月は解体しないと約束する」

「何を言っているのです、一佐。いくら生徒会の顧問とはいえ……」

 皐月の初期化は、先ほど正式に上層部から通達があった事項だ。いくら翔太といえども独自の裁量で決められることではないはずだ。

「これは上層部の正式な決定だ」

「どういう事です。朝令暮改にも程がある」

 凛が思わず翔太に強めの口調で問いかける。

「気持ちはよく分かるが、状況が変わった。……ハワイが陥落した。スーパーラプターのパイロットを奪還作戦に協力させよ、とアメリカが言ってきている。その希望の中には皐月と大井三尉の名前もある」

 それは大きな情勢の変化を示す言葉だった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?