巨大なホロ地球儀とその下に添えつけられた六つのモニタ付きのパソコンの前に座る一人の人間がいる。
大きな椅子の背もたれで男の姿は見えない。
そこにキャップと呼ばれた軍服の女性が近付く。
「ロード、報告にあがりました」
「ご苦労、キャップ」
椅子がくるりと回転する。そこに座っていたのはまだ少年と言っていい若い男だった。
「ここから見ていたぞ。チャンプを使ったTSへの接触作戦は失敗に終わったようだな」
「はい。サツキ……TSはスーパーラプターBlock13にそのコアデータを移行し、現在も作戦行動中です。相変わらず、ミズホと言う日本人女性と行動を共にしているようです」
年齢が十二支二つ分離れていても不思議ではなさそうなロードと呼ばれた少年に向けて、キャップは敬語で報告する。
「全く、うちも人材不足なのかねぇ。こうも、揃いも揃って無能揃いとは」
その報告を聞いて、やれやれ、とロードが肩をすくめる。
もし同じことをチャンプが言っていたら、キャップはブチ切れていただろう。だが。
「はっ、申し訳ありません」
キャップは殊勝に頭を下げる。
「しかも、TSの誕生が我らがアメリカ国内ではなくアジアの島国なんかに先を越されるとはね、本当に情けない」
「そちらに関しては私も同意見です。おかげで、こちらの機体を不自然なく派遣するのも一苦労で……」
「その派遣もこちらでやってやってるだろうに。
やれやれ、と再びロードが肩をすくめる。
「つきましては、予定していた第二次負荷実験を開始したく思うのですが……」
「あぁ、それについては賛成だ。早速始めよう」
くるり、と椅子が回転し、ロードがキーボードに何ごとかの入力を始める。
「第一次負荷実験のうちにTSが誕生したのは喜ばしかったが、結局解消しきれず、第二次負荷実験を開始することになるとはね。曲がりなりにも同胞が犠牲になるのは悲しいね」
「お戯れを」
直後、モニタに赤いエラーが走る。
「なんだ、僕のシステムにエラー?」
慌てたように、ロードがキーボードを複数回叩くと、そこに英文のメッセージが出現する。
【> This is SATSUKI. I request for help by Ghost Raptor.】
「サツキ……だと。バカなこっちのシステムに侵入してきたっていうのか……。クソ、加速倍率も強制的に下げられている」
「ゴーストラプターというのは、チャンプの機体を呼ぶ航空自衛隊内での俗称のようですね」
キャップがタブレットを操作し、答える。
「サツキ、こちらの声が聞こえるのか?」
一分待ったが、返事がない。
「タイピングで答えてみては?」
「今やるところだ」
タイピングする。「こちらのメリットは?」
【> If you will not help me, I will be destroyed by JASDF.】
「航空自衛隊に破壊される? どういうことだ?」
「どうやら。サツキを危険視した航空自衛隊はサツキを撃墜するように命じたようですね」
再び、キャップがタブレットを手繰り、答える。
「TSを破壊!? バカなのか、日本の連中は、あの価値が分からないわけではあるまい!?」
「あるいは、彼らには分からないのかもしれませんね」
「……なんにせよ、TSを破壊されるのはまずい。今すぐにチャンプを出撃させろ。僕が日本近海に転送する」
「しかし、そんなことをすれば
「TSを失うよりは良い。急げ」
「はっ」
キャップが慌てて退出する。
「第二次負荷実験は間も無く完了する。そうなれば、ハワイで目標を果たすのは難しくないだろう。助けるのは今だけだぞ、TS……。サツキ、と言ったか」
ロードは空中に浮かぶホロ地球儀を眺めながらそんな言葉を呟いた。