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第24話「友と共に」

 皐月と文月が浜松基地に戻ってすぐ、生徒会室でブリーフィングが行われた。

大井おおい三尉……、聞いたぞ、皐月を分捕って暴れたらしいな」

 生徒会室にやってきた瑞穂みずほの後席である有輝ゆうきが呆れた様子で話しかける。

「暴れただなんて、皐月が助けてくれただけだよ……。まぁ、命令違反して戦闘機を乗り回したのは事実だけど……」

「それがやばいんだぞ。やったことは、窃盗の上脅迫だからな」

 使用窃盗は罪に問われない場合もあるが、明確な窃盗の上、脅迫となると、流石に罪に問われるはずだった。今すぐ瑞穂を警務隊が現行犯逮捕しないのが不思議なくらいだ。

「これがアメリカのパワーか。あるいはドラゴンという脅威のパワーか」

 有輝が呟く。瑞穂が罪に問われなかったのはハワイ奪還作戦への参加要請があったという理由とハワイ陥落と言う衝撃的な事実が大きい。

 つまり、スーパーラプターを供与してくれているアメリカから要請を受けたから断れない、という日本とアメリカの外交関係的事情と、ハワイが陥落したままでは日本の負担が大きくなる可能性が高いという国防上の問題が大きい、という二つの問題によるものである。

 アメリカの権力という仮想上の力とドラゴンの脅威という現実的な力の二つが瑞穂の罪を特別に打ち消している状態と言えた。

「私語はそこまでだ。長谷川はせがわ一佐が入られる」

 生徒会長のりんが警告すると、生徒会パイロット十三人と火器管制官WSO十三人が直立の姿勢を取る。本来、生徒会のパイロットとWSOは十二組しかいないはずだが、瑞穂が抜け、浅子あさこが入った後、浅子が抜けずに瑞穂が戻ってきたために十三組になっている。

「敬礼!」

 扉が開くと同時、凛が号令し、二十六人が一斉に敬礼する。

「楽にしてくれ」

 入ってきた生徒会顧問の翔太しょうたがそう言うと、全員が一斉に左足を肩幅に開き、両手を後ろで組む、安めのポーズを取る。

「まず早速だが、昨日の昼、ハワイがドラゴンにより陥落した」

 モニタに映像が映し出される。

 ハワイのパールシティに上陸したドレイクタイプスリーが市民を蹂躙する見るに堪えない映像だ。

「この映像はハワイのパールハーバー・ヒッカム統合基地所属の戦術偵察部隊のメンバー『トマホーク・ツー』が撮影したものだ」

「アメリアちゃんが……!? あ、アメリアちゃんは無事なんですか?」

 翔太の説明に如月のパイロットである彩花さいかが驚いたような声を上げる。

 それを聞いて、瑞穂はトマホーク・ツーという無線上の呼び名コールサインに聞き覚えがあることに気付いた。確か、彩花が負傷した後、はじめてお見舞いに行ったときに聞いた文通相手の名前だった。

今井いまい三尉、ブリーフィング中だぞ」

「構わんよ。トマホーク・ツーはドラゴンの攻撃を受けたが、西へ離脱。ミッドウェー島近海で救難信号を出していたのを我々がキャッチし、空中給油機タンカーを飛ばして救援した。今はこの浜松基地にいる。後で会ってやると良い」

「ありがとうございます」

 彩花が頭を上げる。

「さて、ブリーフィングを続ける。陥落したハワイでドラゴンが何をするかは不明だが、定説通りなら繁殖の上、再び太平洋上の国家に攻撃を仕掛けてくることが予想される。当然、日本も例外ではない」

 モニタにはハワイから周囲に赤い矢印が散らばっていく映像が映し出される。

「アメリカは早速、ハワイを奪還しようと奪還戦力を整えているが、我々航空自衛隊にも、というかスーパーラプター運用者にも協力要請が来ている」

 つまり、自分達にお鉢が回ってくるわけだ、と二十六人がそれぞれ唾を飲み込む。

「スーパーラプターの供与を受けている側としてはこれを拒否するのは難しい。また、先程話した通り、日本の国防上もハワイの奪還は意味のあることだ。従って、我が国は『積極的防衛戦術』としてアメリカの要請を受諾することに決まった。

 とはいえ、まさか生徒会機を全機送るわけにもいかない。従って、選抜された三機の生徒会機をハワイに派遣するものである」

「質問です」

「何かね、出雲いずも三尉」

「三機という数字の根拠は何でしょうか」

「いい質問だ。それはこれから説明するハワイへの行く方法に関わってくる」

 スクリーンに映し出されたのは。

「フィヨルズヴァルトニル級だ」

「その通りだ、今井三尉。フィヨルズヴァルトニル級潜水空母五番艦マザー・ホース。我々に新型のスーパーラプターを供与するためにやってきたこの艦は、現在、横須賀海軍基地に停泊中だ」

 瑞穂の背後で、有輝が嫌な予感がしてきたぞ、と呟く。

「選抜された諸君はこのマザー・ホースの艦載機部隊としてハワイに向かうことになる。フィヨルズヴァルトニル級に搭載可能な機数は四。一枠はトマホーク・ツーであるカーティス少尉が使うので、生徒会からは三機を出すこととなった」

 やっぱり、と有輝が呟く。皐月の投入は確定しているので、有輝としては頭が痛いのだろう。

「では、選抜者を発表する。呼ばれたものは一歩前に出るように」

 生徒会パイロット及びWSOの間で緊張が走る。

「まずは、皐月」

「はいっ!」

「はいっ!」

 瑞穂と有輝が、前に出る。これは全員にとって予想通りだったので、次からだ、と皆が緊張した様子を見せる。

「続いて、如月」

「はい」

「はい」

 彩花とWSOが前に出る。心做しか嬉しそうだ。

「最後に閏月。これはこの一週間皐月として訓練していた二人を新たにチームとして編入したものである。機は皐月と同時に納入された予備を用いる」

「つまり私か。はい!」

「はい」

 浅子とWSOが前に出る。こちらも嬉しそうだ。

 それにしても予備機など来ていたのか、と有輝は少し驚く。アメリカは日本にスーパーラプターを最低限しか渡していないと思っていたが。

(何か裏があるのだろうか? ゴーストラプターのこともある。警戒しておいて損はないな)

 などと考えていると。

「では、コールサインを呼ばれた六人はこれより三日、フル・ミッションシミュレータFMSでフィヨルズヴァルトニル級からの発進訓練を行うこと」

「三日!?」

 有輝が驚愕の声を上げる。

「流石に無茶が過ぎますよ、一佐」

「だが、攻略作戦が遅れれば遅れるほど、ハワイからの侵攻が脅威となる。また、アメリカの攻略艦隊のハワイ到着より早く、マザー・ホースはハワイ近海に到着せねばならんのだ。本当ならマザー・ホースにラプターを詰め込み次第出撃したいところを、三日与えるのだから、その間に確実にものにするように」

 だが、有輝の発言に対して、翔太はそう反論する

「ま、待ってください。帰還はどうするんです。フィヨルズヴァルトニル級は片道切符でしょう」

「簡単なことだ。パールハーバー・ヒッカム統合基地を奪還し、そこに着陸せよ。他に質問は?」

 んな無茶苦茶な、では失敗したら全員で死ねというのか、と有輝は思ったが、口に出す勇気はなかった。

「無いようだな。では、解散」

 翔太が頷き、部屋を去っていく。

「三日……大丈夫かな……」

 不安そうに瑞穂が呟く。

「大丈夫だよ、私達なら」

 そこに浅子が声をかける。

「そうそう、そんなことより、私達三人で戦えるなんて。私とっても嬉しいよ」

 と、彩花が頷く。

「二人とも、一緒に戦えるから嬉しそうにしてたの?」

 二人の嬉しそうな様子の理由にまでは思い至っていなかった瑞穂が感激した様子で二人を見つめる。

「うん、いつか一緒に戦いたいって思ってたから」

「そりゃそうでしょ、友達と一緒に飛べて嬉しくないやつはいないよ」

「二人とも……」

 ジーンと瑞穂は涙が溢れそうになるのを堪える。いきなり泣き出したらおかしいからだ。

「あ、瑞穂、泣きそうになってる」

「え、な、泣いてないよ」

 浅子の言葉に慌てて目尻に触れるが、指は濡れない。

「あはは、冗談だよ。本当に泣きそうになってたの?」

「ち、違うよ、そんな事ない」

 慌てる瑞穂に有輝が近づく。

「そんなに必死になって隠さなくても良いんじゃないか? 友達、なんだろ?」

「あ、う、うん」

 ふとこの組み合わせで有輝を見たことで、彩花退院パーティでのやりとりを思い出し、顔を赤くする瑞穂。

「じゃ、俺達WSOは三人でシミュレータの準備してくるから、のんびり会話しながら来いよー」

 そう言って有輝と残るWSO二人が部屋を退出していく。

「あのね、二人とも、私、実はね……」

 瑞穂が二人に向き直る。表情が真剣なので、二人は真剣な表情で見返す。

「実はね、私、とっても、泣き虫なの。今も、嬉しさで……泣きそうなの」

 そういう瑞穂の目尻から涙が溢れる。

 二人はそうだったんだ、と頷く。

「じゃあ今後は、我慢しなくて良いんだからね」

「うん、私達、友達だもん」

 そう言って、浅子と彩花が瑞穂に歩み寄る。

「いいの……?」

「当たり前でしょ。友達ってのは楽しいことも悲しいこともシェアし合うものなんだから」

「そうだよ。まぁ、私は友達少ないから、伝聞系だけど」

 浅子は自信満々にそう宣言し、彩花も頷く。

「二人とも、ありがとうーー」

 瑞穂が涙を流す。

「飛べなくなるの怖かったよう。また飛べて嬉しいよう。またみんなで一緒に飛べるようになって嬉しいよう」

 涙が流れ始めると感情がとめどなく溢れてきて、なかなか止まるということを知らなかった。

 浅子と彩花がよしよし、と瑞穂を撫でる。

 そして、その様子を少し離れたところから凛が眺めていた。

「よかったな、大井おおい三尉」

 その小さく呟いた言葉は、誰にも届かなかった。

「だからこそ、絶対に大井三尉を生かして返すんだぞ、皐月」

【> Of course.】

 当然だ。直後モニタにそう表示されていたことには、誰も気付かなかった。


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