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第25話「一番槍の責任」

 スロットルを奥に倒した次の瞬間、強烈なGが襲いかかる。

 あまりに高速で機体が空中に投げ出されるので、機体が大きく揺れる。

 それをなんとか立て直し、瑞穂はふぅ、と息を吐く。

「アクシデントなしの発進訓練は板についてきたな」

「うん。でも、本番はこうはいかないよね……」

 有輝ゆうき瑞穂みずほを褒めるが、瑞穂は浮かない顔だ。

「あぁ。まず間違いなく、ドラゴンの攻撃を受けるだろうからな」

 海中は安全、というコンセプトで作られた潜水空母、もしくは、戦闘機ランチャー艦であるフィヨルズヴァルトニル級は、しかし、戦闘機を発艦させるタイミングでどうしても浮上する必要が生じる。

 そうなれば当然ドラゴンから発見される可能性が高く、発艦する間にドラゴンから襲撃される可能性が高い。

 このため、フィヨルズヴァルトニル級から発艦する戦闘機はバリアーを展開して発艦するのが基本とされている。

「ま、そのコンセプトもそもそも怪しいんだけどな。何せ、グレータータイプツーが現れたし」

 フィヨルズヴァルトニル級を初めて目撃した日に現れた蛇のような見た目の海棲ドラゴンは後にグレータータイプ2と呼ばれることになった。

 あのドラゴンは海中を移動し、海中を進むフィヨルズヴァルトニル級を攻撃し、緊急浮上を余儀なくさせた。

 つまり、海中を進む潜水艦を攻撃する手段を持っているわけであり、既に潜水艦で海中を行けば安全にハワイまで接近できるというコンセプトそのものが怪しくなっていると言える。

「私達、海中でそのまま死んじゃうかもね……」

 有輝の言葉に瑞穂が頷く。

 十分にあり得る可能性であった。

「ま、考えても仕方ない。訓練のフェイズを上げるぞ」

 有輝がそう言ってコンソールを操作する。

 すると視界内の綺麗な青空が真っ黒闇に切り替わる。

 先ほどまで見えていた青空はフル・ミッションシミュレータFMSで構築された偽物の空だった。

「ここからはドラゴン、具体的にはワイバーンタイプツー数体が浮上した潜水艦の近海に出現している状態での発艦になるぞ」

「分かってる。バリアーを展開しながら発進すればいいんだよね」

「あぁ。それから、可能なら後続の発艦機を援護するんだ」

 フィヨルズヴァルトニル級は四機まで艦載機を搭載可能だが、カタパルトが一つしかない構造の関係上、同時に発艦出来るのは一機になる。

 そして、皐月は最初に発艦する役目だった。最初に発艦する機体は浮上直後ドラゴンが群がり始めたタイミングなので一番確実に発艦が出来るとされている。

 それ以降の発艦はドラゴンがどんどん群がってくるのでどんどん危険になっていく。それらを安全に飛ばすには、空中からの援護が必須と言えた。

 以上の理由から、客観的に最も優秀と判断された皐月が一番手に選ばれたのだった。

「分かった」

 再び視界が変化し、格納庫の内側になる。同じ真っ暗闇だが、先ほどの本当に何も無い枕と違い、こちらは光の少ない暗闇で、微妙に見え方が異なる。

 やがて、正面の扉が開き、光が差し込む。

 ワイバーンタイプ2が炎のブレスを放射状に放ち、狭い飛行甲板を炙っている。

壁よバリアー!」

 瑞穂は魔法を詠唱し、バリアーを展開しながら、一気にスロットルを奥へ押し込む。

 空を飛ぶワイバーンタイプ2が瑞穂機に気付き、瑞穂機に向けて、放射状の炎を放つ。

 直後、強烈なGがかかり、機体が一気に空中に投げ出される。

 視界いっぱいに炎が広がり、その炎を突っ切って、瑞穂機が空に飛び立つ。

「出来た!」

「まだだ、後続三機を全て安全に発艦させて初めて成功だ」

「そうだった」

 瑞穂はスロットルを戻し減速しながら旋回し、ワイバーンタイプ2を視界に入れる。

雷よ、散らばれサンダー・スプレッド!」

 激しい電流が機関砲から放たれる。

 放たれた激しい電流がフィヨルズヴァルトニル級の上空を滞空するワイバーンタイプ2を感電させる。

 その間に、エレベータが上がってきて、新たに各部にロケットブースターを搭載したスーパーラプターがカタパルトの上に移動していく。

 一機が推力増強装置アフターバーナーを起動すると同時、電磁式カタパルトが一気にフレミング左手の法則に従い加速、スーパーラプターを遠投する。合わせて機体各部に取り付けられたロケットが起動し、さらにスーパーラプターを加速させる。

 自分が先ほどまで体験していたGがあの加速によるものだと再認識した有輝は改めて無茶苦茶な発進だと思った。ちなみに、瑞穂はワイバーンタイプ2との戦闘でそれどころではない。

 自分が失敗すれば味方がやられると思えば、瑞穂としては一瞬たりとも手が抜けない。

「方位オーナイナートゥリーより新手。ドレイクタイプスリーだ。数は3」

 有輝がフィヨルズヴァルトニル級からのレーダー情報を読み解き、瑞穂に告げる。

 それなりに強固な装甲を持つ潜水艦たるフィヨルズヴァルトニル級はワイバーンタイプ2のブレスでは撃墜しきれない。より強力なドレイクタイプ3を出してくるのは想像の範疇である。

「このタイミングで……」

 想像の範疇ではあるのだが、瑞穂にとっては困ったことだった。というのも、ドレイクタイプ3を撃破するには機関砲から放つ魔法では威力が低く、ミサイルで撃墜する必要があった。しかし、ミサイルは奪還作戦に温存する必要がある。

 発艦機防衛戦では魔法を使わないのが基本となっていた。

「落ち着け、大井おおい三尉。何も撃墜するだけが守ることじゃない。注意を惹ければ良いんだ」

「そ、そうだよね」

 瑞穂は再び急旋回。新たに現れたドレイクタイプ3に向けて、雷を放つ。


「グスッ、ヒック。ごめんね、彩花さいか……」

 FMSを出た瑞穂は泣いていた。何度か挑戦したが、四機目を守りきれなかったのだ。出撃順は、瑞穂、アメリア、浅子あさこ、彩花の順なので、守れなかったのは彩花ということになる。

「まぁまぁ、はじめてなのに二機発進させるだけ保たせられた分、良かったよ」

 まだ初日なんだから、後二日、頑張ろうぜ、と有輝が慰めるが、なかなか瑞穂は泣き止まない。

「ふぅ、終わった終わったー。あれ、瑞穂、何泣いてるのよ」

 そこへFMSから出てきた浅子がその様子に気付く。

「どうしたのよ。瑞穂に限って発進に手間取ったってことはないでしょうに」

「ぐすっ、ひっく、彩花を守れなかったの……」

「? どゆこと?」

 要領を得ない瑞穂の説明に浅子が首を傾げる。視界の向こうで彩花もちょうどFMSから出てきたところだった。当然、生きている。

「あれ、どうしたの二人共」

 当然、泣いている瑞穂と浅子という友達二人が集まっているのを見れば、彩花もそちらにやってくる。

「あ、なんかね、瑞穂が彩花を守れなかったって、泣いてるんだって」

「? どういうこと?」

 やはり彩花も首を傾げた。

 瑞穂は泣くばかりで要領を得ない。当然二人の視線は有輝に向き、有輝が説明することになる。

「うそ、瑞穂、もう単独発進訓練終わらせて、防衛訓練に移行してたの!?」

 二人が驚く。二人は漸く発進訓練を終えたところだったのだ。

「やっぱり瑞穂って優秀なんだー」

 彩花が感心したように呟く。

「まぁ、そんな気にしないでよ、瑞穂。まだ一日目じゃん。あと二日あるよ。ね、彩花」

「うん、浅子の言う通りだよ」

「そうかな?」

 二人の言葉に瑞穂が顔を上げる。

 おい、さっき同じことを俺も言っただろ、と有輝は思うが、これが友達とそうでないものの違いか、と有輝は思い、密かに息を吐く。

「じゃあ、大井三尉の事は二人に任せた。俺は明日に備えて休む」

 そう言って、有輝が生徒会用のシミュレータ室を出ていく。

「私達も行こ、瑞穂。売店PXで甘いものでも食べようよ

「……うん、行く」

 瑞穂は涙を拭って立ち上がる。


 その頃。

本田ほんだ一尉、早くして下さい。皐月を電源から切り離して、横須賀まで運ばないといかんのです」

 皐月の機内にりんがいた。支援隊から急かされている。

「分かっている。もう少し待ってくれ。皐月、次の質問だ、正確に答えてくれ」

 凛は皐月を質問攻めにしていた。きっと皐月が持つであろう、真実に迫るために。


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