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第26話「越境の翼」

 翌日。瑞穂みずほ浅子あさこがそれぞれの火器管制官WSOと共にフル・ミッションシミュレータFMSのセッティングをしていると、彩花さいかがアメリアを連れて現れる。

「はじめまして、アメリカ空軍所属、アメリア・カーティス少尉よ! コールサインは『トマホーク・ツー』。これから一緒に潜水空母からの発進訓練をさせてもらうわ、よろしくね!」

 そういって、アメリアは軽くウィンクする。英語だったが、この場にいる全員がきちんと内容を理解出来た。

(キレイな人だなぁ)

 瑞穂は素直にそう思った。背がスラッと高く、長い金髪を称える碧眼の少女だ。

 その視線に対し、アメリアも視線を向け、二つの視線が交差する。

「あなたが、ミズホね!」

 アメリアがずいっと瑞穂に近づく。

「えっ、えっ」

「サイカから話は聞いてるわ。私から一番槍を奪うなんて、相当優秀なパイロットね。今日はお手並みを拝見できるのを楽しみにしているわ!」

「え、あの、私は別にあなたから一番槍を奪いたかったわけじゃ……。私なんてまだまだで……」

 アメリアは瑞穂にキスできるほどに顔を近づけ、更に呟く。

「あらそうなの? じゃあ、噂に聞くサツキが凄すぎるだけ? もうサツキはこの基地を離れて横須賀に向かったわ。今日はここのシミュレータに接続出来ない。あなたの本当の実力が見られるわね」

「えっ!?」

「なっ! そんなことないわ。瑞穂は優秀なパイロットよ。昨日半日で発艦をものにしたのよ」

 続くアメリアの呟きに驚く瑞穂に浅子が代わって庇う。

「そう言うあなたがアサコね。ミズホと接戦を繰り広げたって聞いたわ。ミズホの実力が嘘であれば、あなたの格も下がる、なるほど、庇うのは道理ね」

 浅子の呟きにアメリアが頷く。

「アメリアちゃん、どうしたの? 手紙ではあんなに二人に会うのを楽しみにしてたのに」

「そうね、楽しみにしてたわ。こんな時でなければね」

 彩花の困惑した言葉に、アメリアが応じる。

「私の祖国は今まさに侵略を受けているの。オアフ島には私の家族もいる。今この瞬間にもドラゴンの脅威に晒され、あるいは食べられてしまっているかもしれない。それなのに、呑気に三日も訓練だなんて」

「アメリアちゃん……」

 つまり、アメリアは苛立っているのだ。今すぐにでもハワイに急行したいのにそう出来ない状況に。そして、その怒りはその原因となっている訓練期間に向き、転じてその訓練を必要とする三人に向いていた。

「だいたい、これまで一度も潜水空母からの発艦訓練をしてこなかったの? 航空自衛隊JASDF(ジャズダフ)だって、ゲート突入作戦の打診を受けていたはずでしょうに」

 ゲート突入作戦、その言葉は瑞穂達にとって初耳の言葉だった。

「あー、すまんな。カーティス少尉。航空自衛隊ではその情報は正規の士官までにしか伝達されていないんだ。それに、日本はどちらかというとゲート破壊派の国でな」

 そこに、瑞穂のWSOである有輝ゆうきが割り込む。

「ふん、腰抜けの専守防衛国らしい発想ね。環太平洋同盟のナンバースリーがそんなだから、いつまでもゲート突入作戦が可決されず、今回の事態を招いたのよ。今回のハワイ侵略は明確に人災だわ」

 するとアメリアの怒りの矛先は有輝とそして日本に向く。

 有輝は面倒なことになった、と思ったが、瑞穂達に矛先が向くよりは良いとも思った。

 環太平洋同盟はドラゴンの脅威に対抗するために作られた対ドラゴンを想定した同盟だ。ナンバーワンは当然のようにアメリアの所属するアメリカ。ナンバーツーはオーストラリア、そして、ナンバースリーが日本だった。

 中国やロシアといった他の列強国も同盟には参加しているが、直接的にドラゴンとぶつかることが少ないので、同盟内での発言力は低めだ。むしろ、対ドラゴン戦線で疲弊したところを狙ってくるのではないかと警戒されている状況である。ゴーストラプターの件だけでなく、こんなところでの人間達の争いは続いている。

「俺から言わせれば、ゲートの向こう側に有益な資源があるかもしれないから、ドラゴンを湧くのを放置してでもゲートを保持してゲートの向こう側を探索させよう、なんて発想をしてる方が、よっぽど人災を生みそうだけどな」

 アメリアの言葉に有輝は真正面から反論する。

 そう。これがゲートを巡って環太平洋同盟内部の意見が割れている部分だった。

 ゲートの向こう側は未知の世界だ。ドラゴンたちが住んでいると思われるが、ともすればそこは未開の地である可能性も高い。であれば、そこには潤沢な資源があるのではないか、あるいは魔法を基幹とするなら未知のニューパワーさえあるかもしれない。であれば、ゲートの内部に突入して内部を偵察する必要がある、とそう主張するのが「ゲート突入派」。

 対して、そんな物はいらないからさっさと破壊するべきだ、というのが「ゲート破壊派」である。

 アメリカは前者、日本は後者であり、意見が割れている状態にあった。

「たとえ、君の言う通りにハワイが陥落する前にゲート突入作戦が行われていたとしても、それはゲートを維持することを意味するわけだろう? であればドラゴンの一転攻勢は防げなかった可能性が高い。つまり、君の仮説は間違っている。それはただの八つ当たりだ」

「ぐ……」

 有輝からの思わぬ反論にアメリアは何も言い返せず、唇を噛む。

「い、いいわ。とりあえず、あなた達の実力を見てあげる。さっさとシミュレータに入りなさい」

 アメリアは自分の長い髪を右手でかきあげて、そう宣言し、シミュレータに入っていく。

「ごめんね、みんな。本当はとっても気のいい人なんだけど……」

 微妙な空気が続く中、彩花が謝罪する。

「彩花が謝ることじゃないよ。それに、カーティス少尉の想いだって分からないわけじゃないわ」

 浅子が彩花に応じる。

「それってどういう……」

「はやくシミュレータに入りなさいよ」

 彩花は浅子の言葉を深く聞こうとしたが、アメリアから急かしが入り、一同は慌ててFMSに入っていく。


 やがて、昼休み。

「参ったわ。一番槍を任されるだけのことはあるわね。私とキルスコアが変わらないなんて驚かされたわ。私、ミサイルまで解禁したのに」

「そんな。数だけでしょ、私なんてまだまだだよ。カーティス少尉はドレイクタイプを撃墜してたじゃない」

 食堂で、アメリアは瑞穂と浅子に頭を下げていた。

「それはミサイルを解禁したからだもの。本当ならしてはいけないことだわ。文句なしに貴方の勝ちよ」

「で、でも、昨日私一人では四機目を発艦させられなかったんです。今回は出来ました。アメリアさんの活躍がすごかったおかげです。あれなら本番も安心できると思いました」

 アメリアが首を横に振るのに対し、瑞穂は身を乗り出し、お礼を言う。

「あなた、いい人ね、ミズホ。サイカから聞いていた通り。さっきは本当にごめんなさい」

 改めて、アメリアが再び頭を下げる。

「だ、だから頭を下げなくてもいいって」

「ふん、分かればいいのよ」

 恐縮する瑞穂に対して、浅子が威張る。

「アサコ、貴方も凄かったわ。あなたが発艦してから明らかにミズホの動きも良くなっていた。あなた達、いいコンビなのね」

「ふふん、よく分かってるじゃない。私と瑞穂は二回も共闘したんだものね」

 アメリアは威張る浅子の様子に不快になった様子もなく、頷くと、浅子はますます調子に乗る。

「じゃあ、あなた達二人が二人組エレメントになるのね」

 エレメントとは、戦闘機を二機一組と扱う戦術思想に基づく編隊だ。その発祥は国防軍時代のドイツ空軍で確立されたロッテ戦術とされ、この二機一組の編隊を二つ組み合わせた四機編隊をドイツではシュヴァルムと呼ぶ。

 現在の魔法戦編隊が四機編成なのも、フィヨルズヴァルトニル級が艦載機を四機搭載できるのも、これに由来する。

 元々のロッテ戦術はリーダーとウィングマンの役割に分かれて、リーダーがウィングマンをが援護する形式であり、リーダーが攻撃をしている間にウィングマンが後方から援護・哨戒を行うものだった。これにより、リーダーが後方を気にせず攻撃に集中できる状態を生み出す効果がある。

 そこから発展したアメリカのエレメント戦術は相互支援の戦術であり、互いの後方を補い合う戦術となっている。状況次第でどちらが支援に回っても構わないため、より効率的な攻撃ができるとされる。現在、航空自衛隊が採用しているのもこちらだ。

「なら私達も組まないとね、サイカ。文通仲間同士だし、やれるわよね」

「うん、アメリアちゃん。私達も頑張ろう!」

 二人は頷きあう。

「さ、話がまとまったら、終わりにして食べましょ。料理が冷めちゃうわ」

 浅子が全員に食事を促す。誰も否とは言わなかった。

 瑞穂も早速自分の目の間に置かれた唐揚げ定食に手をのばす。

 その様子を見て浅子は、瑞穂の手元に唐揚げ定食が戻ってきてよかった、と感じる。

 皐月と共に瑞穂を助けに行ったのも、きっと無駄ではなかったはずだ、と思えた。

「そうだ。発艦は全員一通り出来るようになったんだし、午後からは連携訓練をしましょうよ。私達四機編隊がどこまでドラゴン相手に戦えるか、フラットな戦いも練習しておきたいわ。今の訓練だとミズホとアサコはともかく、私とサイカの戦いは出来ないからね」

 アメリアが口の中に食べ物を入れたままモゴモゴとそんな事を言う。

「ちょっとアメリアちゃん、下品だよう」

 彩花がそれをたしなめるが、アメリアは気にした様子はない。

 とはいえ、全員が賛同した。


 午後の訓練も終わり、帰り道。

「ちょっといいか、大井おおい三尉」

 さっき別れたはずの有輝が声をかけてきた。

「どうしたの、芝田しばた二尉」

「以前、本田ほんだ一尉のWSOについて調べるって話をしただろ、やっと情報を掴んだから、今のうちに話しておこうと思ってな」

 それは、以前、生徒会長のりんが皐月の自我をやけに強固に否定した時の話だった。

「ああ、まだ調べてたんだ」

「まだって、お前な」

 お前のために調べてたんだぞ、と有輝は軽くずっこける。

「まぁ、あんまり興味ないなら端的に言うけどさ。本田一尉のWSO、死んでたよ」

「えっ……」

 思わぬ言葉に瑞穂が絶句する。

「今の皐月の機体は三代目だって知ってたか?」

「え? 二代目じゃないの?」

 瑞穂の認識によれば、皐月は最初に乗っていた現在如月と呼ばれている機体から、今のBlock13に世代交代して二代目のはずだった。

「違うんだ。一代目はお前が搭乗する前に落ちてるんだ。それも、皐月自身の自爆によってな」

「自爆!? どういうこと?」

「詳細は不明だ。ただ、ミッションレポートによれば、突然皐月の機密保持プログラムが機動し、統合コンピュータの情報を情報収集ユニットに転送して切り離した後、自爆したらしい。本田一尉はギリギリのところで脱出出来たが、WSOは間に合わず……」

「そんな……」

 スーパーラプターには機密保持プログラムがある。それは確かに不正な動作に対して自爆することもある危険なものだ。だが、普通に飛んでいて起動するような代物ではない。

 ゴーストラプターの不正アクセスを受けてもすぐには機動しなかった。まぁあれは攻性防壁が機能していたからであり、底を抜けられたら起動していただろうが。

「とすると、考えられるのはWSOが何らかのスパイで皐月のデータを盗み取ろうとしたとか、そういう可能性だが……」

「相棒がそんなことするなんて、普通は考えないよ」

「だよな。俺も瑞穂が突然自爆に巻き込まれても、実は瑞穂がスパイだったんだ、とは考えない」

 だから、会長は皐月が突然自爆して相棒を殺したと考えてしまうから、皐月に自我があると認めたくなかったのか、と瑞穂は思った。

「でも、突然自爆なんて一体何が……」

 二人がうーんと唸っていると。

「大井三尉と芝田二尉じゃないか。ちょうどよかった」

 学生寮の前で、当事者たる凛が待っていた。

「二人に、少し話がある」

 その言葉に、ちょうど凛の話をしていた二人は気まずそうにそれに続くのだった。


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