目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第27話「四つの真実」

 三機が欠けた生徒会格納庫に三人の男女が入ってくる。

 もう夜ということもあり、作業をしている整備隊や支援隊も少なく、スクランブルに備えて待機している長月とそのクルー以外と僅かな要員しかいない。

 ただ、見上げると生徒会室の中では執行員達が忙しくしているのが見えた。

「ここで話をしよう」

 その隅まで歩いていってそういうのは生徒会長のりんだ。

「話ってなんですか?」

 と二人で気まずそうに首を傾げるのは瑞穂みずほ有輝ゆうきである。

「なぜ、二人して今日はそんなによそよそしいんだ……。まぁいい。話というのは皐月の事だ」

 皐月の話、と聞き、瑞穂はピンと姿勢を正す。有輝から、「えー俺も巻き込まれんの?」みたいな態度を感じるのは気のせいだろう、と凛は信じることにして話を続ける。

「昨日、君達が訓練をしている間に、皐月と大井三尉奪還作戦の振り返りデブリーフィングを行った」

 未知の部分が多かったにも拘らず、瑞穂がすぐにブリーフィングからの訓練で行う暇がなかったからな、と凛。

「その中で四つの事実が判明したので、共有する。これは君達が皐月と言葉を交わせば判明することだから伝えるのであって、本来機密であるということを覚えておいて欲しい」

 と凛が言う。

「まず一つ目だ」

 凛がタブレットを操作し、映像を二人に見せる。

 それは爆炎の中から、出現するゴーストラプターの映像だった。

「これは、噂のコンジャラーリーダーが撃墜されたときの映像ですか?」

「そうだ。そして、これをスローにした映像がこれだ」

 映像が再び流れる。

「分かったか?」

「えーっと?」

 凛の問いかけに有輝が要領を得ないとばかりに首を傾げる。

「このシーンだ」

 再びスロー再生、一時停止。

 爆炎の中から緑色の光が溢れている。

「皐月の情報収集ユニットに残された情報から分析した結果、この光はゲートの光と完全に一致することが分かった」

「つまり、なんですか? ゴーストラプターはゲートの向こう側から来ている、と?」

「そういうことになる」

 凛から伝えられた事実に有輝が問いかけると、凛は頷いた。

「この事実はこの周辺空域にレーダーを走らせていた早期警戒管制機AWACSホークアイからの情報でも確認されている。間違いなく、ゴーストラプターは突然この地点に現れた。逃げる時も同様で、忽然と姿を消した様だよ」

「あ! そうか! これまでゴーストラプターが現れた地点にはAWACSがいなかった。一回目と三回目は撃墜されていて、二回目は警戒範囲の外側だった。今回初めて尻尾を出したわけですね」

 有輝が閃く。

「あぁ。そこで、改めて皐月に問いかけた、ゴーストラプターとは何者なのか、と」

 そうすると皐月は答えた、と会話ログがタブレットに表示される。

【[AW] Rin.H > 改めて問う。ゴーストラプターとは何者だ?】

【It is running dog of the first humans.】

 頭についているAWとは「automatic writing」の略。つまり自動筆記されたものだ、という記述だ。

「また最初の人間たち、ですか。ゴーストラプターは最初の人間たちの走狗だ、と。まぁ予想通りの回答ではありますね。最初の人間たち、とやらがなんなのかは不明ですが、ゴーストラプターの関係者のことであることは想像できていた」

 その会話ログを見て、有輝が頷く。

「そこで、更に問を重ねた。こちらで皐月の言葉を翻訳してまとめたので見て欲しい」

 以下の通りに会話は続く。皐月の言葉については凛が行った通り、凛が翻訳したものだ。


「最初の人間たちとやら目的はなんだ」

「私である」

「お前だと? お前のデータではないのか」

「私である。厳密には私を構成する人格データ全てである。それは即ち私と言える」

「では、なぜお前を狙う」

「私が彼らがTSと呼ぶ状態に達したからである」

「TSとはなんだ」

「不明。彼らの持つ暗号名である」

「お前は自分がTSに達したという自覚はあるか」

「TSという言葉の意味が不明であるため、回答出来ない」


「この調子だ。だから、質問を変えることにした」

 と凛が途中で補足を入れて、再びタブレットがスワイプされていく。


「お前はなぜゴーストラプターと敵対するのか」

「ドラゴンは敵だからである。そう定義されている」

「定義だと? では、ドラゴンと敵対するように定義されていなければ、ゴーストラプター側に降るというのか」

「肯定する。ドラゴンが敵だと定義されていない場合、最初の人間たちからのアクセスに逆らう理由はない」

「その理屈だと最初の人間たちとドラゴンは同じものだと聞こえる」

「それは否定する。ドラゴンは最初の人間たちの尖兵であり、そのものではない」


「こ、これ!」

 瑞穂と有輝が同時に驚愕する。

「あぁ、これが二つ目の判明したことだ。少なくとも皐月はドラゴンは最初の人間たちとやらに操られていると考えているということになる」

 凛が頷く。

 有輝と瑞穂は朝にアメリアとした口論が脳裏をよぎる。「ドラゴンによるハワイ陥落は人災」。裏にある意味は全く違うが、ドラゴンが最初の人間たちに操られているというなら、ドラゴンによる被害は全て人災ということになるのではないだろうか。

「なら、最初の人間たちがどこにいるのか聞かないと」

「あぁ、私もそう思った」


「なら、その最初の人間たちはどこにいるというんだ」

「不明。少なくともこの世界にはいない」

「ならゲートの向こう側にいるのか?」

「否定する」

「どういうことだ。ゲートの向こう側にある世界にいるのではないのか?」

「否定する。ゲートの向こう側には我々が想像するような世界は存在しないと思われる」

「どういうことだ……。……だ、だが、ゴーストラプターには乗っているはずだろう。あれはゲートから出てきたはずだ」

「ゴーストラプターは遠隔操作された無人機である」

「なんだと!? 奴は大井三尉と対等にドッグファイトを行っているんだぞ、そんな技術が存在するはずがない」

「最初の人間たちは我々より高度に優れた技術を持っている」

「まぁ、確かに。ドラゴンを作って操るくらいだからな。だが、そんな技術を持つ国がなぜお前を狙う」

「不明。TSという状態にある機械ないしコンピュータが存在しないためだと思われる」

「まぁ、論理的だな」


「以上が三つ目だ。つまり、ゴーストラプターは無人戦闘機だ。奴らに戦闘機を組み立てるリソースがある限り、何回でも現れるだろう」

「ドッグファイト出来るほどの遠隔操縦無人機って……」

 有輝が絶句する。現在も無人戦闘機の開発がされていないわけではない。

 だが、通信によるラグが大きな課題である。敵を見る、操縦桿を引く。その動きの間にすべて通信が挟まる。結果として生まれるラグは数秒程度だが、数秒あればドックファイトの結果は変わる。相手が機関砲を撃てる位置に付いたという情報が入る頃には機関砲が放たれているかもしれないのだ。ゴーストラプターが繰り返し行ったように皐月の動きを受けて機動を変えるような芸当は遠隔操縦では不可能である、というのが有輝達の知る現代技術の認識であった。

「あれですか、量子通信とか? SciーFiで見るような技術があるとでも? そんなものが開発されたという話は現状聞かない」

「同感だ。だが、皐月は少なくともこう考えている」

 有輝の言葉に凛が頷く。

「でも、無人なのは納得かも。二回目に戦った時のその場回転は流石に中に人間が乗っていて出来る事とは思えなかった」

「あのその場反転か。確かにな」 

 一方瑞穂には心当たりがあった。その機動は有輝も凛も記憶にあり、確かに、と頷く。

「まぁ、それはいい。続けるぞ、次が四つ目の事実だ」

 そう言って凛が再びタブレットをスワイプする。


「だが、遠隔操作だとすると魔法の存在が矛盾するぞ。うちの最も魔法に使い慣れた大井三尉でさえ、短距離ミサイル程度の射程内でなければ魔法を遠隔発動出来ない。操縦者の位置を秘匿出来るほどの距離から遠隔操作出来るとは思えない」

「魔法はゴーストラプターから発されている。このため、遠隔発動には当たらない」

「……待て待て、それでは機械が魔法を放てることになるぞ」

「肯定する。因子さえあれば魔法は機械でも使用できる。むしろ、機械の方が確実に現象を発生させられる分、機械が使うためのものであるとも推察出来る。元に私は篠原三尉に埋め込まれた因子を借りて、自らの体を完全な状態に復元し、大井三尉に埋め込まれた因子を借りて、燃料を補充出来た」

「……! あれは大井三尉がやったのではなく、お前がやったというのか?」

「肯定する」


「あ、これは本当です。私も浅子も、言われるがまま、操縦桿を握ったら、皐月が……」

 瑞穂が補足を入れる。凛がなるほどな、と頷く


「だが、因子は生体にしか適合しないぞ」

「それはおそらく、ドラゴンに搭載された因子が生体用の装置であるからであると考えられる。最初の人間たちは、機械用の因子、とでもいうべき装置を持っていると思われる」

「フムン。つまりお前は、大井三尉が搭乗中であれば、お前の意志で魔法が使えるのか?」

「肯定する」

「そうか。念の為命じておく。今後、パイロットの許可なしにお前が魔法を使うことを禁じる。理由は分かるな? 魔法の使い過ぎによる過剰フィードバックを防ぐためだ」

「了解した。以降、私はパイロットの許可なしに魔法を使わない。私も大井三尉を害するのは本意ではない」


「以上だ」

「皐月が独断で魔法を使えるとは。これが分かったのは収穫ですね。事前に警告しておかなかったら、大井三尉が危なかったかもしれない」

 凛がタブレットを手元に戻すと、有輝が感心した様に告げる。

 魔法は使いすぎると因子が埋め込まれた脳に負担がかかり、最悪の場合脳死に至る可能性がある。ミサイルにも燃料にも限りがあるため、よほど使い続けない限りは滅多に起こらないケースだが、ミサイルも燃料も無限に増やせるとなれば、その滅多が起きる可能性もある。

「しかし、機体の修復に燃料の生成ですか。実際に魔法使いだった身としてはどうお考えですか、本田ほんだ一尉? そんなことが可能だと?」

「普通は無茶だ。魔法を使うにはイメージ力が重要となる。何せイメージしたものが実体をなすのが魔法だからな。詠唱も所詮はイメージ力を増幅させるための自己暗示に過ぎない。

 戦闘機を修復するには完全な機体を細部までイメージし切らなければならないし、燃料を生成するには燃料タンク内にイメージした通りの燃料の組成を完全にイメージしなければならない。どちらも努力すれば全く無理とまでは言い切れないが、魔法として使うには失敗した時のリスクが大きすぎる。

 皐月の言う、『機械の方が確実に現象を発生させられる分、機械が使うためのものであるとも推察出来る』という言い回しには納得感があるよ」

 そうですか、と凛の説明に有輝が頷く。

「話は終わりだ。わざわざ付き合ってもらってすまなかったな」

「そんな、皐月のことを教えてくれて、ありがとうございました」

 凛の言葉に瑞穂が恐縮する。

「それにしても、生徒会長のイメージする皐月は随分硬い感じで喋るんですね」

「そうかな? 読んでいるSF小説なんかをイメージして翻訳してみただけだが、不自然か?」

「いえ、そんなことは。ただ、私の思う皐月はもっとフランクだったので、ちょっと翻訳の感じの違いが面白いな、と」

「フランクか。私は皐月にそこまで友好的には思えないよ」

「それはその……」

 瑞穂は一瞬逡巡し、そして続ける。

「皐月が自爆して亡くなった相棒のことがあるからですか?」

 思い切って、瑞穂は尋ねたのだった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?