「それはその……」
「皐月が自爆して亡くなった相棒のことがあるからですか?」
その言葉に
凛の表情を見て、瑞穂は失敗した、と悟ったが、もはや吐いた言葉を飲み込むことは出来ない。
「その話、誰から聞いた? 今だと
瑞穂に注がれるその視線はもはや睨むに近く、もし視線に質量があったなら、瑞穂の脳を貫通していたかもしれないと思わせるほどだった。
「え、えっと……」
「すみません、
言っていいものか瑞穂が逡巡している間に、
「
有輝の言葉に、凛が虚を突かれたように驚く。
「随分ストレートに言いますね。まぁ、実際自分は可能な限り厄介ごとからは距離を置きたい性分ですが、これでも
「ちょっと調べる、で分かる事実ではないはずだが……。まぁいい。知られたからにはお前達には知る権利があるな。何せ君達が今の皐月クルーなのだから」
凛は嘆息し、話し出す。
「と言っても、君達が知った以上の事実を私も知らない」
一年前。あれは、まだ凛が高校二年生だった頃の話。
「こちら生徒会五番機、皐月。撃墜された貴部隊機の生存者なし。情報収集任務完了。
いつものように情報収集任務を終え、凛と彼の
太平洋上を
「なんだ、機密保持プログラム起動?」
突然、コンソール上に表示が出現し、WSOが素早く反応する。
「
「どう言うこと、解除出来る?」
「やってる」
WSOは慌ててコンソールを操作するが、機密保持プログラムは解除出来ない。そもそも、機密情報に触れられた場合に自動自爆するプログラムなので、解除出来るようには、出来ていないのだ。解除するには機密情報へのアクセスを止めるしかないが、凛にもWSOにも心当たりがない話だ。
「クソ、カウントダウンを始めた。三尉、君は
「そんな、では二尉は!?」
「私は皐月のデータを情報収集ユニットに逃してから脱出する。心配するな、すぐ追いつくよ」
「分かった。私は先に脱出してこちらの位置を浜松基地に知らせておく」
凛が
同時、ロケットモーターが起動し、キャノピを割って凛の座席が空中に投げ出される。
「メーデー、メーデー、メーデー。こちらは皐月、皐月、皐月。
メーデー。こちらの位置は北緯33東経140。方位
突然機体が自爆プログラムを起動させたためベイルアウトした。回収を要請する」
凛が空中で位置情報を確認しながら、無線機に向けて救援を要請する。
その眼下で皐月は情報収集ポッドを投下。
(やった、二尉が情報の保護に成功したんだ。さぁ、早く脱出を!)
直後、皐月が爆発。
「あ……あぁ……!」
射出座席が飛び出した形跡はない。
凛は爆炎の中から座席が飛び出すことを期待し、ずっと爆炎を眺め続けたが、爆炎が晴れた先には、もう何も残されていなかった。
「以上が、私の経験した全てだ。私はその時に頚椎を強く痛めてな、それで飛べなくなって、今は生徒会長なんて役目を任されている」
話し終えた凛が言葉を切る。
瑞穂は伝え聞くのと本人の口から聞くのとでは大違いと言うこともあり、絶句している。
「結局、機密保持プログラムが起動したのはなぜだったんです」
「残念ながら不明だ」
有輝の問いに、凛は静かに首を横に振る。
「不明って。情報収集ユニットは切り離せたわけでしょう? と言うことはコンピュータのアクセスログなんかも完全に残っていたはずだ。突然自爆したんですし、当然徹底的に調べられたはずですよね?」
「やけにこの件に興味を持つようだな、芝田二尉」
「皐月に乗る以上、無視出来ない事実です。自分も突然機体に自爆されたくはない」
「なるほど、納得だ」
凛は有輝の言葉に頷き、言葉を続ける。
「勿論、徹底的に調べたとも。だが、何一つとして原因らしき情報は出てこなかった。アメリカからメーカーまで呼びつけたというのに、出た結論は誤作動、だよ。ふざけてるだろう?」
「そんな。では自分達はいつ自爆するとも知れない機体に乗せられていたんですか?」
「非常に申し訳ないが、その通りだ。皐月はいつ人を乗せたまま自爆するか分からない危険な戦闘機だ。
そして、それが明らかになれば、誰も皐月には乗りたがらなくなる。だから、長谷川一佐はこの情報を重大な機密扱いにして隠した」
それを見つけるとは、君は探偵の素質があるな、と凛は有輝を賞賛する。
「嬉しくないですよ。でも、納得はいきました。確かに本田一尉の立場なら皐月の自我を認めたくないのは当然です」
「? どう言うこと?」
有輝の納得に対し、理解出来ずに首を傾げるのは瑞穂だ。
「自我を認めれば、皐月は意図的に二人を殺そうとした可能性が出てくる。それなら、自我を認めず誤作動ということにしておいた方が良い、そんなところでしょう?」
「あぁ。そうだ」
有輝の言葉に凛が頷く。
「今は?」
瑞穂が問いかける。
「今はどう思っているんですか?」
凛も皐月に自我があることを認めている。ならば、今の凛は皐月が相棒を殺したと思っているのだろうか。
「今、か。正直なところ、わからない」
凛は静かに首を横に振る。
「オートマニューバモードで初めて帰ってきた皐月は、自分は人を殺さない、と言った。皐月は嘘をついたのだろうか?」
「それは……」
その問いかけに、瑞穂はなんとも言えなかった。皐月は嘘をつくのだろうか。
皐月もハルシネーションを起こすことはあるのだろうか。
起こさないはずだ、と思うのは瑞穂の贔屓目かもしれない。
あるいは、起こさないとしても、皐月が明確に自我を持っているなら、それ故に人間的な理由で嘘を付く可能性も考えられた。
そもそも、皐月とLLMのような今広く知られているAIとではどう違うのだろうか、瑞穂はそこからしてよく分からなかった。瑞穂の贔屓目では皐月には明確な自我を持っているように見えるが、LLMを搭載したAIに自我を見出す人間もいるだろう。
「すまない。悩ませてしまったな。私の中でも答えは出ていない」
長考する様子の瑞穂に凛が謝罪する。
「もし嘘をつくなら、皐月は嘘をついてでも人を殺す存在ということになる。
嘘をつかないなら、皐月はあの時、自爆する必要があったことになる」
凛が続ける。
「自爆する理由があったとするなら、それはつまり、不正アクセスした人間がいるということを意味する」
「それは……けど、その状況で不正アクセス出来る人間なんて……」
「あぁ、私の相棒しかいない」
瑞穂の言葉に凛が頷く。
「そうか、情報収集ユニットを切り離す直前に自身が不正アクセスした証拠を消したと?」
「そういう仮説だ。だが、私はそれを信じたくない」
だから、とさらに凛は言葉を紡ぐ。
「私は皐月は嘘をつくかもしれないという考えに偏っている。これは君達が出発する直前に言葉少なく警告するつもりだったが、今のうちに言っておこう。
気をつけろ。皐月の言葉を信じすぎるな。皐月は賢いコンピュータだ。ともすれば我々すら謀ろうとするかもしれない」
そこにいた凛の表情はいつもの生徒会長の顔ではなかった。
きっとこれが相棒を殺されたパイロットの顔なのだろう、と瑞穂は思った。
凛はそれ以上何も言わなかった。有輝も瑞穂も何も言えなかった。
そのまま凛が格納庫の外に向けて歩き出したのを見て、この場が解散となったことを理解した。
それから何事もなく日本での最後の一日が過ぎていった。
四人の連携は確実なものとなり、そして旅立ちの時がやってくる。