フランスからの突然の申し出に、伊藤博文は一瞬、言葉を失った。フランスが日英同盟の存在を知っていることは間違いない。そして、イギリスとフランスはアフリカでの植民地争奪戦を繰り広げているのは周知の事実だ。もし、今、フランスと手を組んでしまえば、イギリスへの裏切り行為として、国際的に大きな波紋を呼び起こすことは必至であった。
イギリスと対立すれば、まず間違いなくインドを拠点に攻め込んでくるだろう。そうなれば、日本はその強大な軍事力に晒され、戦争を避けることはできなくなる。
伊藤博文は冷静に考えた末、フランスへの答えは一つしかないと決断した。「イギリスとの同盟を破るわけにはいかない」。彼はその決断を即座に伝えた。
フランスからは「仕方がない」という返事が返ってきたが、それがまた伊藤博文を少し安心させた。フランスもまた、切羽詰まった状況に追い込まれているのだろう。ロシア帝国、ドイツ、オーストリアの三国に囲まれ、まさに藁にもすがる思いで日本に接近してきたのだ。もし、この時、伊藤博文がフランスと手を組んでいたならば、間違いなく世界大戦を引き起こす引き金になっていたはずだった。何とかその危機を避けられたことに、ひとまずホッと胸を撫で下ろした。
しかし、安心している暇はない。伊藤博文の目はすでに次の戦略に向けられていた。国内の経済は、女性の社会進出を推進することで順調に回り始めていた。これからは、より一層、国力を高めるための政策を進めるべきだと感じていた。だが、今は平和な時期にあり、軍備の拡充には反対意見が多く出るだろう。国民の理解を得るには、どうしても何か別の方法が必要だ。そこで、ふと閃いたのが「シネマ」という新しい発明であった。
シネマ——その名前が示す通り、映像を投影する技術だ。伊藤博文は、この新しいメディアが持つ可能性を見抜いた。映画なら、戦争の英雄的な姿を描くことができるし、何よりもそれが国民に強く印象を与えることだろう。映画を使って、戦争を肯定的に描くことで、国民の戦争への意識を高めることができるのではないか。映画はただの娯楽ではなく、国を動かすための強力なプロパガンダの道具となる可能性を秘めていた。
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公開初日。伊藤博文は現地に足を運び、映画館の盛況ぶりを目の当たりにした。その光景に、心の中で満足の笑みを浮かべる。彼は、自分のアイディアがうまくいくことを確信していた。映画のスクリーンに映し出される、アメリカを制圧した日本軍の勇姿、そして日本の領土拡大が描かれている。その映像は、観客の心をつかみ、自然と日本への誇りと戦争への意欲を呼び覚ますだろう。
だが、側近の一人が小声で尋ねてきた。「本当にうまくいくのでしょうか?」その質問に対して、伊藤博文は少しも動じることなく、堂々と答えた。「何を弱気になっている。成功するに決まっているだろう」と。その言葉には、自信と確信がにじみ出ていた。
側近は少し不安そうな顔をしていたが、やがてその懸念は杞憂に終わった。公開後、映画は予想以上の反響を呼び、新聞にも大々的に取り上げられた。「我が国の領土アメリカ観光のすすめ」「わが軍の大活躍を見よう」といったタイトルで、映画の内容が褒め称えられた。映画は、ただの娯楽ではなく、戦争の正当性と日本の強さを国民にしっかりと印象づけることに成功した。これで世間は戦争に対して前向きな意識を持つようになるだろう。伊藤博文は、自分の手腕を誇らしく思いながら、その成功に満足していた。
そして、次のターゲットは決まっていた。伊藤博文は確信していた。次の戦争も、確実に勝てるだろう。そう思うと、胸が高鳴り、自然と笑いがこみ上げてきた。