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【伊藤博文・勝海舟】イギリスに追いつけ、追い越せ

 伊藤博文は、西郷隆盛と勝海舟の二人を一時的に呼び戻していた。三人は、大広間に集まり、広げられた世界地図を囲んでいた。地図上には、帝国の未来を決定づける重要な海路が示されていた。彼の頭の中には、すでに明確なビジョンがあった。島国である大日本帝国の発展のためには、何としても海路を確保しなければならない。そして、それを実現するために必要なのが、いわゆる「シーパワー」と呼ばれる海軍力の強化であった。



 伊藤博文の視線が地図の上を滑りながら、イギリスの支配する制海権に止まった。彼はその支配を破るために、いかにして大日本帝国が追いつくかを考えていた。現在、イギリスは世界の海を支配しており、その勢力圏に足を踏み入れることが、帝国の未来を左右する鍵となる。しかし、どうすればその壁を突破できるのか。



「それで、次は中米がターゲットでいいか? 何か問題点は?」伊藤博文は、二人に問うた。



「いいえ、ありません。陸軍の活躍の場がないのが残念ですが……」西郷隆盛は少し不満そうに答えた。彼は、戦いの場が海であれば、陸軍の力を発揮できないことに物足りなさを感じていた。だが、彼の言葉はすぐに勝海舟によって遮られた。



「そう落ち込むな。海軍が勝てば、南アメリカへの進出が可能になる。それが実現すれば、今度は陸軍の出番だ」と勝海舟はにやりと笑いながら言った。勝の声には、少し挑戦的な響きがあった。その言葉の裏には、常に冷静な判断を下す西郷に対する少しの皮肉が込められているように思えた。



「お前、黙っていれば――」西郷隆盛が怒りを露わにして拳を振り上げたが、すぐにその勢いを押さえた。



「そこまでだ! 身内で喧嘩してどうする。勝、中米の中でも、パナマをわが領土にするのが最大の目的だ。それ以外に欲張るなよ」と伊藤博文は鋭く言った。その一言に、西郷と勝は共に黙った。伊藤博文の視線は厳しく、二人を一喝することでその場を収めた。



「当たり前です」と勝海舟が答えたものの、その口調には少しの不満が混じっていた。しかし、伊藤博文はその様子を無視し、心の中で一つの不安を感じていた。勝海舟があまりにも大胆すぎることは、時として予期せぬ結果を招くことがあったからだ。


**


 勝海舟がパナマの地に足を踏み入れたとき、彼は内心で物足りなさを感じていた。目の前に広がるのは、ほとんど抵抗もなく降伏する敵軍の姿だ。まるで、戦争とは言えないような状況だと彼は思った。敵軍の兵力が余りにも貧弱で、まるで赤子の手をひねるようなものだった。こんな戦争をしていても、何も得るものはないと思った。だが、伊藤博文から釘を刺されていることを思い出し、彼は一旦その思いを抑えた。



 しかし、心の中では次の一手を考えていた。パナマを降伏させた後、その勢いを借りて南アメリカへ進出することもできるかもしれない。もし奇襲が成功すれば、南アメリカ大陸で新たな領土を得ることができるかもしれないと考えた。だが、勝海舟はその考えを口に出すことなく、ひとまず眼前の戦に集中することにした。



「勝先生、そんなこと考えちゃ駄目ですよ。目の前の戦に集中しないと」と、突然声をかけられた。振り返ると、そこには愛弟子である坂本龍馬が立っていた。どうやら、彼の表情に浮かぶ微妙な違和感を龍馬は見逃さなかったようだ。坂本龍馬の言葉には、まるで父親を戒めるかのような優しさが込められていた。



 勝海舟はその言葉を受けて、しばし黙った後、静かに頷いた。「そうだな、龍馬。お前の言う通りだ。目の前の戦に集中しよう」と、彼は自分に言い聞かせるように答えた。弟子からの言葉が、彼の心に静かな安堵をもたらした。まさか、弟子に戒められる日が来るとは、勝海舟も思ってもみなかった。だが、その成長を素直に喜ぶべきだと感じていた。


**


 伊藤博文は勝海舟からの連絡を受けて、ほっと胸を撫で下ろした。無茶をせず、冷静に戦を進めていることが確認できたからだ。勝海舟のことだから、少し突拍子もない行動を取るのではないかと心配していたが、思ったよりも慎重に進めているようだった。これで、大日本帝国はパナマ海峡という戦略的な要地を手に入れることができた。これにより、ヨーロッパへの海路が開け、帝国の発展に一歩近づいたことは間違いない。



「これから忙しくなるぞ」と、伊藤博文は心の中で呟いた。次々と迫る大きな決断に、彼の胸は高鳴っていた。

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