「しかし、こんな形でマンモスと会うことになるとはな……」
福井はマンモスの頭部を撫でながら、深い感慨に浸っていた。その巨大な牙は今なお威圧感を放ち、時を超えた力強さを伝えている。彼の頭には、何万年も前の氷河期の情景が浮かび上がっていた。無数のマンモスが広大なツンドラを闊歩し、原始の人類と対峙する――人類が生き残りを賭けて狩りを行い、その結果、マンモスたちは絶滅に追いやられた。進化と適応の歴史の中で仕方のないことだったが、それでも福井は、この壮大な生物が地上から姿を消したことに、言いようのない寂しさを感じていた。
彼がそんな思索に耽っていると、遠くからザクザクと雪を踏みしめる足音が聞こえてきた。音は次第に大きく、はっきりとしたものになり、その数から複数人が接近していることがわかった。柿沼と浅田が戻ってくるには早すぎる。しかも、彼らならもっと軽い足取りのはずだ。警戒心が福井の背筋を緊張させる。
「まさか、マンモスを横取りに来たのか……?」
彼は息を詰め、音の方向を凝視した。視界の端、崖の上に現れたのは、毛皮のコートで身を包んだ数人の現地人だった。風が彼らの衣服を激しく揺らし、雪煙が舞い上がる。現地人たちはじっと福井を見下ろし、無言のまま立ち尽くしている。
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その頃、柿沼は勝海舟の執務室で状況を説明していた。雪嵐と過酷な探索に疲労をにじませながらも、彼の声には使命感が宿っていた。
「そういうわけで、人手が必要なのです。福井教授の発見を確実にするためにも、追加の採掘員が必要です」
勝海舟は腕を組み、眼光鋭く考え込む。だがその表情は次第に柔らかくなり、口元に微かな笑みが浮かんだ。旧友である福井の夢がついに実現する――その事実が、彼の心を喜びで満たした。
「なるほど、福井の計画は成功したわけだな。もちろん、採掘員の一部を追加派遣しよう。だが無理は禁物だ。一部を持ち帰れば十分だ。残りは場所を記録し、他国に売る算段をしよう」
国益と科学の進歩を天秤にかけながらも、勝海舟は冷静に最善の手を打った。
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柿沼と浅田は、数十人の採掘員を引き連れ、再び福井のもとへと向かっていた。冷たい風が彼らの顔を打ち、雪が足元にまとわりつく。それでも二人は黙々と歩き続けた。
「それにしても、あの人の執念はすさまじいな……」柿沼は呟いた。福井の研究に対する情熱は、単なる職務を超えた信念のように思えた。
「学者は研究に命をかける、とは聞いていたが、ここまでとはな」浅田も感嘆と呆れの入り混じった表情を見せる。
そんな会話をしていると、前方から微かな音が風に乗って聞こえてきた。最初は雪嵐のせいかと思ったが、耳を澄ますと明らかに掘削音だ。
「なあ、何かおかしくないか? 音がマンモスの方から聞こえるが……」
浅田は眉をひそめ、柿沼に問いかけた。その表情には不安がにじんでいる。
「まさか、教授が一人で掘っているのでは!? やっぱり一人にすべきじゃなかった!」
二人は顔を見合わせると、焦燥感に駆られて駆け出した。白銀の世界を突っ切り、息を切らしながら辿り着いた彼らの目に映ったのは――福井が現地の人々と共に、マンモスの頭部を掘り起こしている姿だった。
「おお、二人とも! いいところに来てくれた。手伝ってくれ!」
福井は汗に濡れた額を拭いながら、笑顔で手を振る。周囲には現地人たちがシャベルやツルハシを手に、一心不乱に作業を進めていた。
「教授、これは一体……?」
「ああ、彼らに身振り手振りで協力を頼んだんだ。そうしたら快く手伝ってくれてね。ありがたいことだよ」
柿沼と浅田は、福井の情熱と行動力に呆れ返りながらも、同時に深い敬意を抱いた。
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「ほう、これがマンモスの牙か」
伊藤博文は、執務室に運び込まれた巨大な牙をまじまじと見つめていた。太古の息吹を今に伝えるその遺物は、時空を超えたロマンを漂わせている。
「それで、発掘主には十分な報酬が支払われたんだろうな?」
「もちろんです」と側近は即座に答えた。「大久保大臣によれば、アラスカ購入費用の一部も回収できたとのことです」
伊藤博文は満足げに頷く。科学の発展と国益が両立した今回の成功は、きっと大日本帝国の未来に光をもたらすだろう。彼の目には、新たな時代の幕開けが確かに見えていた。