広大な荒野に吹く風は、熱気を孕んで肌を刺すようだった。数週間にわたる捜索は虚しく、無法者たちの姿はまったく見えない。乾いた大地は、ただ無言で彼らの歩みを吸収し、冷笑するかのように荒涼としていた。福井の眉間には深い皺が刻まれ、額には焦りの汗が滲んでいた。
「くそっ、一体どこに隠れているんだ……」福井のつぶやきには、苛立ちと焦燥感が滲んでいた。探しても探しても成果がない。時間だけが無情に過ぎていく。
その隣で柿沼は、静かに彼の様子を観察していた。やがて、彼は穏やかな口調で言葉を発した。「教授、焦ってもいいことはありませんよ」
まるで福井の心の中を見透かしたかのようなその言葉に、福井は一瞬ハッとした。柿沼の眼差しには、焦りを抑えようとする静かな覚悟が宿っていた。
西本は相変わらず無言で、腕を組んで立っていた。その姿はまるで荒野に立つ銅像のように動かない。彼の顔には冷静さだけがあり、焦りや疲れの色は一切見えない。その佇まいが、逆に福井の神経を逆なでする。
その時、不意にビューッと風が吹き抜けた。荒野の風は乾燥しているはずなのに、どこか鋭く湿った臭いが混じっていた。鼻を突く刺激臭が、福井の感覚を呼び覚ます。
――火薬の臭いだ。
瞬間、福井の心臓が高鳴った。「奴ら、かなり近くにいるらしいぞ!」
興奮を抑えきれず、彼の声はわずかに震えた。
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、パーンと鋭い音が荒野に響き渡る。乾いた銃声が、地平線にこだまして消えた。
「教授、あいつら、敵対者同士でドンパチやってます!」柿沼が叫びながら、手のひらで汗を拭った。「捕まえようにも、こっちはツルハシしかないんですよ! 無茶ですって!」
福井の足が前に出そうになった瞬間、柿沼が腕を掴んで引き留めた。緊張と焦燥が二人の間に張り詰める。
しかし、その張り詰めた空気をものともせず、西本は静かに二人の横を通り過ぎた。撃ち合いの音がする方へ向かって、迷いなく足を進める。
「おい、西本!」柿沼が慌てて呼び止めるが、西本は足を止めなかった。
そして、冷静に胸ポケットに手を差し入れ、そこから小さな拳銃を引き抜いた。鈍く光る金属が夕日に反射し、冷たい輝きを放つ。
「だから、言ったでしょう?」西本の声は氷のように冷たく、しかし不思議なほど静かだった。「二人は無計画すぎると」
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西本の鋭い眼光と冷静な判断は、まさに職人技の域だった。彼の拳銃は迷いなく標的を捉え、発砲の瞬間には無駄な動きが一切なかった。まるで計算された機械のように、しかしそこには人間の冷徹な意志が込められていた。
数発の銃声が響いた後、無法者たちの叫び声と武器が地面に落ちる鈍い音が、静寂を呼び戻した。荒野に舞い上がる砂埃が収まり、そこにはすでに抵抗を諦めた男たちが跪いていた。彼らの肩は落ち、虚無に満ちた表情が夕日の赤い光に照らされている。
西本は落ち着いた足取りで彼らに近づき、手錠をかけた。微かな金属音が、捕縛という現実を彼らに突きつける。捕らえられた無法者たちの視線は虚ろで、そこにはもう反抗の意思すらなかった。
「西本さん、本当にありがとうございます。助かりました」その声には安堵と、深い感謝が込められていた。
西本は振り向き、表情を崩さぬまま静かに頷いた。そして、淡々とした口調で答えた。「仕事をしたまでです」
短い言葉。しかし、その背後には揺るぎない信念と誇りが垣間見えた。自分の役割を果たし、期待に応えた者だけが持つ静かな自負――それが西本の言葉には滲んでいた。
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柿沼の瞳は歓喜に輝き、声を震わせながら叫んだ。「教授、これを見てください! 恐竜の化石ですよ!」
彼の手は震え、興奮を抑えきれない様子で地面に埋もれた化石を指差している。砂にまみれた岩石の隙間から覗く骨は、悠久の時を超えてその姿を現していた。恐竜の化石、それはロマンと知的好奇心を満たす発見だった。
福井は息を呑み、手袋を嵌めた指先で慎重に化石に触れた。その硬い感触が、彼の胸に高鳴りを響かせる。長年の研究と探求が、今ここに結実しようとしている――そんな予感が脳裏を駆け巡った。
「もしかしたら、新種かもしれない……!」福井の声は熱を帯び、目が輝いた。「そうなら、フクイサウルスと名付けよう。私の偉業を後世に残すために!」
彼の言葉には研究者としての夢と誇りが滲んでいた。自分の名前が未来永劫、学会に刻まれる――その瞬間を想像し、胸が熱くなった。
しかし、その興奮を切り裂くように、西本が冷静な声で割って入った。「福井さん、興奮しているところ申し訳ないが、これは政府が押収します。それに、その名前では福井県で見つかったと誤解されかねません」
彼の口調はいつも通り淡々としていたが、言葉は容赦なく現実を突きつけた。西本の視線は、熱狂の中にいる福井を冷静に見据え、義務と規律を優先するという彼の信念を物語っていた。
福井の顔から、ふっと力が抜けた。期待が弾け飛び、肩がわずかに落ちる。夢が手のひらから零れ落ちる瞬間の虚しさが、彼を襲った。しかし、彼はその感情に呑み込まれることなく、すぐに顔を上げた。
「まあ、仕方がないさ……」福井は軽く息を吐き、空を見上げた。そこには、広がる青空と乾いた風が彼の頬を撫でる。「我が国の領土が広がれば、調査範囲も広がる。いつか、この手で必ず新種を発掘するさ」
その言葉には挫折を乗り越える強い意志が込められていた。彼の瞳には再び光が宿り、研究者としての飽くなき探求心が燃え上がっていた。