義昭は小早川隆景の行動に戦慄を覚えた。隆景が両手を振り上げると、ゴゴゴ……と重低音が森林に鳴り響く。
「毛利水軍の威力、とくとご覧アレーーー!」
どこからともなく大量の水が流れてきた。それは鉄砲水と呼んでも良いレベルであった。装甲車がグワングワンと揺れる。これがロケバスだったら、この大量の水で流されていただろう。
鉄砲水は植物系モンスターを洗い流す。それとともに隆景もどこかへと流されていった……。
「……終わりよければすべてヨシ! でおじゃる」
「隆景くんフォーエバー。きみのことはきっと忘れない」
「ふふ……なかなかに豪快な去り方だったでござる」
「うきー」
装甲車に乗ったままのヨッシーたちは水に流されてしまった隆景に敬礼する。
"無茶しやがって!"
"嵐のように去っていったな"
"絵としては面白かった"
"水魔法って使いどころ、難しいな?"
"俺、氷魔法使いになりたい"
"でも、漫画の中の氷魔法使いってしょっぱいの多くね?"
"使いようによっちゃ最強格だろうけど、そういうキャラって作者が持て余すじゃん?"
"やっぱ、ノッブみたいに火魔法使いが一番無難だなガハハ"
コメント欄をぼーと眺めていると、スマホがぶるぶると震えた。スマホを取り出し、画面を開くと、隆景からメッセージが届いていた。
『わんもあチャンスをくだされ!』
「帰れ! そのまま母なる海まで帰ってしまえでおじゃる!」
『なぜ、そんなに邪険に扱うのですか!? こんなにもお慕いしているというのに!」
「うっさいわい! また何か企んでおるのじゃろ?」
『……』
「図星かよ! はよ帰れでおじゃる!」
ヨッシーはLINEアプリを閉じる。スマホを懐に仕舞った後、皆で装甲車の外へと出る。
隆景のおかげで植物系モンスターは全て洗い流された。これで道は開けた。あとは悪い魔法使いを倒すだけとなる。
「いやあ、なんともすさまじい威力の水魔法でしたね」
「ふんっ。いい格好しようとして、自分も流されたのじゃ。自業自得というやつじゃ」
「おやおや……ヨッシーは隆景くんを毛嫌いしてるのですね? 理由をお聞かせ願えますか?」
ノッブはどうしたん? 話を聞こうか? モードになっている。隆景のことを思い出すと腹が立ってきて仕方がない。
その感情を隠さずに、ノッブに愚痴を聞いてもらう。
「あいつ、最初はわっちを受け入れられぬと突っぱねてたくせに、その後、手のひらをクルクルさせた信用ならぬやつじゃ!」
戦国時代において、ヨッシーはノッブの手から独立しようとした。それでもノッブは丁寧にこちらを説得してきた。
何度も救いの手を差し伸べてきた。それに対して、自分は意固地になってしまった……。ノッブとの和睦は破談となり、ついにヨッシーは京の都から追放された。
その後、流浪することになった。そんなヨッシーが頼ったのが毛利家である。しかし、毛利両川のひとりである小早川隆景はヨッシーからの要請を何度も断った。
しかし時が流れると、織田家と毛利家の衝突が避けられぬものとなった。そうなってから、毛利家はヨッシーを御旗に掲げると言い出した。
「あやつは……わっちを利用しただけでおじゃる! ノッブ殿には愛があったでおじゃる。でもあいつには愛など欠片もなかったでおじゃる!」
「手放すとなると惜しくなるタイプなんでしょうね」
「わっちはノッブ殿を盟友としておるのじゃ。今さら、毛利家の世話になる気はないのじゃ」
ヨッシーがそう言うと、ノッブがにやにやとしだした。ヨッシーは口を滑らせたと思うが、後の祭りである。ノッブがどんどんこちらへと近寄ってくる。
こちらが数歩下がると、向こうも数歩近づいてくる。背中が装甲車の側面に当たる。逃げ場所はもう無い。
それでもノッブが近寄ってきた。いわゆる壁ドンをしてきた。さらには空いた手でこちらの顎をクイッとされてしまう。
「ふふっ、可愛いですね、ヨッシー」
「ぐぬぬ! あくまでも政治的な盟友じゃ!」
ドンっと手でノッブを突き飛ばす。ノッブが少しだけよろめくが、体勢を整えて「ふっ……」と呟いている。
「つれない御方です、ヨッシーは。まあ、今はそういうことにしておきましょう」
「ぐぬぬ……」
胸がドキドキして仕方ない。自分の気持ちをごまかすようにノッブを睨んでみた。そうであるというのにノッブは大人の余裕を見せつけてくる。
「さあ、先に進みましょう」
ここからは徒歩となった。植物系モンスターが散発的に踊り出てきたが、現れるや否や、ノッブが火炎球で焼き払ってくれた。
"ノッブが主人公ムーブすぎるぜ"
"俺がヨッシーだったら、とっくに落ちてる"
"抱かれてもいい政治家No1はノッブ"
"抱きたくない政治家No1はJCになる前のヨッシー"
"今のヨッシーは抱きたい政治家No1になる……のか?"
"むずかしいところだな。これでもうちょっと可愛げがあればなあ……"
"今のところ、ツンしかないもんな"
"ヨッシー。デレてるところも見せて?"
国民はいつでもエンターティメントを求めているといって過言ではなかった。「まったく……」と零してしまうしかない。
コメント欄を横目にしながら、ノッブの後に続く。ノッブの横をミッチーが陣取っている。ミッチーは拳銃を片手にノッブを援護していた。
ミッチーが拳銃を使っていることに誰も驚かなくなっている。これが慣れなのかと思うと、恐ろしくも思えてくる。
背筋にうっすらと寒さを感じてしまう。身体を自分の手でさする。
「うきー」
「おお、サル殿。どうしたのおじゃる?」
「うききー」
サルがこちらを気遣ってか、てくてくと歩いて近づいてきた。彼を両手で抱え、抱っこする。きゃっきゃと幼子のように喜んでくれている。
「ふふっ。心細くなっているわっちを元気づけてくれるわけじゃな?」
「うきー、うきー♪」
なんとも人たらしなサルである。手乗りサルの姿になっても、秀吉はひとの気持ちに敏感なのだろう。
なんとも愛くるしい姿を見せてくる。何度もほっぺたにキスしてきた。いい子いい子と頭を撫でておく。
◆ ◆ ◆
森林ダンジョンの中をヨッシーたちは突き進む。しかし、この森林ダンジョンのボスである悪い魔法使いにはなかなか出くわさない。
疲労感がだんだんと溜まってきていたのか、ノッブがいきなり片膝をつく。この時ばかりは彼のことが心配になって、サルを放り投げて、ノッブに無警戒に近づいてしまった。
「大丈夫でおじゃるか!?」
「はぁはぁ……いきなりズシンと疲労が一気に来ました」
ノッブの顔には鈍い汗が流れている。呼吸も荒い。ノッブを介抱していると、後ろから足音が近づいてきた。
そちらに目をやる。そこには腰に手を当てて、胸を張ってふんぞり返っている女神がいた。
「ふふんっ! 油断したわね!?」
「この駄女神、なんで悪者みたいな台詞を吐いているでおじゃる!?」
「あなたたちは無警戒に森林ダンジョンの奥地に足を踏み入れたわっ! さあ、ここが正念場よ!」
「どういうことでおじゃる! 説明責任を果たせでおじゃる!」
まるで話にならない。勝手に女神のみが盛り上がっている。こちらの最大火力を誇るノッブが動けなくなったというのに。
だが、女神が言いたいことは他にもありそうだった。女神をキッと睨む。
女神が余計に鼻を高くしてきた。さらにはある方向に向かって、彼女が指差した。その所作に誘導されて、視線をそちらに向けた。
「森林ダンジョンのボスのご登場よ! さあ、本日のラストバトル開始ねっ!」
「チョオマ! こっちはノッブ殿が動けないのに!」
「あいつは悪い魔法使いオズワルド。こちらが疲弊するのをじっくり待っていたの!」
「説明感謝でおじゃる。てか、女神様はこのタイミングで悪い魔法使いが現れるのがわかっていたのでおじゃる?」
「当然よっ。わたくしはゲームマスターよ? こいつの登場フラグを作ったのはわたくしだもん!」
「この駄女神がーーー!」
"これは悪いゲームマスターの基本"
"ボスの登場フラグがなかなかにえげつないな"
"さすがは難易度SSダンジョン……だな?"
"凝ってるといえばそうだけど、普通のゲームならクソゲー待ったなし"
"盛り上がってまいりました"
"今度こそ、ヨッシーのサービスシーンを頼むっ!"
"期待してるからな!? 悪い魔法使い!"
"全裸待機"
「ヨッシー……先生の最後の力を託します。解析魔法アナライズ! 悪い魔法使いの情報を開示させよ!」
ノッブが片膝をつきながらも悪い魔法使いのパラメーターと弱点が表示してくれた。
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名前:悪い魔法使いオズワルド
攻撃力:23
防御力:27
素早さ:30
魔力 :20000
スキル:召喚術
弱点 :お姫様(処女に限る)
属性 :百合もの
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ヨッシーは正直、目を疑った……。
「あの……この森林ゾーンのボスでおじゃるよね? なんじゃこの弱点は!」
「ChatGPTに設定を作ってもらったのよ! 本当に便利ね!」
「ゲームマスターのくせに何を手抜きしておるのじゃ!」
「なによ! このオープンワールド式ダンジョンはとても広いの! こんな序盤用のボスのためにこのわたくしがわざわざ時間を使って設定を練る方がおかしいでしょ!?」