心底、疲れた。首相公邸に帰って、ゆっくりと身体を休めたい。
だがノッブが戦利品をいただきましょうと言って、悪い魔法使いの住処へと向かっていく。先ほどまで動けなかったくせに戦闘が終わると元気を取り戻したようだ。
「ゲームをしている時に思うのじゃが……いくら悪者相手といえども、戦利品を漁るのは気が引けるのじゃ」
「確かに非道な気がします。でも戦国時代では死体漁りなんて、当たり前だったじゃないですか」
「今は現代日本じゃぞ。あの頃の常識を今の時代にもってくるのは……」
「言いたいことはわかります。でも、先生たちは調査に来ているんです」
「建前はわかったのじゃ。本音は?」
「ひゃっはー! お前の物は俺様の物。俺様の物は俺様の物!」
「ジャイアンかい!」
重い足取りのまま、ノッブたちの後をついていく。ノッブとミッチーは悪い魔法使いの住処へ土足で侵入する。
作業部屋と思わしき部屋の机にはビーカーや試験管、さらには分厚い本が置いてあった。ノッブがその本を手に取り、ぺらぺらとめくる。
彼は気が済むと、それをミッチーに手渡す。ミッチーはどこから持ってきたかわからない段ボールにその本を仕舞う。
現場はまさに警察の家宅捜査に似ていた。段ボールの中身がどんどん増えていく。
一つ目の段ボールが満杯になると、ミッチーがそれを持ち抱えてノッブが開いたゲートの向こう側へと持っていく。
戻ってきたミッチーは空の段ボールを持って戻ってきた。
「もしかして……ここにあるもの全部、持っていくつもりなのかえ?」
「いいえ? めぼしいものだけです。ちゃんと選別はしてますよ?」
「本当か? わっちの目では手あたりしだい漁っているようにも見えるのじゃが?」
「失礼ですね! 全部持っていくつもりだったら、そもそも自衛隊を呼んで、このログハウスごと運んでもらいますよ!」
「あっはい」
ノッブの言うことはもっともだった。「口を動かさず、手を動かす!」とノッブから言われ、自分も悪い魔法使いの住処を漁り始めた。
ノッブたちが漁っている場所とは別の場所を調べる。目の前にはビーカーや三角フラスコが収められている戸棚があった。
その戸棚の引き出しを開ける。すると、そこには大きな宝石らしきものがあった。手のひらから少しはみ出るサイズで楕円形であった。卵のようにも感じた。
「ふむ? これはなんじゃ?」
「どれどれ? わたくしに見せて」
女神がいつの間にか自分の後ろに立っていた。宝石っぽいものを手渡す。女神の目がキラキラと輝いた。
「レアアイテムなのかえ?」
「うんっ! すっごいレアアイテムよっ! オープン・パラメーター!」
女神が鑑定してくれた。彼女が手に持っている宝石っぽい物のステータスが虚空にスクリーンとなって表示された。
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名称 :グリーンドラゴンの卵
スキル:毒付与Lv10
補足 :孵化させればドラゴンベイビーが手に入るわよ!
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ヨッシーは目を疑った……。とんでもないものを手に入れてしまった。これは手に余ると思えた。
「ノッブ殿……」
「ヨッシー、グッジョブです!」
ノッブがニコニコ笑顔になればなるほど、こちらは渋面となってしまった。ノッブは確実にこれを現実世界へと持ち帰ろうとするだろう。
だが、これはドラゴンの卵なのだ。さらにはグリーンドラゴンのそれである。どう考えても厄介ごとを抱えることになる。
"なんでヨッシーは逡巡してるんだ?"
"グリーンドラゴンって言えば毒ガスを口から吐くやつな?"
"あっ察し"
"ノッブなら孵化させようとするだろうね"
"あばば……"
"ヨッシー、ノッブを止めてー(´・ω・`)"
コメント欄もノッブを今のうちに止めろと慌てふためいているのがわかる。しかし……ノッブを止められる者など、この日本には存在しない!
「
「チョマテヨ! 嫌な予感しかしないでおじゃるよ!?」
「ドラゴンなんて想像上の世界のモンスターです。外界に持ち出して、さらには孵化に成功させたとなれば軍事転用に使えます」
"ほらなー"
"知ってた"
"ノッブならやってくれる"
"さすがノッブだぜ(ごくり)"
しかし、ここでミッチーがノッブに待ったをかけた。ミッチーは極めて平静にノッブに忠言してみせる。
「ノッブ様。毒ガスや細菌兵器は国際法で使用禁止です。グリーンドラゴンの軍事転用は国際社会が認めません」
"ミッチーが珍しく常識枠"
"まだだ……油断するのは早い!"
"装甲車でゴーレムを轢き殺して、5.56機関銃MINIMIで死体撃ちするミッチーだぞ!"
"ミッチーに期待"
「あーーー。グリーンドラゴンは毒属性でしたね……レッドドラゴンなら……?」
「火炎放射器はギリセーフでござる。戦闘に使うつもりはなかったけど、しかたなく……ね? って言えばギリセーフでござる」
「ではレッドドラゴンの卵が無いか探しましょう!」
「はい。さすがはノッブ様です」
"ミッチー、安心の非常識枠"
"さすが俺たちのミッチー"
"世界がドラゴンの炎に包まれちゃうー"
"終わりの始まり……"
"レッドドラゴンさん、逃げてー(´・ω・`)"
ミッチーはやはりミッチーであった。こちらの心配をよそにノッブたちが他にも有用なものがないか探している。
力なくうなだれるしかない。他の戸棚を漁ることにした。物騒な物が出てこないことを祈りつつ……。
「これはなんじゃろうか。お守り?」
「こちらは普通のレアね。耐性UP系の護符ね」
過剰な装飾がなされたお守りっぽい物を女神に渡すと、女神が鑑定もセットで解説してくれた。
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名称 :火除けの護符
スキル:火耐性Lv2
補足 :天ぷらを揚げている時に火事の心配がなくなるわよ!
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名称 :水除けの護符
スキル:水耐性Lv3
補足 :夏場に海やプールに持っていくと溺れる心配がなくなるわよ!
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名称 :子宝の護符
スキル:一発妊娠
補足 :コンドームが破けるわ!
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「チョマテヨ! 最後のこれ、あかんじゃろ!」
「ん? 一定の水準を超えた文明って、必ず少子化に悩まされるじゃない? これは少子化対策になるわよ?」
「アホかっ! 望まぬ妊娠のほうがよっぽど問題になるわい!」
「明るい家族計画ってやつー?」
「その通りじゃドアホ!」
"子宝の護符、恐ろしいな……"
"これ、女性側がこっそり持ってたらと思うと……"
"嵌めたつもりが嵌められたってやつやな"
"俺、気を付けるわ"
"その前に彼女作れ"
"ああん!? 聞き捨てならねえなぁ!?"
"脳内彼女乙"
"右手が彼女"
"オナホールに名前つけてそう"
"びきびきぃ!"
コメント欄が賑やかになっている。それとともにほんのりと内閣支持率が回復していた。なにはともあれ、こういうレアアイテムの発見は視聴者には喜ばしいようだ。
不穏な物もあったが、魔法使いと称する者の住処を漁ったのは正解であった。これでダンジョンの調査もいくらかは進むであろう。
ここでふと、疑問が生じた。その疑問を女神にぶつけてみた。
「こちらの世界にあるものを、わっちたちの世界に持ち込んでも、そのアイテムの効能はそのまま発揮されるのかえ?」
「良い質問ね! それは……」
「それは?」
「秘密っ!」
「ズコーーー!」
「ふふっ。良いずっこけっぷり!」
「この駄女神がーーー!」
女神が嬉しそうに「キャーーー! ヨッシーに犯されるーーー!」と叫んでいる。こちらは「ぐぅ!」と唸るしかない。
先ほどまで、こちらをからかっていた女神がそれを止める。そして、至って真面目な雰囲気でこちらに言ってくる。
「実のところ……実際にヨッシーたちの生きる世界で試してほしいの」
「ほう? それはどういう意味じゃ?」
「わたくしはあくまでもこっち側の世界のゲームマスターなの。こちらで手に入れた物をそっちでどう利用できるかまでは干渉できないの」
「すごく大事なことを言われた気がするでおじゃる」
「うん。とっても大事なこと。だから、ヨッシー。この子宝の護符を使ってみて? もちろん、コンドームを装着してね?」
「おぬし! うちにはすでに娘が2人おるのじゃ! 今のところ、3人目の予定は無いのじゃ!」
「あら残念。でも一男二女って言うじゃない?」
「そ、それは……」
女神はなかなかに口が上手い。男の子が欲しいという願望があるのは確かだ。しかし……嫁は二人目を産んだ後、セックスレスになってしまった。
「つかぬことを聞くのじゃが……ヤル気がない嫁をその気にさせる護符はあるのかえ?」
「んもう、ヨッシー。ヤル気満々じゃない! このすけべっ!」
「う、うるさいのじゃ! 3人は産んでもらうのが国民の義務じゃ!」
"ヨッシーの大失言いただきましたー!"
"これは炎上待ったなし!"
"時代錯誤もいいところ……だぜ"
"俺ですらひとりも子供がいないのに……"
"お、おう。それはどんまい"
"だからまずは彼女から作れって"
"表出ろ。キレちまったぜ……"
"少子化対策って結局のところ、まずは結婚からだよな?"
思わず失言してしまった……。コメント欄が荒れに荒れている。少子化対策は本当に難しい問題だと改めて感じた。
もちろん内閣支持率はガックンと下落した。