サルは戦闘中において、戦力外に等しいパーティの回復役である。それでもサルをこのまま見捨てるわけにはいかない。
サルの身体には過剰な魔素が溜まっている状態だ。その魔素を抜けば、サルは復活するであろう。
ヨッシーは女神を見た。すると女神が踏ん反り返って「おーほほっ!」と高笑いしていた。
「これが難易度SSダンジョンの怖さよっ! さあ、難易度SSダンジョンにひれ伏しなさいっ!」
「ぐぬぬ……この駄女神がっ! わっちはサルを救いたいのじゃっ。何か手は無いのかえ?」
「そんなに仲間を助けたいのね……お姉さん、うるっときちゃった。ひとつ、良い方法があるわよ? そ・れ・はっ! マウストゥマウス!」
「ゲゲー! サルとブチューしろということでおじゃるか!?」
"ヨッシーの唇がサルに奪われちゃう……"
"ヨッシーの初チューは俺がもらう予定なのにっ!"
"落ち着けおまいら。人工呼吸でのチューはノーカンだ!"
"それでもサルとブチューは許しがたいな……"
"ヨッシー。サルを見捨てちまえっ"
サルの命がかかっているというのに、視聴者はなんとも他人事のような反応であった。これが現代日本なのかと悔しくなってしまう。
ヨッシーは意を決する。ぴくぴくと痙攣しているサルに近づき、身体を屈める。するとサルがこちらをちらりと見てきた……。
「あっ、こいつ、まだまだ元気そうでおじゃる」
「うきーーー! うぎぎーーー! うぎーーー!」
「……わざとらしいでおじゃる」
視線をサルから女神へと移す。さらに女神を胡散臭いものを見る目で見つめた。しかし、女神はキョトンと首を傾げている。
女神の様子から察するにサルが魔素でもがき苦しんでいるように彼女の目には映っているのだろう。
サルが今度は苦しそうにバタバタと手足を動かし始めた。しかし、こちらはますますサルを疑わしい目で見た。
そうこうしていると、サルが急に大人しくなった。口をだら~んとだらしなく開けて、さらにはまぶたも閉じずに動きを止めた。
「サル? まだ生きておるのかえ?」
サルがこくこくと頷いてきた……。
「そんなにチューしてほしいのかえ?」
サルがまたしてもこくこくと頷いてきた……。スッ……と立ち上がり、サルのそばから離れることにした。
「うきーーー!?」
サルが猛然と抗議してきたが、無視するに限る。サルが元気になったことで、女神は心底「ほっ……」と安堵している。
「一時はどうなるかと思ったわ……。本当に死んでもらっちゃ困るもの」
「ちなみになんでサルは助かったのじゃ?」
「野生のパワーじゃないの?」
「……マジか」
各地のダンジョンで急に手足が痺れて、そのまま意識が混濁する若者がかなりの数いると報告が上がっている。
原因不明の病気のため、【ダンジョン病】と名づけられた。
だが、今、ヨッシーたちが潜っているダンジョンのゲームマスターである女神が【魔素】というキーワードを教えてくれた。
ダンジョン病はきっと魔素に耐え切れなかった結果なのだろう。
ダンジョン病に罹って、入院先から退院できない重症者が多数いる。
特にイタリアはひどい。イタリアはお国柄もあってか1万人に届くくらいの重症者が出ていると聞いている。
さすがは「コロナはただの風邪」と豪語していた国だけはある。コロナの時から何の学習もしていなかったようだ。
日本人は用心深い性格をしているためか、日本全国で334人の重症者で済んでいる。
このダンジョン病の原因を解明することが、ヨッシーたちのダンジョン調査の目的のひとつであった。
「女神様。わっちたちは魔素によって、倒れた者たちを救いたいのじゃ」
「ん? 根本的な解決方法なんて無いわよ?」
「……え? 今、なんと?」
「うん、だから、魔素中毒からの回復は本人の気力体力次第なの」
「……特効薬とかあるんじゃないのかえ?」
「ないない♪ 魔素ってのはそっちの世界でいう毒素であって、そっちでいうところのウイルスとかばい菌とかじゃないもの♪」
"おい、この駄女神、さらっと恐ろしいこと言ってるぞ?"
"俺、ダンジョンに向かうのやめようかな……"
"ソンナー!? イオンとパチンコしか娯楽がないのはつらいンゴーーー!"
"ヨッシー。なんとかしてクレメンス(´;ω;`)ブワッ"
コメント欄をちらりと見た。若者には娯楽が必要だ。ヨッシーはこの国を背負う若者たちのためにも女神に食らいついた。
女神は困ったという表情になっている。本当に特効薬なぞ、存在しなさそうな雰囲気を醸し出している。
「んもう……魔素に対して、あなたたちが出来ることはふたつあるわ」
「教えてもらえるのかえ!?」
「特別よ……ヨッシーの必死な顔を見てたら、わたくし……ヨッシーをもっとおもちゃにしたくなっちゃった~~~♪」
「……え?」
「ちょっと待ってね?」
女神が虚空に手を突っ込んで、虚空の向こう側をごそごそと漁りだす。10秒ほど経った後、こちら側に手を引っこ抜く。彼女の手にはおちょこと徳利があった。
こちらはひくひくと頬を引きつらせてしまう。悪い予感をひしひしと感じてしまう。
「まず、魔素中毒の予防方法を教えるわ。インフルエンザ注射と同じ理論ってわけ」
「魔素に対する抗体を作れというわけじゃな?」
「うん、その通り。言うなれば『魔素耐性』ね」
女神がおちょこをこちらに手渡してきた。そこへ徳利を傾けてきやがった。徳利の口から真っ黒な液体が流れ出てくる……。それをおちょこで受け止める。
おちょこになみなみと注がれた黒い液体からは、これまた不気味な紫色の煙が地面の方へと垂れ流れていく……。
「ヨッシーの! ちょっと良いところ、見てみたい♪」
「あぁそれっ! いっき、いっき!」
「ノッブ殿! 何で女神と一緒に音頭を取っておるのじゃーーー!」
「え? ここは乗っておくべきだと思ったのですが?」
「わっちが可哀想と思わないのかえ!?」
「それもそうでした。ふふっ。ヨッシーは先生の格好いいところが見たいのですね?」
「あっ!」
ヨッシーが待てという前に、ノッブがこちらの手からおちょこを分捕っていった。そして、グイっとおちょこを傾けて、真っ黒な液体を飲み干してしまった。
"ノッブ、すげえな……"
"さすがは南蛮渡来の飲食物を平然とパクパク食べてきた男だぜ……"
"ちなみに日本初のハーブ園を作ったのはノッブな?"
"それマジ?"
"ハーブティーを飲んだら、めっちゃ気に入って、自分で栽培し始めたんだっぞい"
"金平糖もお気に入りだったけど、戦国時代の日本はサトウキビを栽培できなくて、断念したらしい"
"ためになる良スレ"
"てか、なんでも口の中に入れすぎだろw"
"毒と思わなかったのかな? 当時のノッブはw"
コメント欄の言う通りであった。ノッブは戦国時代に他にもワインやビールも飲んでいた。彼は怖いもの知らずというよりかは好奇心の塊だというほうが正しい。
ノッブは何でも自分で試さなければ気が済まない性格だ。
意外なことだが、ノッブは戦国時代に魔法にも興味を持っていた。自称魔法使いを安土城に招いたことすらある。
そんなノッブだからこそ、女神が出してきた不気味な真っ黒な液体を飲み干してみせたのだろう。彼の抑えがたい好奇心がゆえに……。
「どうでおじゃる?」
「もずく酢みたいな味ですね」
「味はこの際、どうでもいいのじゃ! 身体に異変は無いのかえ?」
「今のところは……うっ!」
ノッブがいきなり腹を手で押さえながら、その場で膝をついた。急いで、ノッブに近寄り、背中を手でさする。
ノッブの顔には脂汗がだらだらと浮き出ていた。こちらは「ごくり……」と息を飲むしかない。
「ノッブ殿!」
「ヨッシー……先生、ぽんぽんペインです」
「吐き出すのじゃ! ええい、なんでもかんでも口に入れおってからにー!」
「いえ……これは必要な行為です。ちょっとブリッとお尻から出ちゃいそうですが、なんとか耐えきってみせます」
「ノッブ殿ーーー! 無茶しやがってー!」
こっちが必死にノッブを介抱しているというのに、女神ときたら、呑気にタッチパッドを操作していた。
苦々しく女神を睨みつける。しかしながら、女神と目が合うと、女神がニッコリとほほ笑んできた。女神の雰囲気に気圧されてしまった。
「オープン・パラメータ」
女神が厳かにそう言ってみせた。タッチパッドから光が溢れ、虚空にスクリーンが描かれる。
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名前:ノッブ
統率:97(+20)
武力:92
政治:99(+20)
知力:97
義理:45
野望:30000
スキル:火魔法(極意)、呪いLv7、武空術、ゲート(大)
列伝:足利幕府を滅ぼした人物。以下略
状態:魔素酔い(小)
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「……いろいろとツッコミを入れたくなるパラメータじゃが?」
「状態のところをよく見て? 今、ノッブは魔素を身体に取り込んだことで、魔素酔い状態になってるわ」
「ふむ。これとお腹痛いとがどう繋がるのでおじゃる?」
「ノッブって、もしかして下戸?」
「あーーー。下戸というほどではないが、普段はたしなむ程度にしか飲まないでおじゃる」
「じゃあ、お腹がびっくりしただけね」
「……そんな軽い扱いでいいのでおじゃる!?」