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第26話:魔素(2)

 状態:魔素酔い(小)。これはお酒で言えば、ほろ酔い未満の状態である。そうであるのに、腹痛を起こしたことで、女神の方が首をひねったそうだ。


「まあ、ほっとけば復活するわ」

「……ほっとくにしても痛がり方が……のう?」

「うぎぎぎ! 生まれてくるぅ! お尻からぁ!」

「えいえい!」

「お尻を蹴るのはやめてください!」


 ノッブがおもちゃにされている姿は珍しすぎた。自分もこの際、ノッブにされてきたことの仕返しのために、ノッブのお尻を軽く蹴ってみた。


 ノッブがひと際大きくのけぞった。そして、ピクピクと身体を震わせた後、動かなくなってしまった……。


 仕返しが恐ろしすぎた。その場からそ~~~と逃げ出すことにした。しかし、ノッブが回り込んできた!


「ヨッシー。よくもやってくれましたね?(にっこり)」

「の、ノッブ殿……元気そうで安心したのじゃ!」

「ふふ……ふははっ! ヨッシーも飲みましょう! 女神様、さあ、ヨッシーにも魔素耐性を授けてください!」

「はーい。ヨッシーには徳利で行ってもらうわ~♪」

「チョマテヨ! ノッブがおちょこでうんこ漏れそうになったでおじゃるよ!? わっちは花も恥じらうJCでおじゃる! JCがうんこ漏らすとか、誰得でおじゃる!?」


"ヨッシーの言ってることが正しい"

"ヨッシー、かわいそうすぎる"

"でも、かわいいからこそ、くっそヌケる"

"いや、さすがにスカトロに耐性ないわー"

"魔素耐性の前にスカトロ耐性をつけさせられるのか? 俺たちは……"

"誰が上手いこと言えと……"


 コメント欄では、自分を擁護してくれる視聴者が多数いた。ツインテールJC姿になったことに感謝してしまう。


「んもう。なんだか、わたくしが悪者みたいだわ?」

「悪者みたいじゃなくて、めっちゃ悪者でおじゃる!」

「では、拙者が代わりに徳利でいくでござる。JCがウンコ漏らすとか、あってはならないことでござる!」

「ミッチー……おぬし、優しいのぅ」


 ミッチーが代わりに徳利で魔素をグイっと飲んでくれた。ミッチーの男らしさに涙が零れそうになってしまう。


「うぐぁ! お腹が痛いでござる! お尻から何かが生まれそうでござる!」

「ふははっ! ミッチー、漏らしちゃダメですよ?」


 ノッブがとてつもなく嬉しそうな顔でミッチーのお尻を軽く靴先で蹴っている。ミッチーが「やめろテメー! もう1回、本能寺の変起こすぞっ!」とガチギレしている。


 ノッブもさすがに悪いことをしたと思ったのか、ミッチーのお尻を蹴るのをやめた。ミッチーが魔素と戦うこと数分後、ようやくミッチーが復活した。


「うぃ~~~ひっく。腹痛は収まったでござるが、酩酊状態でござる」

「ミッチーは下戸ですもんね。昔を思い出します……先生の酒が飲めんのかー! って、ミッチーの顔を柱にぶつけてやったのを」

「そんな~ことも~ありましたね~あはは~。あの時もぶっ殺す! って思っちゃいましたでござる~」

「……本能寺の変の真相が少しだけ判明した気がするでおじゃる」


 ノッブに続き、ミッチーが魔素を飲んだ。最後にヨッシーがお猪口で魔素を飲むことになった。


「ふむ。わっちはお腹が痛くならないでおじゃるな? なんででおじゃる?」

「ヨッシーは元々魔素耐性が高いからね。どう? 徳利で行ってみる?」

「そこまではやりたくないでおじゃる。ちなみにもし、魔素耐性がまったく無い者がこの方法を取るとどうなるのじゃ?」

「ん? 最悪死ぬわよ?」

「……もっと穏便な魔素耐性UPの方法を教えてくれでおじゃる」


 とりあえず、魔素耐性さえ上げておけば、急性魔素中毒になるようなことは狙ってやらない限りは起きないと女神に説明してもらった。


 魔素測量器の針が振り切れるような場所に飛び込まなければ良いとも教えてもらった。


 だが、この場から少し奥に進むと魔素測量器の針が振り切れてしまった……。


「ヨッシー様。これ以上の探索は無理かと」


 ミッチーが魔素測量器をこちらへと差し出してきた。ヨッシーはむむ……と唸るしかない。


「どうするでおじゃる? 女神様」

「ん~、困ったわね。思っていた以上に事態は深刻みたい」

「どういうことでおじゃる?」

「今回のクエストはモンスターの巣から飛び出してきたモンスターを駆逐することが第1目標なの。そして、余力があればモンスターの巣に飛び込んで、そこにいるボスを倒すことなの」

「ふむふむ。説明感謝なのじゃ。生憎あいにく、モンスターの巣にまで足を踏み入れることはできなさそうじゃ」

「これもバグの影響ね~」

「……今なんと?」


 思い切り女神を怪訝な表情で見てやった。そうであるのに女神がゆっくりと首を傾げていやがった。


 そうした後、こちらに顔を向けてきて、ニッコリとほほ笑んできた。まるでこちらが言うことを聞いてくれるという期待が込められている。


「ねえ? バグを放置しておくと、お姉さん、とっても困ったことになるの~?」

「……どんな風に困るのじゃ?」

「ここを中心として半径数百キロが腐海に沈む……かな?」

「それは困ったのう?」

「でしょー? 下手をすると、ヨッシーが生活している世界にまで魔素が漏れ出しちゃう♪」

「へぇ~って……はぁ!? 今、何と言った!?」

「うん、だから、そっち側の世界に魔素がお漏らししちゃうの♪」


 思わず天井を仰いだ。魔素によるパンデミックが起きるだろう。そうなれば、内閣支持率がどうとか言っている暇もなく、足利内閣は崩壊するであろう。


「……この際、駄女神の罪は問わぬでおじゃる。そのバグはどこにあるのじゃ?」

「んっと、モンスターの巣の中」

「魔素測量器の針が振り切れているというのに飛び込め……と? それは死んで来いと言っているのと同じでは?」

「聞いて? 別にヨッシーに飛び込んできてほしいって言ってるわけじゃないわっ! ヨッシーには『援軍要請』があるじゃない!」

「……それはそれで、非道でおじゃるな?」


 ヨッシーはスマホを懐から取り出す。自分に代わって、バグを取ってきてもらう相手をLINEのフレンド一覧から選ぶ。


 LINEアプリを操作して、喜んで身代わりになってくれるであろう男に電話した。


「あ~、信玄殿。頼みたいことがあるのじゃが?」

『おおっ! ようやくエッチな写メをくれるのだな!?』

「そうではないでおじゃる! 緊急事態だから、信玄殿の手を借りたいのでおじゃる!」

『ふむ……話は現地で聞かせてもらいましょうぞ。さあ、わしをそちらに呼んでくだされ」


 ヨッシーは通話を切ると、スマホから溢れる光を地面に当てる。ゲートが開き、その向こう側から諏訪法性兜すわほっしょうかぶとを被った縦じまのスーツ姿の恰幅の良い中年男性がやってきた。


 甲斐の国という厳しい気候の土地柄が生んだ怪物、武田信玄その人だ。いで立ちからすでに只者ではないオーラが溢れている。


 ノッブが溺愛スパダリインテリヤクザだとすれば、信玄は親分気質を持つ戦後直後に暴れまわったヤクザだと言えた。


 どっちがマシかと聞かれれば、ノッブの方が信玄より幾分かマシだと言えた。ヨッシーはうろんな目つきで信玄と会話する。


「配信は見てくれているでおじゃるよね?」

「もちろんっ。いつ、パンチラしてくれるかと、TVを下から覗き込んでおりましたわい!」

「……わっちはJCぞよ? JCのパンチラをそこまで見たがるのは何故でおじゃる?」

「スカートの向こう側に夢と希望が詰まっておるからですなあ!」


 この時点でもう帰ってほしかった。だが、グッと堪えて、信玄に頼み事をする。信玄がふむふむと頷いてくれている。


「わかり申した。3分でボスをぶっ飛ばしてくればいいのですな?」

「……え? 出来るのかえ?」

「がははっ! こう見えても週に3回はダンジョンに潜っておりますわい!」

「……知事の仕事は?」

「秘書の高坂、副知事の馬場、議長の山県、後援会代表の内藤といい、うちは優秀のが多くて助かっておるのですわ」

「くぅ! 武田四天王、うらやましすぎでおじゃるぅ!」


 武田四天王の高坂、馬場、山県、内藤の名前を知らぬ者など、日本にはいないと言われているレベルだ。


 ひるがえって足利政権で有名な人は誰? と聞いたら、それを答えられる現代の日本人はほとんどいない。


 悔しすぎて、涙が出てきてしまう。ノッブが気を利かして、こちらにハンカチを手渡してきてくれた。


(ノッブ殿は優しいでおじゃる)

(ふふっ。織田家も足利家と変わりませんよ? 武田四天王が超有名なだけです。気になさらずに)

(ノッブ殿ぉ!)


 涙とともに鼻水も流れだしてきたので、手渡してくれたハンカチで鼻をかんでおく。それをノッブに返すと、さすがに頬を引きつらせていた。


 信玄がそれを捨てるのはとんでもないとばかりに、ノッブから奪い取っている……。


(マジで今すぐ追い返してやろうかのう……)

(まあまあ……ヨッシーの体液がついたハンカチ1枚で死地に飛び込んでくれるならいいじゃないですか)

(……どうせなら、そのまま死んでほしいでおじゃる。でも、絶対にこいつ、生きて帰ってくる気がするでおじゃる!)

(激しく同意します……)


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