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12 再会と語られる真実


扉がゆっくりと開いた。

現れたのは、深い黒の毛並みに金の瞳を持つ女性。

彼女の目がリアを見た瞬間、大きく見開かれる。


「……リア……?」


その声に、リアの体が震える。

言葉を紡ぐ間もなく、リアは駆け出していた。


「……ママっ!」


腕の中に飛び込む。母が、呆然としながらもすぐにその体を抱きしめた。

遅れて、奥から現れたのはがっしりとした体格の黒猫の男性。父親だ。


「……本当に……リア……生きて……!」


母が震える声で繰り返す。リアは言葉にならず、泣きながら首を振った。

父も膝をつき、娘を抱きしめる。その手は大きく、しかしどこまでも優しい。


「……あの時……襲撃があった夜、私たちは……!」


リアは泣きじゃくりながら、過去の夜を口にする。

その声に、母が目を閉じた。


「……あの夜、王国軍が村を襲った。

 私たちは……リア、あなたを逃がすために、最後まで家に残ったの。」


父が続ける。


「覚えているか? 裏山の抜け道。あそこから逃げろとお前に言ったろう。

 俺たちは捕まる覚悟だった。だがそのとき、虎族の戦士たちが来たんだ。」


「……倒れかけた私たちを、この地へと連れてきてくれたのです。

 ここは王国の目の届かぬ、森の深奥。

 私たちは、ずっと身を隠すように暮らしていました……。」


リアはその言葉を聞きながら、再び涙をこぼした。

恐怖の夜。ずっと知らなかった真実。両親が生きていた理由。

そして、自分を生かしてくれたのは──この地の人々だったのだと。


「リア、会いたかった……でも、お前が生きていてくれた、それだけで……。」


母の言葉が涙に濡れる。

リアはその胸に顔を埋めながら、何度も頷いた。


―――


しばらくして、リアが顔を上げる。


「……里長さまに、お会いできるかな。……ちゃんと、お礼を言いたい。」


母と父が頷く。

灯生たちに目をやったリアが、少し微笑んだ。


「来てくれて、ありがとう。……みんな。」


そして、一行は森の奥、里の中心へと足を進める。


巨木に抱かれた巨大な岩、『磐座の間』。

そこに佇むのは、年老いた虎族の長──白毛混じりの堂々たる体躯、静かな金の瞳。


「ようこそ、異邦の客人たち。……そして、リアよ。よく戻ってきたな。」


灯生が一歩前に出て、静かに頭を下げる。


「お初にお目にかかります。私は灯生と申します。私たちはリアの家族を探しにここへ来ました。

 あなた方が命を救ってくれたと聞き、心から感謝を。」


里長は頷き、深い声で応える。


「礼などいらぬ。わしはここの里長をしているグライスだ。

あの夜、倒れた者を見過ごすことなどできぬ。それが我らの掟だ。」


灯生が頷く。


「だが……おぬしらがここへ来た理由。それは感謝のみにあらずと見える。」


里長は長く息を吐く。


「……よかろう。お主らに害意なしと見た。

 この里は、しばしの休息を与える場所となろう。

 明日、再び集い、語らうとしよう。──この里が語り得る限りの“真実”をな。」


その言葉に、一同は静かに頷いた。


リアはそっと、灯生の袖を引いた。

彼の顔を見上げ、少し照れくさそうに、でも心からの声で言った。


「……ありがとう、ご主人様、みんな。本当に……ありがとう。」



——翌日。


灯生たちは、里の中心『磐座の間』へと向かう。


そこには既に、里長が待っていた。

大きな虎の毛皮を背に纏い、威厳を帯びた金の瞳が一同を見渡す。


「座るがよい。今日は、語らねばならぬ“記憶”がある。」


里長の声は、低くも穏やかに響いた。


「……リア。おぬしの両親を保護した夜、我らは王国軍の騎士団と戦った。

 彼らは民を襲い、火を放ち、痕跡を消し去ろうとしていた。

 だが──おぬしの母が最後に叫んだ名が、“獣神の末裔”であった。」


リアが目を見開く。


「……獣神の末裔……?」


里長は静かに頷く。


「かつてこの大地には、“獣神”と呼ばれる神格が存在した。

 森に生きる四種の聖獣が、人の姿を得て地を守っていたという。

 ここや黒猫族の里も“獣神の里”と呼ばれておる。」


「その血を引く者たちは、時折『原初のしるし』と呼ばれる力を顕す。

 リアよ、おぬしの目には時に、風が巻き、刃の軌跡が遅れて見えることがないか?」


リアが息を呑む。


「……ある。戦いの中、何かが“遅れて”見えるような感覚に……。」


里長が深く頷く。


「それが“獣神の残響”だ。

 おぬしの一族は、黒猫族の末裔。

 風と影を読む者、“迅なる爪”と呼ばれた古き戦士の血を継ぐ。」


灯生が問いかける。


「それは、王国が彼女の一族を狙った理由でもある……?」


「おそらくは。“徴”を得た者は、王家にとって脅威でしかない。

 民の中に“神の証”が芽吹けば──王たちは、正統を問われることになるからな。」


アルファスが口の端を歪めて笑う。


「……血と伝承を恐れるとは、実に人間らしいやり方だな。」


里長は静かに目を閉じる。


「かつて、我ら獣人は王国と盟約を交わしていた。

 が、半年前、“獣神の石碑”が破壊され、王国は協定を反故にした。

 その後、密かに血族の排除が始まった。リアの黒猫族の里も……その一つであろう。」


リアは拳を握り締めた。


灯生がそっと彼女の肩に手を置く。


「リア。君は今、生きている。そしてこれからも──前に進める。」


ルーナが言葉を添える。


「私たちがあなたを見つけたことにも、きっと意味がある。

 この旅の中で、その意味を形にしていこう。」


里長は立ち上がり、大きな巻物を差し出した。


「これは、黒猫族に伝わる“獣神の系譜”。

 おぬしの母が書き記していたものだ。これを携え、進むがよい。」


リアはそっと巻物を受け取り、深く頭を下げた。


「……ありがとう、里長さま。私、必ずこの“血”と“記憶”を守ってみせる。」


風が吹き抜け、大樹の葉がざわめく。

それは、失われた神々の残響か。あるいは、始まりの合図か。


黒猫の娘は、再び歩き出す。

過去と向き合い、そして未来へと──。


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