木々が赤く染まり、里に夜の帳が下り始めるころ。
リアは、焚き火のそばで両親と肩を並べて座っていた。
ほんの数日前まで、再会など夢にも思わなかったはずなのに──今、父と母の温もりがすぐ隣にある。
「お前の尾、昔よりふわふわになったなあ。」
そう言って笑う父に、リアは少し照れたように尻尾を手で隠す。
母は静かに微笑みながら、小さな壺から草茶を注いでくれた。
その手の震えを見たリアは、そっと母の手を握る。
「……ありがとう。生きててくれて、ほんとに……ありがとう。」
父は焚き火に木をくべながら語る。
あの日、王国軍が突然襲来し、逃げ場を失った里を守るために、リアを外へ逃がしたこと。
自分たちは囮となり、捕らわれたが、ほどなく虎族が救ってくれたこと。
そして、ここ“獣神の里”でようやく安住の地を得たこと。
リアはじっと耳を傾け、心に刻むようにその言葉を聞いた。
◇
宴の準備は簡素だったが、心のこもったものだった。
焚き火の周りに並べられた木皿、串に刺された山鳥の肉や、香草の煮込み。
虎族の若者たちが打つ太鼓の音が、夜の森に響く。
灯生は杯を手にしながら、そっとリアの方を見やる。
「……別れは、やっぱり寂しいものだな。」
「うん。でも──また会えるって思えたから、ちゃんと笑えるよ。」
その言葉に、灯生も微笑み、杯を傾けた。
宴の終わり、里の長である大老グライスが祈りの儀式を行った。
木で編まれた輪を掲げ、空を仰ぎ、低く響くような祈りの言葉を口にする。
「この地に根差す者よ。
去り行く者の道を照らし、
いずれまた、巡り合わんことを──。」
輪の中心を月の光が抜けたとき、風が一陣、森を渡った。
その瞬間、リアの耳と尻尾がぴくりと動いた。まるで、見えぬものの祝福を感じ取ったかのように。
◇
深夜。
リアは里の高台にひとり立ち、星空を見上げる。
足音もなく近づいた母が、肩に毛布をかけてくれた。
「明日、旅立つんだってね。」
「うん。……でも、ちゃんと前を向いて行けるよ。」
母は優しく微笑みながら、リアの頬に手を添える。
「あなたは強くなったわ。私たちが誇れる娘よ。」
「……ありがとう、ママ。」
そして──夜は静かに、幕を下ろしていく。
星々の下、ひとときの団らんと別れの余韻が、獣神の里に優しく降り積もっていた。
◇
朝霧が森を包み、木々の間から薄明かりが差し込む頃。
獣神の里は静かだった。
前夜の余韻がまだどこかに残っているようで、風もどこか名残惜しげに葉を揺らしていた。
リアは静かに身支度を整えていた。
「忘れ物、ない?」
母がそっと背中に声をかける。
「うん、大丈夫。」
リアはにっこり笑い、でもその瞳にはほんのわずかな潤みがあった。
広場には俺たちを含め、虎族の若者たちや里の民も見送りに顔を揃え、皆が静かに彼らを見つめている。
「もう行くのか、黒猫の娘よ。」
グライスの重厚な声が森に響く。
「お前たちは、外の世界でまた戦うのだろう。ならば、我らの祈りと力をその背に与えよう。」
彼は手を上げ、掌に一枚の葉を乗せる。
それは獣神の加護を象徴する“霊葉”──神木から取れる、特別なものだった。
「これは里に迎え入れた者にのみ授ける。
いずれまた、お前がここに帰ってくる道しるべとなるだろう。」
リアは深く頭を下げ、それを両手で受け取った。
「……ありがとう。グライスさま、皆さん。私、また必ず帰ってきます。」
◇
出発の時。
最後に、父と母と、もう一度だけ抱きしめ合う。
「無理はするな。何かあれば、戻ってこい。」
「お前はもう、ひとりじゃない。」
「……うん。みんながいるから、大丈夫だよ。」
リアは灯生たちとともに森の出口へと向かう。
振り返れば、里の人々と、両親が小さく手を振っていた。
それに応えるように、リアも手を振る。
その姿は、もうどこか“娘”ではなく、“一人の戦士”のものだった。
森を抜けると、広がる草原の風が頬を撫でる。
そしてリアもまた、一歩、前へ。
その足取りはしっかりと、確かだった。
祈りと別れの夜を越え、俺たちは再び、ケルバ城へとワープした。