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13 獣神の里の夜~再び、旅路へ


木々が赤く染まり、里に夜の帳が下り始めるころ。

リアは、焚き火のそばで両親と肩を並べて座っていた。

ほんの数日前まで、再会など夢にも思わなかったはずなのに──今、父と母の温もりがすぐ隣にある。


「お前の尾、昔よりふわふわになったなあ。」


そう言って笑う父に、リアは少し照れたように尻尾を手で隠す。


母は静かに微笑みながら、小さな壺から草茶を注いでくれた。

その手の震えを見たリアは、そっと母の手を握る。


「……ありがとう。生きててくれて、ほんとに……ありがとう。」


父は焚き火に木をくべながら語る。

あの日、王国軍が突然襲来し、逃げ場を失った里を守るために、リアを外へ逃がしたこと。

自分たちは囮となり、捕らわれたが、ほどなく虎族が救ってくれたこと。

そして、ここ“獣神の里”でようやく安住の地を得たこと。


リアはじっと耳を傾け、心に刻むようにその言葉を聞いた。



宴の準備は簡素だったが、心のこもったものだった。

焚き火の周りに並べられた木皿、串に刺された山鳥の肉や、香草の煮込み。

虎族の若者たちが打つ太鼓の音が、夜の森に響く。


灯生は杯を手にしながら、そっとリアの方を見やる。


「……別れは、やっぱり寂しいものだな。」


「うん。でも──また会えるって思えたから、ちゃんと笑えるよ。」


その言葉に、灯生も微笑み、杯を傾けた。


宴の終わり、里の長である大老グライスが祈りの儀式を行った。

木で編まれた輪を掲げ、空を仰ぎ、低く響くような祈りの言葉を口にする。


「この地に根差す者よ。

 去り行く者の道を照らし、

 えにしをつなげし精霊の導きよ。

 いずれまた、巡り合わんことを──。」


輪の中心を月の光が抜けたとき、風が一陣、森を渡った。

その瞬間、リアの耳と尻尾がぴくりと動いた。まるで、見えぬものの祝福を感じ取ったかのように。



深夜。

リアは里の高台にひとり立ち、星空を見上げる。

足音もなく近づいた母が、肩に毛布をかけてくれた。


「明日、旅立つんだってね。」


「うん。……でも、ちゃんと前を向いて行けるよ。」


母は優しく微笑みながら、リアの頬に手を添える。


「あなたは強くなったわ。私たちが誇れる娘よ。」


「……ありがとう、ママ。」


そして──夜は静かに、幕を下ろしていく。

星々の下、ひとときの団らんと別れの余韻が、獣神の里に優しく降り積もっていた。



朝霧が森を包み、木々の間から薄明かりが差し込む頃。

獣神の里は静かだった。

前夜の余韻がまだどこかに残っているようで、風もどこか名残惜しげに葉を揺らしていた。


リアは静かに身支度を整えていた。


「忘れ物、ない?」


母がそっと背中に声をかける。


「うん、大丈夫。」


リアはにっこり笑い、でもその瞳にはほんのわずかな潤みがあった。


広場には俺たちを含め、虎族の若者たちや里の民も見送りに顔を揃え、皆が静かに彼らを見つめている。


「もう行くのか、黒猫の娘よ。」


グライスの重厚な声が森に響く。


「お前たちは、外の世界でまた戦うのだろう。ならば、我らの祈りと力をその背に与えよう。」


彼は手を上げ、掌に一枚の葉を乗せる。

それは獣神の加護を象徴する“霊葉”──神木から取れる、特別なものだった。


「これは里に迎え入れた者にのみ授ける。

 いずれまた、お前がここに帰ってくる道しるべとなるだろう。」


リアは深く頭を下げ、それを両手で受け取った。


「……ありがとう。グライスさま、皆さん。私、また必ず帰ってきます。」



出発の時。

最後に、父と母と、もう一度だけ抱きしめ合う。


「無理はするな。何かあれば、戻ってこい。」


「お前はもう、ひとりじゃない。」


「……うん。みんながいるから、大丈夫だよ。」


リアは灯生たちとともに森の出口へと向かう。

振り返れば、里の人々と、両親が小さく手を振っていた。


それに応えるように、リアも手を振る。

その姿は、もうどこか“娘”ではなく、“一人の戦士”のものだった。


森を抜けると、広がる草原の風が頬を撫でる。


そしてリアもまた、一歩、前へ。

その足取りはしっかりと、確かだった。


祈りと別れの夜を越え、俺たちは再び、ケルバ城へとワープした。


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