ケルバ城の作戦室に集う顔ぶれは、かつての獣人国では考えられぬ異様な布陣だった。
ライオン族の長老ライザン、ケルバ軍の前線隊長で虎族のカイ、軍師で鹿族のセイル。
そして、その向かいに並ぶのは灯生一行。
種族も立場も違えど、いまや獣人国の命運を握る者たち。
作戦卓の中央には、第二師団の進軍ルートを示す地図が広げられていた。
王国第三王子アステッド率いる大軍、魔術管理局長レグノー、そして魔術軍隊長グラン・リゼ。
並ぶ名はいずれも王国の中枢を担う者ばかりだ。
「最初は一万ほどだったが、特殊部隊の魔術対策部隊が見受けられた。
それを含めれば総数は四万。中でも魔術妨害兵の編成が特徴的です。
カイ様、先手を討つべきかと。」
セイルの提案に、カイは静かに頷いた。
「灯生を先行させ、側面からアルファス殿を投入できれば、敵陣は壊乱するでしょう。」
「いいですよ!もちろん一緒に戦います。なっ、アルファス!」
アルファスが唇を歪めて笑った。だが、その言葉に重く反応したのは、長老ライザンだった。
「待て。」
その声は低く、しかし鋭い槍のように空気を突いた。
「なぜ我らの国の戦に、外の者が勝利を収めねばならぬ? 獣人の誇りはどこへ消えた。」
一瞬、場に沈黙が落ちる。
カイは眉間に皺を寄せながら、黙ってライザンを見ていた。
「民のためです。勝てばよいのです!」
ライザンは拳を固め、声を震わせた。
「勝って、何が残る? 我らが戦いを他者に任せ、ただの傍観者になることが、獣の誇りか?」
その場には答えがなかった。ライザンは黙って部屋を出ていった。
——その夜。
カイは城の中庭で一人、剣を手に空を仰いでいた。そこに、足音もなくライザンが現れる。
「話をしよう。」
そう言って、ライザンは腰を下ろす。
「カイ。お前のような強くてたくましい者が、この国の誇りを忘れたのか。」
「俺も、正直言えばライザン長老の言っていることは解っています。ですが……。」
カイは剣を置いて、振り返る。
「国のことを、本気で考えています。我々の誇りを、民を、未来を。
全部捨てずに守ろうとしてる。半年前のことをお忘れですか!?」
「忘れてなどおらぬわ!
……守れなかった……。だから、怒っている。お前にではない。わし自身にだ。」
ライザンの声はかすれていた。
「王国に蹂躙された民、焼かれた村。わしは、牙を剥いたつもりだった。
だが、敵は笑っていた。誇りなど、何の役にも立たなかった。」
沈黙が流れる。
「だから、あなたがいるのでしょう?」
灯生がぽつりと言った。
「勝てるからじゃない。勝たせてくれる“誰か”がいるということを、俺たちが知っているから。」
ライザンは立ち上がった。
「成長したな、カイよ。……一つだけ聞く。お前は、この国を愛しておるか?」
「勿論です。どれだけ裏切られても、見限られても、命令されなくても。
あなたに救われたこの生命、あなたのため、この国のために、我々の誇りのために。
仲間が必要です。我々の友が……。」
ライザンは目を伏せた。そして、ゆっくりと拳を開き、手を差し出す。
「ならば……その思いにわしも報いなければな。二度と敵に笑われないためにも。」
カイは無言でその手を握り返した。
夜明け前、灯生がライザンの元を訪れた。
「……怒りは収まりましたか?」
「いや、まだだ。」
ライザンは笑う。
「だが、戦の中で叫ぼう。誇りとは、ただ吼えることではない。勝ち、立ち、語り継がれることだ。」
その声はもう、沈黙の獅子ではなかった。
ケルバの夜が、終わる。