目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

17 吼えぬ獅子と共闘の誓い


ケルバ城の作戦室に集う顔ぶれは、かつての獣人国では考えられぬ異様な布陣だった。

ライオン族の長老ライザン、ケルバ軍の前線隊長で虎族のカイ、軍師で鹿族のセイル。


そして、その向かいに並ぶのは灯生一行。

種族も立場も違えど、いまや獣人国の命運を握る者たち。


作戦卓の中央には、第二師団の進軍ルートを示す地図が広げられていた。

王国第三王子アステッド率いる大軍、魔術管理局長レグノー、そして魔術軍隊長グラン・リゼ。

並ぶ名はいずれも王国の中枢を担う者ばかりだ。


「最初は一万ほどだったが、特殊部隊の魔術対策部隊が見受けられた。

 それを含めれば総数は四万。中でも魔術妨害兵の編成が特徴的です。

 カイ様、先手を討つべきかと。」


セイルの提案に、カイは静かに頷いた。


「灯生を先行させ、側面からアルファス殿を投入できれば、敵陣は壊乱するでしょう。」


「いいですよ!もちろん一緒に戦います。なっ、アルファス!」


アルファスが唇を歪めて笑った。だが、その言葉に重く反応したのは、長老ライザンだった。


「待て。」


その声は低く、しかし鋭い槍のように空気を突いた。


「なぜ我らの国の戦に、外の者が勝利を収めねばならぬ? 獣人の誇りはどこへ消えた。」


一瞬、場に沈黙が落ちる。

カイは眉間に皺を寄せながら、黙ってライザンを見ていた。


「民のためです。勝てばよいのです!」


ライザンは拳を固め、声を震わせた。


「勝って、何が残る? 我らが戦いを他者に任せ、ただの傍観者になることが、獣の誇りか?」


その場には答えがなかった。ライザンは黙って部屋を出ていった。


——その夜。


カイは城の中庭で一人、剣を手に空を仰いでいた。そこに、足音もなくライザンが現れる。


「話をしよう。」


そう言って、ライザンは腰を下ろす。


「カイ。お前のような強くてたくましい者が、この国の誇りを忘れたのか。」


「俺も、正直言えばライザン長老の言っていることは解っています。ですが……。」

カイは剣を置いて、振り返る。


「国のことを、本気で考えています。我々の誇りを、民を、未来を。

 全部捨てずに守ろうとしてる。半年前のことをお忘れですか!?」


「忘れてなどおらぬわ!

 ……守れなかった……。だから、怒っている。お前にではない。わし自身にだ。」


ライザンの声はかすれていた。


「王国に蹂躙された民、焼かれた村。わしは、牙を剥いたつもりだった。

 だが、敵は笑っていた。誇りなど、何の役にも立たなかった。」


沈黙が流れる。


「だから、あなたがいるのでしょう?」


灯生がぽつりと言った。


「勝てるからじゃない。勝たせてくれる“誰か”がいるということを、俺たちが知っているから。」


ライザンは立ち上がった。


「成長したな、カイよ。……一つだけ聞く。お前は、この国を愛しておるか?」


「勿論です。どれだけ裏切られても、見限られても、命令されなくても。

 あなたに救われたこの生命、あなたのため、この国のために、我々の誇りのために。

 仲間が必要です。我々の友が……。」


ライザンは目を伏せた。そして、ゆっくりと拳を開き、手を差し出す。


「ならば……その思いにわしも報いなければな。二度と敵に笑われないためにも。」


カイは無言でその手を握り返した。



夜明け前、灯生がライザンの元を訪れた。

「……怒りは収まりましたか?」


「いや、まだだ。」


ライザンは笑う。


「だが、戦の中で叫ぼう。誇りとは、ただ吼えることではない。勝ち、立ち、語り継がれることだ。」


その声はもう、沈黙の獅子ではなかった。

ケルバの夜が、終わる。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?