狼牙団の突入を皮切りに、ケルバ軍と王国第二師団の全面衝突が始まった。
剣戟の音、怒号、魔力の炸裂音。戦場の音が夜明け前の空に鳴り響き、静寂はもはやそこにはない。
「全隊、散開して突破口を広げろ! 遅れるなッ!」
軍師セイルが叫ぶ。声は冷静にして的確、戦場を読む目に一切の迷いはなかった。
狼牙団が切り開いた道を、灯生たちが駆け抜ける。
アルファスは周囲の影から次々とシャドウランスを引き出し、迫る兵たちを無言で穿つ。
ルーナの雷矢が空を裂き、敵の狙撃手を正確に射抜く。
ロータスは長年使ってきた愛剣『朝霧』を振るい、血飛沫ごと敵兵を吹き飛ばす。
「来るぞ、正面!」
灯生が叫んだ。
その先に現れたのは、王国兵とは異なる、ミスリルの戦装束を纏う部隊。
無駄に隊列が揃っている。動きが異常に静かで、獣人の筋力に対応しての装備だろう。
「こいつら、動きが違う! ミスリルの重装備、対獣人に特化した部隊だ……! 」
灯生の予想は正しかった。狼牙団の猛攻にも引かず、彼らは冷静に反撃してくる。
「獣人の骨格を知っている動きだ……。ただの兵じゃない……。」
そのとき、空気が変わった。
ざっ、と前線の中央が揺れる。
突如として敵陣中央に、紺色のマントを羽織った男が現れる。
長身痩躯、眼鏡の奥の瞳は冷たく、ただ一点を見据えていた。
「魔術障壁の復元を急げ。アルカナ第七式 再構成、展開。」
言葉とともに、彼の掌から魔法陣が浮かび上がり、即座に新たな障壁が生まれる。
空間に幾重にも重なる六角形の層が出現した。
前の障壁よりも堅牢で、魔力を乱す揺らぎが加わっていた。
「術者……違う。あいつ、核だ……!」
灯生の勘が叫ぶ。次の瞬間、セイルの声が届いた。
「確認しました! 敵の中心にいるのは、レグノー・カレイド……王国の魔術管理局長!」
「魔術管理局長だと……!? こんな前線に出てくるなんて!」
カイの顔色が変わる。明らかに、ただ者ではない。
そして、レグノーは、魔術障壁を再展開したまま、敵全軍に号令を飛ばした。
「グラン・リゼ隊長、動きます。特化部隊は北側の獣人部隊を押さえよ!」
その言葉に応じるように、戦場の北側で爆発が起きた。
煙の中から、騎士の姿が現れる。筋骨隆々、長い銀髪を靡かせ、両手には魔力を纏った戦斧。
「やれやれ、朝っぱらからうるせぇな。よう、獣ども。遊び相手になってくれよ!」
グラン・リゼ隊長――王国魔術軍隊長。その異様な気配に、獣人兵たちが一瞬たじろぐ。
「なんだ、あの斧……!?」
「ひと振りであんなに……! 鹿族の壁兵が三人、一撃で吹っ飛ばされたぞ!」
カイ率いる獣人たちは、一瞬その存在に飲まれかけた。
「……まずい。押されつつあるな。」
軍師セイルがわずかに身構えているのが分かった。
「……カイ殿。この戦、ただの防衛戦ではなくなりました。王国は、本気でケルバを潰しに来ております。」
「レグノー、グラン・リゼ……。そして第三王子がこの軍を率いているなら……。」
セイルが声を潜めた。
「これは、王国が“狩り”に来た証拠です。」
カイは、ぐっと拳を握った。
勝機はある。けれど、油断すれば一瞬で壊滅する。
今の布陣で、勝てるかどうかは分からない。
だからこそ。
「……セイル。今こそ、あの3人を頼るときじゃないか?」
「そうしましょう。御三方! あの敵の障壁のを断っていただくことはできますか?」
「お安い御用だ! よし、アルファス、ロータス、行くぞ!」
「御意!」
「久々の戦で、私の愛剣も喜んでおります。」
アルファスが黒影を広げ、ロータスが地を駆ける。
灯生は前を見据える。
あの男を倒せば、道が開ける。
「ここを抜ける! 本陣に風穴を開けてやる!」
獣の吼え声が再び轟いた。