地平線の先に聳え立つ障壁へ向けて、三つの影が疾駆する。
灯生の背に燃えるのは、『天景』。
アルファスの足元に揺れるのは、影の川。
ロータスの手にあるのは、紅と銀が入り混じった『朝霧』。
「突破する。俺たちが、前を開ける!」
灯生が低く呟いたその瞬間、アルファスの影が地面に這い、結界を形成する術式柱の構造を可視化させる。
「見えた。中心核は、双重構造……けど、内側は脆い。」
「ならば、斬るまでだ。」
ロータスが剣を抜き放つ。風が唸る。術式の一部に狙いを定め、迷いなく斬撃を放った。
『風断閃』──空気を斬る音が空間を震わせ、結界の一部に亀裂が走る。
そこへ、灯生が蒼い魔力を練り上げる。
『
『天景』が咆哮を上げ、裂け目から侵入した。
蒼炎は核へと届き、激しく揺らす。だが……。
「甘いの。」
レグノーの声が、結界の奥から響いた。
再展開。再生成。魔力が硬質に形を取り、蒼炎を押し返す。
「くっ……!」
灯生が歯を食いしばる。その背に、アルファスの影が伸びる。
「アルファス、今だ!上書きする、三秒稼げ!」
「御意!」
ロータスが一歩踏み出し、再び剣を振るう。
裂け目が広がる瞬間、灯生の蒼炎が収束し、ひとつの点に集中する。
2つの剣が合わさり赤黒い蒼炎が、裂け目から突き刺さるように突入。構造の弱点を焼き、ついに!?
*バリィィィン!*
音を立てて、魔術障壁が砕け散った。
「よくも……。」
中央奥より現れたのは、魔術装束を纏ったレグノー。
「魔術式第八 制御解除。」
その言葉とともに、空気が張り詰め、聖なる光が結晶化したように広がっていく。
「来るぞ!」
アルファスの影が灯生とロータスを包み込み、防壁と化す。
レグノーの魔術が大地を走る。正確無比な光の刃が斬撃のように迫る。
ロータスが受け止め、アルファスが押し返すも、圧力は次第に強まる。
「この男……。ここまで魔術を習得している者がいようとは……!」
灯生は一瞬、胸の奥が凍るのを感じた。
だが、足を止めるわけにはいかない。
「なら、こっちも境界を越えるだけだ。」
灯生の手が闇に染まり、レグノーの魔法陣が反転する。
「ダークディゾルブ!」
レグノーの聖魔術が一瞬崩れ、影が侵食していく。
「っ……術式が……!」
レグノーが眉をひそめる。
「見切った。光と秩序の連鎖構造……。ここに、混沌の一滴を落とす!」
術式が暴走しかける中、灯生が手を振り上げた。
再び放たれた赤黒き蒼炎が、レグノーの防壁を削り取る。
光と闇が交錯する中、三人は中央を突き抜けていく。
***
前線隊長であるカイが率いるケルバ軍では、ミスリルの戦装束を纏う部隊をバッタバッタと薙ぎ払い、獣人たちの咆哮がこだまする。
「突撃しろォォォ!! 我らが吼える限り、死は敵のものだ!」
カイの声が響く。その目には闘志が宿り、鎖骨から肩にかけて切り裂かれた傷口が覗いていた。
だが、彼は止まらない。止まれない。それでも、彼は吠える。獣人軍はその叫びに呼応し、地を蹴った。
「俺たちは自由の牙だろうがァッ!!」
獣人たちが再び駆ける。だが、その前に立ちはだかるのは、王国魔術軍隊長 グラン・リゼ。
「まぁ、戦意は認めるが、俺の鉄斧にゃー届かぬ激情よ。」
低く響く声。その男は、王国魔術軍隊長 グラン・リゼ。
全身を黒鉄の魔術装甲で覆い、その背には巨大な魔斧を担いでいた。
「獣どもが。地を這いつくばってればいいものの。少しは楽しませてくれよな。」
魔力が斧に収束する。彼が大地を踏み鳴らすと同時に、地脈が震え、爆雷と氷の裂波が戦場に走った。
「ぐっ……!? バケモンかよ……!」
カイは咄嗟に跳躍して躱すが、後方の獣人たちが吹き飛ばされる。
魔術と肉体を融合させた戦闘術。それが彼の魔術隊長としての真骨頂だった。
「ふん。獣どもがよぉ!」
グラン・リゼの斧が再び振り上げられる。重力すら歪む一撃。
だが、その軌道に、一本の刃が食い込んだ。
「誰が獣だと?」
斬撃が空間を切り裂き、グラン・リゼの斧を逸らす。
「お前は……!」
「遅れてすまない。味方の誇りが削がれるのは、見ていられなかった」
そこに、静かに現れたのはスライムの帝王 アルファス。
「……来てくれたのかアルファス殿。助かります。」
カイが不敵に笑い、背を預ける。
アルファスはグラン・リゼを見据えながら、静かに言った。
「あの男は私が引き受けよう。」
「ふん。なぁにを偉そうなことを。スライムごときがぁ!」
グラン・リゼが再び斧を掲げる。だが……。
それは一瞬だった。アルファスの影がグラン・リゼの魔力を吸収しつくし、そして生気をも奪っていった。
「他愛もない。」
先程までの勢いがあったグラン・リゼは、干からびた死骸へと成り果てていた。
***
再び、灯生たちとレグノ―。
「もう逃げ場はないぞ、レグノー!」
灯生の声が戦場に響く。
レグノーは両腕に光を収束させ、最後の詠唱を放つ。
「貴様たちの乱れた秩序を正す。我が法に従え、魔術双重構造 逆位相爆破!」
周囲の魔力がねじれ、崩壊の波が広がっていく。
術式が暴走し始めれば、敵味方問わず呑み込まれる。
ロータスが叫ぶ。
「下がってください! こいつ、もう狂ってる!」
だが灯生は、前へ歩を進めた。
「大丈夫だロータス……。」
腰に佩いた魔剣『天景』を抜く。刃が空を裂くように輝く。
「俺はそんなにひ弱じゃない。」
風が止まる。音が消える。
ただ、彼の言葉だけが、戦場に残る。
『
蒼炎に包まれ、一直線に光を放つ。
レグノーの魔術が相殺され、轟音とともに弾け飛ぶ。
「が……はっ……。」
レグノーは灰へと化す。
灯生は肩で息をしながら、剣を収めた。
***
砕けた障壁から、ケルバの軍勢が一気に流れ込む。
戦場は逆転の様相を見せ始めた。
「総員、前進せよ! 中央を制圧するッ!」
ライザンの声が響き、兵たちは勝鬨をあげる。
「やった……! 俺たちは……勝ったんだ!」
血に塗れたカイが、獣人たちとともに拳を掲げた。
ロータスは静かに剣を収め、空を仰ぐ。
しかし。
その空から、一筋の音が降ってきた。
――コツン。
乾いた靴音。戦場の中央に、白銀の甲冑を纏った男が現れる。
静かに、すべての熱が冷めていく。
「……誰だ?」
兵たちの間を、音もなく歩むその男は、真紅の外套を羽織り、薄く笑った。
「初めましてだね。ケルバの勇士たち。」
彼の瞳は、灰色に澄んでいた。
「我が名はアステッド・ランドベルク。
ランドベルク王国第三王子にして、この第二師団の指揮官だ。」
冷気のような気配が戦場を包む。
「……どうか、続けてみせてほしい。
王国が、全力を出すに値する敵かどうかをね。」
アステッドが、静かに剣を抜いた。