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20 誇りと誓いと、咆哮の野にて


地平線の先に聳え立つ障壁へ向けて、三つの影が疾駆する。


灯生の背に燃えるのは、『天景』。

アルファスの足元に揺れるのは、影の川。

ロータスの手にあるのは、紅と銀が入り混じった『朝霧』。


「突破する。俺たちが、前を開ける!」


灯生が低く呟いたその瞬間、アルファスの影が地面に這い、結界を形成する術式柱の構造を可視化させる。


「見えた。中心核は、双重構造……けど、内側は脆い。」


「ならば、斬るまでだ。」


ロータスが剣を抜き放つ。風が唸る。術式の一部に狙いを定め、迷いなく斬撃を放った。


『風断閃』──空気を斬る音が空間を震わせ、結界の一部に亀裂が走る。


そこへ、灯生が蒼い魔力を練り上げる。


断罪の蒼炎ラメント・スレイ


『天景』が咆哮を上げ、裂け目から侵入した。

蒼炎は核へと届き、激しく揺らす。だが……。


「甘いの。」


レグノーの声が、結界の奥から響いた。

再展開。再生成。魔力が硬質に形を取り、蒼炎を押し返す。


「くっ……!」


灯生が歯を食いしばる。その背に、アルファスの影が伸びる。


「アルファス、今だ!上書きする、三秒稼げ!」


「御意!」


ロータスが一歩踏み出し、再び剣を振るう。

裂け目が広がる瞬間、灯生の蒼炎が収束し、ひとつの点に集中する。


2つの剣が合わさり赤黒い蒼炎が、裂け目から突き刺さるように突入。構造の弱点を焼き、ついに!?


 *バリィィィン!*


音を立てて、魔術障壁が砕け散った。



「よくも……。」


中央奥より現れたのは、魔術装束を纏ったレグノー。


「魔術式第八 制御解除。」


その言葉とともに、空気が張り詰め、聖なる光が結晶化したように広がっていく。


「来るぞ!」


アルファスの影が灯生とロータスを包み込み、防壁と化す。

レグノーの魔術が大地を走る。正確無比な光の刃が斬撃のように迫る。

ロータスが受け止め、アルファスが押し返すも、圧力は次第に強まる。


「この男……。ここまで魔術を習得している者がいようとは……!」


灯生は一瞬、胸の奥が凍るのを感じた。

だが、足を止めるわけにはいかない。


「なら、こっちも境界を越えるだけだ。」


灯生の手が闇に染まり、レグノーの魔法陣が反転する。


「ダークディゾルブ!」


レグノーの聖魔術が一瞬崩れ、影が侵食していく。


「っ……術式が……!」


レグノーが眉をひそめる。


「見切った。光と秩序の連鎖構造……。ここに、混沌の一滴を落とす!」


術式が暴走しかける中、灯生が手を振り上げた。

再び放たれた赤黒き蒼炎が、レグノーの防壁を削り取る。

光と闇が交錯する中、三人は中央を突き抜けていく。


 ***


前線隊長であるカイが率いるケルバ軍では、ミスリルの戦装束を纏う部隊をバッタバッタと薙ぎ払い、獣人たちの咆哮がこだまする。


「突撃しろォォォ!! 我らが吼える限り、死は敵のものだ!」


カイの声が響く。その目には闘志が宿り、鎖骨から肩にかけて切り裂かれた傷口が覗いていた。

だが、彼は止まらない。止まれない。それでも、彼は吠える。獣人軍はその叫びに呼応し、地を蹴った。


「俺たちは自由の牙だろうがァッ!!」


獣人たちが再び駆ける。だが、その前に立ちはだかるのは、王国魔術軍隊長 グラン・リゼ。


「まぁ、戦意は認めるが、俺の鉄斧にゃー届かぬ激情よ。」


低く響く声。その男は、王国魔術軍隊長 グラン・リゼ。

全身を黒鉄の魔術装甲で覆い、その背には巨大な魔斧を担いでいた。


「獣どもが。地を這いつくばってればいいものの。少しは楽しませてくれよな。」


魔力が斧に収束する。彼が大地を踏み鳴らすと同時に、地脈が震え、爆雷と氷の裂波が戦場に走った。


「ぐっ……!? バケモンかよ……!」


カイは咄嗟に跳躍して躱すが、後方の獣人たちが吹き飛ばされる。

魔術と肉体を融合させた戦闘術。それが彼の魔術隊長としての真骨頂だった。


「ふん。獣どもがよぉ!」


グラン・リゼの斧が再び振り上げられる。重力すら歪む一撃。

だが、その軌道に、一本の刃が食い込んだ。


「誰が獣だと?」


斬撃が空間を切り裂き、グラン・リゼの斧を逸らす。


「お前は……!」


「遅れてすまない。味方の誇りが削がれるのは、見ていられなかった」


そこに、静かに現れたのはスライムの帝王 アルファス。


「……来てくれたのかアルファス殿。助かります。」


カイが不敵に笑い、背を預ける。


アルファスはグラン・リゼを見据えながら、静かに言った。


「あの男は私が引き受けよう。」


「ふん。なぁにを偉そうなことを。スライムごときがぁ!」


グラン・リゼが再び斧を掲げる。だが……。

それは一瞬だった。アルファスの影がグラン・リゼの魔力を吸収しつくし、そして生気をも奪っていった。


「他愛もない。」


先程までの勢いがあったグラン・リゼは、干からびた死骸へと成り果てていた。


 ***


再び、灯生たちとレグノ―。


「もう逃げ場はないぞ、レグノー!」


灯生の声が戦場に響く。

レグノーは両腕に光を収束させ、最後の詠唱を放つ。


「貴様たちの乱れた秩序を正す。我が法に従え、魔術双重構造 逆位相爆破!」


周囲の魔力がねじれ、崩壊の波が広がっていく。

術式が暴走し始めれば、敵味方問わず呑み込まれる。


ロータスが叫ぶ。


「下がってください! こいつ、もう狂ってる!」


だが灯生は、前へ歩を進めた。


「大丈夫だロータス……。」


腰に佩いた魔剣『天景』を抜く。刃が空を裂くように輝く。


「俺はそんなにひ弱じゃない。」


風が止まる。音が消える。

ただ、彼の言葉だけが、戦場に残る。


空穿残火ヴォルカニック・ホロウ


蒼炎に包まれ、一直線に光を放つ。

レグノーの魔術が相殺され、轟音とともに弾け飛ぶ。


「が……はっ……。」


レグノーは灰へと化す。

灯生は肩で息をしながら、剣を収めた。


 ***


砕けた障壁から、ケルバの軍勢が一気に流れ込む。

戦場は逆転の様相を見せ始めた。


「総員、前進せよ! 中央を制圧するッ!」


ライザンの声が響き、兵たちは勝鬨をあげる。


「やった……! 俺たちは……勝ったんだ!」


血に塗れたカイが、獣人たちとともに拳を掲げた。

ロータスは静かに剣を収め、空を仰ぐ。


しかし。


その空から、一筋の音が降ってきた。


――コツン。


乾いた靴音。戦場の中央に、白銀の甲冑を纏った男が現れる。

静かに、すべての熱が冷めていく。


「……誰だ?」


兵たちの間を、音もなく歩むその男は、真紅の外套を羽織り、薄く笑った。


「初めましてだね。ケルバの勇士たち。」


彼の瞳は、灰色に澄んでいた。


「我が名はアステッド・ランドベルク。

 ランドベルク王国第三王子にして、この第二師団の指揮官だ。」


冷気のような気配が戦場を包む。


「……どうか、続けてみせてほしい。

 王国が、全力を出すに値する敵かどうかをね。」


アステッドが、静かに剣を抜いた。


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