炎は消えていた。風に吹かれて煤が舞う、戦の名残が辺りに充満している。
その中央に、二人の影が向かい合っていた。
「我が名は、ランドベルク王国第三王子、アステッド・ランドベルクである。」
凛と響く声が、戦場に残る兵士たちの耳を打った。
彼の背には、もはや騎士の護衛もいない。
ただ一人、剣を握り、誇りと共に立つ。
「首を宝箱に入れて送ってきたのは誰だ!」
鋭く、怒りを押し殺したような声。
アステッドの視線は、灯生に真っ直ぐ向けられていた。
「我が王国の、人間の誇りが穢されたのだ。
ならば、正義を全うする。たとえこの身が地に落ちようとも。」
灯生は無言でその言葉を受け止めていた。
やがて、ゆっくりと歩み出る。外套が風に揺れ、目は真っ直ぐに王子を見据える。
「この力を振るって、何を守るつもりだ、王子さん。その宝箱を送ったのは俺だ。喜んでくれたかな?」
その声は、怒りではなかった。
ただ冷たく、静かに問いかける声。
「貴様か!! なぜあんな事をした! あれは王国への侮辱、いや反逆だぞ!」
「俺の流儀は『目には目を、歯には歯を』なんだよ王子さん。
君たち王国は何をしたのか解っているのかい? 先に手を出したのは君たちだ。
あ、そうだ。宝箱に入っていた者は生きていただろう。あのデブに比べたらマシな処遇だよ。
それと君が言う誇りや正義とはなんだ?」
アステッドの眉がかすかに歪んだ。
視線が一瞬、灯生の顔から逸れ、足元の血に沈む。
握った拳がわずかに震え、それを隠すように深く息を吸った。
だが次の瞬間には剣を抜き、鋼が空気を裂いた。
「それは誇りや正義ではない。」
灯生もまた、剣を手にする。
だが彼の剣には血がない。まるで祈るように、静かに構えられていた。
「それはただの自尊心で固められた、自己満足の塊だ。」
言葉と同時に、地を蹴る。
二人の剣が交差し、火花が散る。
アステッドの剣は重く、王家の騎士の技をそのままに宿している。
無駄のない直線が灯生に向かう。
だが、灯生はそれを弾くように舞う。
剣の間を滑り抜け、しなやかに反撃を打ち込む。
刃が交差するたびに、言葉が交わされる。
「王国の民を思うならば、なぜ無辜の者を巻き込んだ?」
「黙れ! 貴様に、王の道がわかるものか!」
「ならば、王は誰のために剣を振るう? 王ならば、正義ならばと何をしてもよいと?」
剣戟の間、雨が静かに降り出す。
戦火の残り香を流すように、冷たい雨が二人を濡らす。
アステッドの刃が、灯生の頬をかすめる。
だが灯生もまた、一閃で彼の剣を弾き飛ばした。
次の瞬間、灯生の刃がアステッドの喉元に届いていた。
「……なぜ……止めぬ……。」
アステッドは膝をつき、剣を見つめながら問いかける。
灯生は息を整え、刃を収める。
そして、ただ一言。
「戦いの中に答えはなかった。」
背を向ける。そのままゆっくりと歩き出す。
「だから……お前の中に、まだ何か残っているなら、探せ。
お前の誇りや正義が何だったのかを。お前にはその責がある。王族としての責が。
次はないと思え。俺に、俺の大切なものを刃を剥けるなら、王国自体無くなると思え。」
アステッドはその背を見つめたまま、ただ雨の音に沈黙した。
やがて、王国軍の撤退が始まる。血で塗られた戦いの終わりに、少しの静けさが訪れた。
だが、剣で交わした対話は、きっとこの先も消えずに残るだろう。