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21 血の上の誇り


炎は消えていた。風に吹かれて煤が舞う、戦の名残が辺りに充満している。

その中央に、二人の影が向かい合っていた。


「我が名は、ランドベルク王国第三王子、アステッド・ランドベルクである。」


凛と響く声が、戦場に残る兵士たちの耳を打った。

彼の背には、もはや騎士の護衛もいない。

ただ一人、剣を握り、誇りと共に立つ。


「首を宝箱に入れて送ってきたのは誰だ!」


鋭く、怒りを押し殺したような声。

アステッドの視線は、灯生に真っ直ぐ向けられていた。


「我が王国の、人間の誇りが穢されたのだ。

 ならば、正義を全うする。たとえこの身が地に落ちようとも。」


灯生は無言でその言葉を受け止めていた。

やがて、ゆっくりと歩み出る。外套が風に揺れ、目は真っ直ぐに王子を見据える。


「この力を振るって、何を守るつもりだ、王子さん。その宝箱を送ったのは俺だ。喜んでくれたかな?」


その声は、怒りではなかった。

ただ冷たく、静かに問いかける声。


「貴様か!! なぜあんな事をした! あれは王国への侮辱、いや反逆だぞ!」 


「俺の流儀は『目には目を、歯には歯を』なんだよ王子さん。

 君たち王国は何をしたのか解っているのかい? 先に手を出したのは君たちだ。

 あ、そうだ。宝箱に入っていた者は生きていただろう。あのデブに比べたらマシな処遇だよ。

 それと君が言う誇りや正義とはなんだ?」


アステッドの眉がかすかに歪んだ。

視線が一瞬、灯生の顔から逸れ、足元の血に沈む。

握った拳がわずかに震え、それを隠すように深く息を吸った。

だが次の瞬間には剣を抜き、鋼が空気を裂いた。


「それは誇りや正義ではない。」


灯生もまた、剣を手にする。

だが彼の剣には血がない。まるで祈るように、静かに構えられていた。


「それはただの自尊心で固められた、自己満足の塊だ。」


言葉と同時に、地を蹴る。

二人の剣が交差し、火花が散る。


アステッドの剣は重く、王家の騎士の技をそのままに宿している。

無駄のない直線が灯生に向かう。

だが、灯生はそれを弾くように舞う。

剣の間を滑り抜け、しなやかに反撃を打ち込む。


刃が交差するたびに、言葉が交わされる。


「王国の民を思うならば、なぜ無辜の者を巻き込んだ?」


「黙れ! 貴様に、王の道がわかるものか!」


「ならば、王は誰のために剣を振るう? 王ならば、正義ならばと何をしてもよいと?」


剣戟の間、雨が静かに降り出す。

戦火の残り香を流すように、冷たい雨が二人を濡らす。

アステッドの刃が、灯生の頬をかすめる。

だが灯生もまた、一閃で彼の剣を弾き飛ばした。


次の瞬間、灯生の刃がアステッドの喉元に届いていた。


「……なぜ……止めぬ……。」


アステッドは膝をつき、剣を見つめながら問いかける。

灯生は息を整え、刃を収める。

そして、ただ一言。


「戦いの中に答えはなかった。」


背を向ける。そのままゆっくりと歩き出す。


「だから……お前の中に、まだ何か残っているなら、探せ。

 お前の誇りや正義が何だったのかを。お前にはその責がある。王族としての責が。

 次はないと思え。俺に、俺の大切なものを刃を剥けるなら、王国自体無くなると思え。」


アステッドはその背を見つめたまま、ただ雨の音に沈黙した。

やがて、王国軍の撤退が始まる。血で塗られた戦いの終わりに、少しの静けさが訪れた。

だが、剣で交わした対話は、きっとこの先も消えずに残るだろう。


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