ライザンとカイにひとときの別れを告げた灯生たち一行は、ミンチェスター家の門前にワープした。
冷たい風がそっと肌を撫でる。
だがその空気よりも、先に感じ取った気配がある。
「お帰りなさいませ、灯生様。皆様。」
その声とともに目の前に現れたのは、銀色の髪をなびかせ深紅の瞳がとてもきれいなロータスだった。
察しのよいことで。
「タイミング良すぎない?」
思わず灯生が眉をひそめると、ロータスは唇に指を当てて、くすっと笑った。
「女の勘ですよ。でも……灯生様は匂いでわかりますから。」
顔一つ変えず平気でそんなことを言うロータスには毎回タジタジである。
その一言で、ほんの少し、張り詰めていた空気が和らいだ。
ほんの少し前に訪れた場所なのになんだか落ち着く感じだ。
これが実家に帰ってきたというやつかもな。
灯生は忘れていた前世の頃の記憶を、怖い表情で思い出していた。
忘れてはならないあの感情、あの環境、その自害する痛みと絶望。
そして希望を求めて、ここに辿り着いたことを。
「灯生様? お顔が優れないようですが、大丈夫ですか?」
「うん。大丈夫だよ。少し思い出していただけだから。」
ロータスに悟られてしまった。俺としたことが……。
「皆様、どうぞ中へ。サルビア様とネルビア様がお待ちです。魔王様はこちらへどうぞ。」
ロータスが一歩先を歩き出す。
その後ろ姿には、戦いの余韻すらも包み込むような落ち着きがあった。
相変わらずの広い屋敷だ。この代々当主の自画像が飾られている廊下もどこか懐かしさを感じる。
まぁどの顔もほぼほぼ同じなのだけれど……。そして陽陽光が差し込む応接室へと通された。
そこには、すでに二人の姿があった。
「灯生くーん! 無事でなによりだよ〜! 戦争になったって聞いて肝が冷えたよ。」
振り返ったのは、紫髪に藍のマントを羽織った老紳士、ミンチェスター家当主にして、サリヴァン魔術学校校長でもあるサルビア・ミンチェスター。
その隣には、安定感のある雰囲気の長男ネルビアが待っていた。が、サルビア校長の反応に頭を抱えている。
サルビア校長は相変わらずの天然?っぷりだ。いや、これは天然と言うのか。気が抜けているというのか。
こっちまで気が抜ける。いい意味で。
「父さん! 少しは落ち着いてください。灯生様、皆さんもお帰りなさい。
報告はロータスから受けています。少々面倒なことになっているみたいですね。」
頭を抱えていたネルビアは紅茶を飲み一呼吸ついて、安定感を取り戻し話した。
「面倒、ではありますが……放ってはおけません。早速ですが話しましょう。」
灯生は姿勢を正し、真剣な口調で話し出し、簡潔に報告を始めた。
獣人国を復興したこと、王国軍との交戦、そしてケルバの長老 ライザンが同盟に前向きであること。
サルビアは静かに頷きながら耳を傾けていた。
「なるほど。あらかたわかったよ。同盟には私どもも賛成だ。それでこちらも話したいことがあって……。」
「なんでしょうか?」
「召喚のことだ。王都にいるハルビアから緊急の報告を受けてね。先に召喚したのは王国側だと。
こちらからも魔人国に一つの光の柱が立ったのが見えた。
それでこちらも魔王様が召喚されたと思いネルビアに調査させたんだけど……。」
「痕跡が元魔王城跡地で見つけたのはいいのですが、魔人族の革新派の痕跡も見つけたのです。
駆け付けた時には魔王様もおられなかったのでどうしたものかと……。」
あ、そう言えば言うの忘れていた、か?
でもルルビアさんには会っているんだし、情報は共有しているんじゃ……。
「あ、あのー。すみません。その魔王さんなんですが……。」
「ん? 何か情報があるのか??」
あー。これは伝わっていないのかもなー。とても言いづらい。
とりあえず呼んでくるか。
◈アルファス!魔王さん呼んできて!
◈御意。
数分して。
「どうした灯生よ! また一緒に遊ぶかー?」
サルビアさんは開いた口がふさがらない状態で、ネルビアさんはこの人は誰だと言う顔をしている。
「紹介します。魔王さんです……。」
「え、灯生様、今なんと……?」
「魔王じゃ! イーゴリ・サリヴァンだ! 魔人族なら聞いたことはあるだろう?」
ネルビアがまた頭を抱えだした。
「え、ちょっと状況が読めないのですが……。父さん! 父さんは幼い頃にお会いしているでしょ!
この方、ほんとに魔王様ですか?」
魔王の目線が唖然としているサルビアに移った。
「お主……どこかで見た顔だな……。その顔立ち……もしかして、ルルビアとゾルビアのせがれか!?
あの臆病な子がここまで成長していようとは!!」
サルビアは少し気を取り戻したようだ。と同時に魔王の前に膝をついた。
「お、お久しぶりでございます、魔王様。サルビアでございます! ネルビア!お前も膝を付け!」
とっさのことに動揺しながらもネルビアも膝をついた。
「この若いのはサルビアのせがれか? よい魔力を待っておるの。」
「あ、ありがたきお言葉です!!」
「もう別に頭を下げんでいいぞ、普通にしてよい。臆病なのは変わっておらなんだか。」
2人とも席に着き、魔王も席に着き、異様な雰囲気となった。
あー、とても気まずい。
「2人ともルルビアさんから聞いてないんですか? 俺たちと魔王さんが同行してるって。」
「聞いてないよ灯生君!! そもそも母はほとんど連絡してこないんだから!」
うん。だと思ったよ。ご愁傷様だ。
「あのくそばばぁらしいのぉ。久しぶりに会ったら我をじじぃ呼ばわりだぞ?
全く、中身は変わらんというか。ゾルビアは元気なんか?」
「父と母は今喧嘩状態でして……かれこれ50年ほど。父はダンタリア帝国側の都市におります。」
「そうなのか。また会ってみたいの。灯生よ。会いに行こうぞ!」
「また今度でお願いします。」
「つれないのう。」
乙女か。なんなんだ、この昔話は。
ルルビアさんから情報を得てないのだとしたら……まさか。
「あの、2人とも。勇者のことはご存じで?」
「あぁ、アポロン君だっけ? ハルビアから聞いているよ。
と、言うことは魔王様と勇者が一緒にいるという状況ですか!? なんという好都合……。」
ハルビアさん、さすがミンチェスター家三男にして気が利く男だ!
その後、魔王がなぜ同行しているのかの話題になり、四天王の2人を探していること、同行すれば手掛かりが見つかるかもということ、そして周りまわって魔王とルルビアとゾルビアの昔話を聞いて、時間はあっという間に夜になっていた。
「皆様。夕食の用意ができました。」
と、ロータスがこの昔話からの解放、いや終了のお知らせという名の夕食で助かった。
聞き疲れてくたくたで同盟の話では無くなっていた。
明日にはちゃんと話さないと、と思いながらこの日を終えたのだった。