ミンチェスター邸の広い庭園。
春の陽光がやわらかく降り注ぐ中、久しぶりの再会の空気が静かに満ちていた。
「ポナドじぃ! 久しぶりだね!」
アーロの声が庭の静けさを切り裂く。
年老いたが威厳あるその姿が、こちらへとゆっくりと歩み寄る。
「アーロ! おぬしも元気そうで何よりじゃ!」
硬く握手を交わす二人。
どこか懐かしさと、互いの成長を認め合う尊敬が漂う。
そこへ灯生とロータスが現れた。
灯生は2人が作ってくれた魔剣『天景』を軽く振り、刀身の輝きを確かめている。
ロータスも同じく『朝霧』を見せにやってきた。
と同時にポナドじぃが『朝霧』を凝視した。
「この刻まれとる文字はなんと言うんじゃ?」
「久し振り、ポナドじぃ! それは俺が入れた名前だよ。“アサギリ”と読むんだ。」
「アサギリか……。この刀身の筋、この打ち方、どこかで……。」
「ポナドじぃ、これは師匠が作ったものだって。」
「なんと! それは本当かアーロよ! これが、かの名匠ガンドロフの技か……。」
ポナドじぃの瞳が輝く。
かつて伝説と呼ばれたドワーフの鍛冶師、ガンドロフの名を聞き、思わず目を見張った。
「最後の傑作だと聞いている」と言うロータスは表情を一切変えない。
感動のあまりポナドじぃは静かに深呼吸をしたあと、持っていた杖を置き、無意識のうちに鍛錬台へと歩み寄った。
「わしはまだまだじゃ……。負けてはおれん。」
長年の技と経験が染みついた動きは、まるで歳月を感じさせない鮮やかさだ。
歳を忘れたように汗を流すその背に、アーロもまた胸を熱くし、剣を握りしめた。
「見ておれ、アーロ。名匠ガンドロフの剣は、ただ美しいだけではない。
その刃が切り裂くのは、敵の心の弱さまでじゃ。真の強さは、技の奥にある気迫と精神にあるのだ。」
ポナドじぃの一撃が鍛錬台に鋭い音を立てる。
アーロはその一瞬の間に、剣に込められた気の流れを感じ取った。
「師匠が伝えたかったのは、そういうことか……。」
アーロは小さく呟き、剣に力を込めて同じ動きを真似た。
***
庭園の奥の演習場。タンリックが剣の型を繰り返していた。
そこへリアが颯爽と現れた。
「おじちゃん、久しぶり。今日、勝負してみない?」
挑戦的な笑みとともに差し出された手。タンリックは微笑み返す。
「再会早々おじちゃんはないだろう、リアの嬢ちゃん。まぁそう来ると思ったぜ!」
二人の剣戟が火花を散らす。
リアの身体能力は以前より遥かに向上し、素早く力強い動きにタンリックは驚きを隠せなかった。
激しい攻防の中、かつて共に冒険した日の記憶が蘇る。
勝敗は付かず、二人は互いの実力を認め合い、静かに息を整えた。
「守るべきものがある限り、私は何度でも戦う」リアの言葉がタンリックの心に響く。
激しい模擬戦の後、演習場の縁で汗をぬぐいながらリアが話し始めた。
「獣人国で両親と再会した。生きていてホッとした……。」
タンリックは静かに頷く。
「別れる前の夜、祝祭に参加した。あの時の焚火の炎と、満天の星空は今でも忘れられない。」
タンリックは微笑んだ。
「さっきのリアの嬢ちゃんが言ったこと、『守るべきものがある限り、私は何度でも戦う』って。
いいじゃねぇか! 少しは成長したんじゃないか?」
リアは少し照れくさそうにしている。
「守るべきものがあるから、戦うんだな。」
リアの言葉にタンリックは、
「そうだな。まっ、先に俺を倒さないとまだまだだけどな!」
タンリックの顔面にリアの拳が直撃した。
***
邸内の書斎にて。灯生、リア、ルーナ、セリーヌが机を囲んでいた。
リアが母から託されたという古びた本――“獣神の系譜”を慎重に開く。
「この文字、カイがまとめていた獣人古語の本と照らし合わせれば……」と灯生が指示を出す。
翻訳作業が始まる中、古語から浮かび上がるのは“獣神”についてのものだった。
——四種の聖獣が人の姿を得て、森を守っていた
——その血を引く者は時に『原初の徴』と呼ばれる力を持つ
——“獣神の残響”と呼ばれる特異な力
——黒猫族は風と影を読み、“迅なる爪”と呼ばれる古き戦士の末裔だ
ルーナが静かに本の上に手をかざすと、ほのかに青い光が文字の一部を照らした。
「この文字、魔力で隠されているかも。」
ルーナが呟く。
「試してみましょう。」
セリーヌはゆっくりと呪文を唱え始めた。
文字の一部が浮かび上がり、新たな一節が現れるが、一部の文は判読できず、謎めいた記述が続く。
——“獣神”が“神代の協定”……
——“獣神”が交わした盟約は、未だ終わらず……
部屋の中に重い静寂が流れ、誰もがその言葉の意味を噛み締めていた。