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第16話 魔法師の戦闘

「ここにいて!!」


海埼さんは手慣れた動きで俺を木陰に下ろすと、目の前に浮かぶ封魔夢を静かに見据えた。


「ナギルア!!」


彼女の声と同時に、足元に明るい青色の魔法陣が広がる。

その中心から、ふわりと大きな人影が立ち上がった。

ベールを纏った女性のシルエット…海埼さんの精霊だ。

学園にいた時は白く見えていたそれは今はまるで深く澄んだ海の色をしている。

啓さんのそばにいたフレイムと似た雰囲気があるけれど、ナギルアさんには大きな翼がある。


今日は精霊にも縁があったか…。


やれやれ。我ながら場違いな感想を漏らす中、海埼さんの手には長すぎず、短すぎないシンプルな杖が握られる。その先端には透明感のある青い青玉がほんのり色づいてもいる。魔法師が使う本物の魔法具マギアガジェット。俺達みたいな一般人が恩恵に預かっている魔法端末とは毛色の異なる代物。


間近で見るのは初めてだ。

昨日、学園の中庭で封魔夢と遭遇したという記憶はあっても認識する感触は比べ物にならない。


今…俺の心臓は歓喜している。


これでは魔法科の言動に一喜一憂しているクラスメイト達を悪く言えない。


「綺麗だ……」


そして、幻想的な魔法を目の当たりにしてうっかり感動するしかないのである。

野次馬根性丸出しの俺とは対照的に海埼さんの戦いはもう始まっていたりもするわけで…。


――ギュッ!


小動物みたいな声を上げて、封魔夢が紫色の魔力弾を飛ばしてきた。


魔力弾……って表現でいいのか分からないけれど、とにかく、当たったら洒落にならないのは確実だな。だが、海埼さんは軽々と魔法弾をかわして、空を縦横に舞っていく。


飛行魔法だ。

一般人からしたら、かなり夢のある光景だ。

戦闘真っ最中の場面じゃなければの話ではあるが…。


「うわっ、危ない!」


一匹だと思われていた封魔夢にお仲間が出来たようだ。

それも二匹もだ。封魔夢達は連携を取るように海埼さんを取り囲み、攻撃を繰り出す。


だけど、俺の心配なんて必要ないみたいに海埼さんを守るようにナギルアさんのベールが彼女を包んでいく。封魔夢の攻撃は彼女には届かない。


「一撃で決めるわ」


ローブが風を受けてなびき、彼女の杖が封魔夢に向けられる。

その足元に青く光る魔法陣はさらに大きくなる。

その瞬間、風が止んだ気がした。

空気が変わる。蓮の周りに感じる“整った空気”とは違う、もっと鋭く張りつめた感触。


「響け、静寂の底より……ナギルア!交わりて――放て“水間の声”!!」


静かな声で、海埼さんが詠唱を始めた。

ナギルアさんの姿が淡く光りながら杖に吸い込まれていく。


そして、青い魔力の塊が音もなく、封魔夢を貫いた。


一瞬だった。

残ったのは、風に揺れる木々のざわめきだけ…。

封魔夢は、もういない。


「ごめんね。大丈夫だった?」

「えっ? あ、はい!」


いつの間にか俺の近くに戻ってきた海埼さんが柔らかく微笑んでいた。

ついさっきまで真剣な顔だったのに、今はどう見ても普通の女の子だ。


「あれ? 君って…」

「生徒指導室でご一緒しました糸森です。はい、また失礼します」

「何それ、堅苦しい。たしか、同い年よね?」

「まあ、一応。でも、なんとなく?そう言いたくて…」


海埼さんは少し考え込むようにうつむいた。

もう日も沈んでるし、謝罪モードはそろそろ切り上げてもいいと思うんだけどな。


「ほんとにごめんなさい。昨日に続いて今日も封魔夢の騒動に巻き込んじゃって」

「いやいや、こっちは助けてもらった方だから。むしろ命の恩人じゃないのかな?」


昨日のことは未だに曖昧だけど、現在進行形に関してはハッキリしている。

感謝すべきなのは、俺の方だ。


「封魔夢を倒すのは魔法師の役目なの。一般人を巻き込むなんて絶対にダメなの。私がもっと強くならなきゃ…。このままじゃ、いつか被害が出ちゃう」


あんなにあっさり倒していたのに…。

恐ろしく完璧主義だな。


「海埼さんって真面目なんだね。魔法師って、みんなそうなのかな?」

「私は当たり前のことをしてるだけだよ。魔法師は選ばれた人間。だから責任があるの。力を持たない人たちを守らなきゃいけない」

「うーん。その言葉、ちょっと引っかかるな」

「えっ?」


驚いた表情が見える。

なぜだか、それが不思議と印象に残った。


「ごめん。別に海埼さんの覚悟を否定したいわけじゃないんだよ。でもさ、“一般人を巻き込むなんて絶対にダメ”って言い方の裏に、“魔法師なら巻き込んでもいい”って響きがある気がして。それってなんだか寂しいくない?まるで、家族はないがしろにするのに、他人にはいい顔する昔のドラマみたいだよ?」


あっ!やばいな。

失言だったかな?


案の定、海埼さんの驚いた瞳とぶつかった。


「糸森くんって、変わってるって言われない?」

「失礼だな。まあ、言われるけど」

「普通なら、“魔法師”と”一般人”を区別するなって怒るとこだよ?」


俺みたいなのでも魔法端末を扱える時代になっても魔法師とそうでない人との間には、わだかまりみたいなものもまだ残っていたりするもんな。

でもさあ…。魔力排他者とか魔法師絶対主義なんて過激な思想はとっくの昔に滅んだって認識でもあったんだけどな。ちなみに神岐市のスローガンは”魔法の力をすべての人へ”だったりする。

海埼さんの発言はそれがあっての事なんだろうけど…。


「そうはいってもさあ…。俺たちは“違う”じゃん?」

「まあ、そうだよね。だから今でも魔法師を嫌ってる人は多いでしょう?だから、魔法師は絶対に失敗しちゃいけないの。行動一つで火種を生みかねないから」


おいおい。一体いつの時代の話をしてるんだい?

海埼さんは中世から来たのかな?


「逆もあるんじゃないかな?一般人が嫌いな魔法師さんもいるだろう?石房先輩には明らかに敵意を向けられたし…」

「あれはごめんなさい」

「いいよ。俺は気にしてない。きっと魔法師さんって、ストレス多いんだろうから」

「やっぱりいい人ね。糸森くん」

「普通だと思うけどな」


海埼さんはクスっと笑う。


「俊也を庇うわけじゃないけど、いつもは面倒見がいいのよ。でも、ここ最近はずっとイライラしてる。まあ、今日のお昼は珍しく機嫌が良くて驚いたけどね。それは私もだけど…」

「海埼さんも調子がよかったの?」

「う~ん。なんだか、身体が軽かった気はする」

「へえ~」


それはきっと蓮が”整えた”からだと思うよ。


「でも、封魔夢がこうも立て続けたに出現されたら休む暇がないわよ」

「ニュースでも取り上げられてるよね。最近、増えてるって」

「そうなの。以前はこんなに続かなかったのに。本部でもちょっと話題になってて。それも強い個体ばっかり…」

「本部って、魔法特務隊のこと?」


海埼さんは首を横に振った。


「じゃあ、全国魔法師連盟団か」

「それは上過ぎ。神岐魔法協会よ」

「ああ…」


魔法師関連団体って微妙に多くてややこしいのである。

一般人には難しいよ。


「魔法師って本当に激務なんだなぁ」


だからって俺に出来る事はないけど…。

でも、そうだな。


「海埼さんってパン好き?」

「え? まあ、普通かな?」

「蓮…天戸のパン、美味しかっただろう?」

「今朝…くれた。うん」

「ならさあ…。また、食べてあげてくれよ。アイツ、パン焼くの好きなんだ」

「う…ん?」


親友のパンを薦めてみる俺は良い奴だろう?

なんて、自分で言うのは空しい限りで…。


そして、海埼さんはどこか引っかかるような表情で空を見上げている。


「この辺は結構、星が見えるのね」


多いって程は見えないと思うけどな。


「星、好き?」

「そこそこ……」

「そっか。そういうところは、変わってないんだね」

「前に会ったことあった?」

「ううん。昨日が初めてだよ」


――桜真くん。

――星がいっぱいだよ。


海埼さんの瞳は、昔より少し大きくなったように思えた。

それはたぶん、彼女が大人に近づいて、見える世界が広がったからなんだろうな。


「海埼さん。魔法師さん達が一般人をどう思っていようとも俺達がこうして、日常を過ごしているのは間違いなく貴方達のおかげですよ。それだけは忘れないでくださいね」

「やっぱり、変わってるわ。でも急に敬語になるのは反則だから」

「反則か。うん。面白い表現だ」


――”封魔夢出現。場所は……”。


海埼さんのマギスマホが鳴った。


「まただ。行かなきゃ…」

「気をつけて」


浮かび上がる海埼さんに手を振った。


「そっちも…ちゃんと帰ってね」

「ああ」


彼女の姿がすぐに夜空へと消えていく。


まさか、また彼女と星の話をする日が来るとはな。

やれやれ。本当に非日常は突然やってくるんだから困ったものだ。


まあ、それはいいんだけどさあ。

できれば、もうちょっと家の近くに降ろしてほしかったな。


地味に歩く距離、増えたか…。


少しだけ生まれた文句を胸にしまって、俺は帰路を急ぐしかないわけで…。

とりあえず、夜はまだこれからだ。

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