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第22話 購買部の幽霊

碧見原学園の購買部はまあまあ、人気だったりする。

なんて控えめに言ってるけど、昼時の混雑っぷりは戦場レベルではある。


「相変わらず、先が見えないな」


魔法科と一般科を繋ぐ食堂棟の一階。

列の最後尾で、俺は遠い前方を眺めてため息をついた。


「俺は一度も買えた事ないんだよな」

「そう言えば、コロッケパンを食べているところ、見た事ないね」


すぐ後ろで傍観者モードの俺に、蓮がのんきな声をかけてくる。

あの争奪戦の中に突っ込む気力なんて、最初からないよ。

そもそも、“君と一緒にパンを買った記憶はない”とも言えるはずもないわけで…。

それが、ちょっと切ないと思ってしまった事にも目をつぶろう。


「それはさておき、パン作りの名人としては、やっぱりコロッケパンに興味はあるのかい?」

「う~ん、そうだね。まあ、食べてみたいかな?とは思うよ」

「試作の参考に?」

「それもアリだね」


蓮は楽しそうにウインクしてみせる。

へぇ、そんな表情もするんだ。

友人の意外な一面に、地味にテンションが上がってしまうのは思春期ゆえだと諦めよう。


「それで、ほんとのところはどうなんだい?」

「うん?」

「購買部の幽霊。歪理だと思ってるのかい?」

「さあ、どうだろうね。里菜さんが言った通り、魔法悪戯かもよ」


――魔法悪戯。


魔法を使った妨害行為、または軽犯罪の総称だが、その定義はかなり広い。

とはいえ、俺達みたいな善良な学生が話題にするのは大抵、くだらない小ネタレベルのやつだ。

それこそ、悪戯って言葉が似合うもの。

例えば、足元を一瞬だけふわっと浮かせてすれ違う通称”ふわふわ魔”とか、無許可で髪を静電気で逆立てる”ヘアスパーク魔”とかは定期的に学園に現れるので有名である。


大体、やらかした学生は生徒指導室行きになるのも恒例行事だったりする。


昔は魔力を持つ者しか出来なかった技だが今では“マギアプリ”一つで誰でもできる。

だから、結構危険な魔法悪戯も年々多くなってきており地味に社会問題にもなっていたりもする。

俺自身は遭遇したことないけど…。


「魔法悪戯か。だから風紀員会の人たちの姿が多いのかな?」


購買部の周辺をうろつくローブ姿の学生達。ざっと数えただけでも6人はいる。

彼らは碧見原学園が誇る生徒の風紀を守る守護者達。

というのはちょっと大げさか。

だが、風紀員に所属する彼らは魔法による秩序の乱れにとにかく厳しい事で知られている。

魔法悪戯なんて言葉を聞いたら、そりゃあ、彼らは動くよな。


「幽霊の話、杉浦の戯言ではないのかも?」


そう俺が感想をもらしたその時だった。


香ばしい匂いが空気をかき混ぜる。

揚げたてのコロッケの香りが鼻をかすめた。

それだけで腹がなりそうだ。


「なっ!俺のコロッケパンがない!」


俺の腹が緩やかに空腹の色を見せる中、先頭に並んでいた男子生徒の叫びによって混乱の幕が上がった。


――「私のもない!」

――「焼きそばパン、どこだよ!?」

――「きゃあっ! 誰かがメロンパン取った!」


騒然とする列の中、風紀委員がすばやく割って入った。

そして、珍しく蓮までがその混乱へ加わっていくものだから、俺も追いかけざるおえないわけで…。

幸いというべきは列の最前、騒ぎの発端の青年が誰なのかすぐに思い当たった事ぐらいだろう。

何せ、彼もそこそこ有名人だから。

生徒会書記の小口将人君だ。

確か一年A組だったかな?

ということは、生徒会と風紀委員会の両方がこの場にいることになる。

これ、ちょっと面白い展開になってきたかもしれない。

なんて、場違いな感想を抱いてしまう俺は、やっぱり少し変人かもしれないな。

だが、そうは言っても、一般科の生徒が担う生徒会と魔法科主体な風紀委員会には微妙な距離感があるのは学生達なら誰だって分かっている。


建前ではどちらも“学園のために尽くす”というスローガンを掲げている組織だが、実際はライバル関係なのである。別にだからって、派手はバトルをしているわけではない。

しいて言うなら、互いの行動は常に監視し合っているだけなのだから。


静かな心理戦が繰り広げられているっていうのが正しいか?


はたまた、表向きは穏やかでも、いつも火種がくすぶりあっている学園の闇!!

いや、まあ、それは俺の妄想だから多分違う。

それでも、両者が同じ空間にいるのが珍しいのも事実で…。


とにかく、購買部のパニックは現在進行中である。


「美味しそうなチョココロネだね」


こんな状況だというのに蓮はというと騒ぎもどこ吹く風といった様子で、パンに夢中だったりもしている。俺は彼の関心を引いたチョココロネに手を伸ばした。

だが、その瞬間、何かに引っ張られるような奇妙な感覚がした。

しかし、目の前には誰もいない。


――私の…。

――買いたいな。


声が?


この気配って、魔法悪戯じゃなくて、やっぱり歪理なんじゃ?

そんな疑問を抱いた時、俺が握ったチョココロネのクリームがすうっと音もなく消えた。


「今の見た?」

「うん。パンが消えたね」

「いや、クリームだけだけど?」

「僕には何も見えないよ」

「コロネ本体も?」

「ああ。君の手、空っぽに見える」


いやいや、ちゃんとチョコの抜けたコロネを握ってるよ。


――「幽霊だ!」

――「幽霊がパンを万引きした」


騒ぎが広がる中、俺はチョコ抜きコロネの代金をしれっと自動魔法精算機に投入した。

無断持ち去りはダメだからね。その辺りはちゃんとしておかなきゃ…。


「貴様ら、騒がしいぞ」


その場の空気が一瞬で静まり返る鋭く低い声。

現れたのは石房先輩だ。


うん。元気そうで何よりだ。


「この件は我々、魔法科が預かる。生徒会、それで異論はないな?」


鋭い視線が小口君へ突き刺さる。

先輩、歪理に巻き込まれる前とほとんど変わってないようだな。


「構いませんよ。たぶん」


小口君は静かに場を離れていく。


――「魔法で、対処できれば………」


かすかに聞こえたその言葉は、空耳だったのかもしれない。

でも、なぜだか妙に頭に残る。

そして、石房先輩の一声で生徒たちの動揺は落ち着き、一人二人と列を離れていった。

購買部前の騒動はひとまず収束したってところだろうか。


「俺も、チョコのないコロネだけじゃな」

「何か買う?」

「うーん、じゃあ、カレーうどんにしようかな」

「なら急いだ方がいいよ」

「そうでしょうとも…」


購買部が機能しないなら、生徒たちは当然、学食に流れる。

急がなければ、カレーうどんさえ買えない事態になりかねない。


今日の昼は、なんだか騒がしくて落ち着かないよ。

それにしても、なぜチョコだけを持っていくんだよ。

よっぽどチョコが好きなのかい?


魔法悪戯にせよ、歪理にせよ、悪質には違いない。

チョコのないコロネなんて味気なさすぎる。

それに、もうひとつ気になるのは石房先輩の視線が、ずっとこちらに向けられていたことだ。


もしかして、屋上での記憶が残ってるのだろうか?

でも、連の表情は相変わらず飄々としていて、何事も起きていないように笑っている。

いや、蓮は何も覚えていないのだから当然か。

そんなことを考えながら、俺はカレーうどんを目指して小走りになるわけで…。

なにせ育ち盛りの17歳だからな。昼食は最重要事項だ。

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