そんなある日。
その日は、畑仕事が休みで、僕は村の中を散歩していた。広場に行くと、何やら人だかりが出来ている。何事かと思って見に行くと、女の子が一人で周りの人に必死に何かを訴えていた。
「@adjjmmgpjjdkgjjdd!」
どうやら、この辺りの言葉では無いようだ。早速、僕は、スキルを発動した。
「助けてください!」
女の子は、何か助けを求めているようだ。
僕は、彼女の話を聞くことにした。
「どうしたんだい?僕で良ければ話を聞くよ。」
「私の言葉が分かるんですか?良かった。分かる人がいて。」
「ここは人が多い。場所を変えよう。」
「はい。わかりました。」
僕は、女の子を連れて酒場に入った。
角のテーブル席に座って、飲み物を注文し、落ち着いたところで、改めて話を切り出した。
「それで、君の名前は?」
「私はリリアです。」
「僕はケンタ。よろしく。」
リリアは、赤くて長い髪をしている。背は160㎝くらい、歳は18くらいだろう。種族は人間だ。
「私、ここから1日ほど歩いたところにある小さな集落の出身なんです。食べ物が底をついてしまって、食料を分けてもらいに来たんですけど、言葉が通じなくて。あなたがいて助かりました。」
「食料を買うお金はあるのかい?」
「少しなら。」
そう言って、彼女は、腰につけた袋を開けた。金貨が数枚入っている。本当に少しだ。これでは1人分くらいにしかならないだろう。
「これじゃあ、少ないから、僕のお金も足してあげるよ。」
「そんな。悪いです。」
「大丈夫。僕はまだ余裕があるし、困っている人は助けなきゃ。」
「ありがとうございます!」
そして、僕らは、食料品店に買い物に行った。干し肉や米など保存のきくものが中心だ。
「こんなに沢山。これで集落のみんなが助かります。ありがとうございました!」
「荷物が多いし、女の子の一人旅は危険だ。僕も集落まで一緒に行くよ。」
「そんな、そこまでお世話にはなれません。」
「大丈夫。君のボディーガードをやらせてくれ。但し報酬はもらうよ。それで良いだろう?」
「わかりました。よろしくお願いします!」
こうして僕は、リリアの集落まで一緒に行くことにした。
リリアの集落へは、この村から丸一日は歩く。一晩は野宿になるということだ。僕らは翌朝早くに出発することにした。
この辺りは、まだ魔物が少ない。いたとしても、森の中で最初に戦ったウサギくらいのレベルのヤツだそうだ。集団でこられたら厳しいけど、僕一人で何とかなるだろう。
しばらく歩くと泉があった、ちょうど喉が渇いていたところだ、ありがたい。
僕は両手で掬って水を飲んだ。リリアも水を飲む。なんだか、この辺はのどかで、ピクニックにでも来ている気分になる。
「リリアの住んでる集落は、どんなところなんだい。」
「家が数件あるだけの小さな集落です、作物を育てて、自給自足で生活してるのだけど、今年は不作で。困っていたの。」
「村との交流は?」
「私たちとは言葉が違うから交流はほとんど無かった。どちらもお互いに干渉しない。ずっとそうやってきたの。昔は私たちの集落も大きな村だったんだけど、若い人が都会に出て行ってしまったりして、人が減ってしまった。」
「若い人はリリアのほかにはいないのかい?」
「私が一番若いの。あとは老人がほとんど。」
「そうか、君らの言葉はなんでミルドの村と違うんだい?」
「私たちは、昔、高度な文明を持っていた古代人の末裔だと言われているの。集落の近くには遺跡もある。古代人の言葉がずっと受け継がれてきているの。」
「古代人か。なんだかロマンを感じるな。」
「ロマン?」
「いや、魅力的で興味があるってことだよ。遺跡を調べたら何かわかるかもしれない。」
話しながら歩いていたらすっかり陽が暮れてしまった。
「今日は、ここで野宿しよう。」
火を絶やさないようにして、彼女を寝かせ、僕も仮眠をとった。
ウトウトしかけた、その時だった、
グルルルルルッ
獣の唸り声で目を覚ました。
2つの目が光っている。
僕は片手で短剣を構え、もう片方の手で松明を持った。
こいつはオオカミのような魔物だ。
魔物は、こちらを睨みつけている。
僕は松明を左右に振って、追い払おうとした。
しばらく睨み合いが続いた後、オオカミは逃げていった。
・・・助かった。
リリアは寝息を立てている。
僕は、それから寝ずに番をした。
翌朝。
「おはよう。」
「リリア、よく眠れたか?」
「うん、ばっちり。」
僕は、寝不足だよとは言えないな。
「君の集落までは、あとどれくらい?」
「あと半日くらいかな。」
「よし、急ごう。」
僕らは、歩き出した。
昼を少し過ぎたくらいだろうか?
集落が見えてきた。
木に囲まれた中に数件の三角屋根の家が建っている。
まるでおとぎ話の絵本に出てきそうな家だ。
「ここが私の家。どうぞ、入って。」
「お邪魔します。」
「荷物はここに置いておいて。」
案外広いリビングだ。僕は、持ってきた食材を床に置いた。
この集落はすごく良さそうなところだけど、他の村との交流がないのが問題だな。言葉が通じないというのが厄介だ。僕の力で何とかできないだろうか?
「リリア、今回みたいに他の村に食材を買いに行くことはよくあるのかい?」
「そうね。作物が不作の年は特に多いかな。」
「毎回、リリアが行くのかい?」
「そう。私が一番若いから。一番近くの村でも片道1日かかるし。」
「大変だね。言葉も違うし。」
「でも、もう慣れたわ。」
そうは言っても、こんなことを繰り返すのは、やっぱり非効率だ。
僕が仲を取り持ってなんとかしなければ。
「僕が、ミルド村の人に頼んでみるよ。」
「本当に?そうしてもらえると助かるわ。」
「月に1回とか、定期的にここに来て、食料を分けてもらうようにすれば、いいかな。」
「そうね。それくらいで大丈夫だと思う。」
そうすれば、これをきっかけに村との交流が生まれるかもしれない。
僕は、早速、ミルド村に戻った。
村に戻ると、僕は酒場に行った。
酒場で昼間から飲んでいる八百屋や肉屋を捕まえて、交渉をするのだ。
「・・・というわけで、そこの集落に月に一度、食材を売りに行ってくれないか?」
「その見返りは何かあるのかい?」
「そこの集落では、珍しい作物が取れる。それから、手作りの服は珍しい装飾がされていて貴重な品だと思うよ。」
「よし。いいだろう。その話乗った!」
「交渉成立だな。」
今度は、この交渉の話をリリアにしないといけない。
僕は、リリアの集落に向かった。
リリアと集落の長のおじいさんに話をする。
「・・・というわけで、この集落の作物と服を毎月、用意してもらいたいんです。それと交換で食材が手に入ります。」
「悪い話ではないわね。ねえ、長?」
「向こうから来てくれるというのは、ありがたい。これでわしらも生活できる。」
「では、交渉成立ということで良いですね?」
「よろこんで受けさせてもらいます。」
こうして、ミルド村と集落の交易が始まった。村からの食材は、馬車で運ぶ。これなら集落まで数時間で行けるので楽ちんだ。村に馬がいるなら、もっと早く教えてもらいたかったが。
集落の作物と手作りの服も好評で、ひとまず、交易はうまくいきそうだ。そして、リリアは毎月、村に通って言葉を勉強するようになった。将来は通訳になりたいそうだ。全てが丸く収まったようで良かった。
そんなある日、集落に新たな脅威が迫りつつあった。
僕は、リリアの集落に世話になっていた。何故かというと。近くにある遺跡に興味を持ったからだ。遺跡の調査にはリリアも同行してくれている。
僕の「翻訳スキル」のおかげで、遺跡に刻まれた古代の文字も問題なく読める。考古学者なら喉から手が出るほど欲しいスキルだろうな。冒険にはあまり役立たないけど。
古代の人々は、かなり進んだ文明を持っていたようだ。魔法の力で農業や工業が発展していた。そういえば、魔法使いのハックがいるということは、今のこの世界にも魔法があるということか。なぜ古代文明は滅んでしまったんだろうか?やはり戦争か?
リリアに古い言い伝えなどは伝わってないか聞いてみたけど、特に無いみたいだ。
首都エルドの図書館なら、何か文献があるかもしれない。やはり、いつかは首都に行かないといけないか。
旅に出るとなると、用心棒が必要だな。村に腕っぷしの強いのが何人かいるけど、世界を旅するとなると尻込みするかもしれないな。どうやって探そう。
「リリアって、何かスキルは持ってるのかい?」
ふと気になって聞いてみた。
「私は、回復系と攻撃補助系の魔法が使えるわ。」
回復系!?それで、女の子一人でもミルド村まで行けたのか。
「リリアは、外の世界には興味があるかい?」
「興味はあるけど、集落の人がいるから・・・」
「そうか。そうだよね。」
回復魔法の使い手が仲間にいれば、心強いんだけどな。
村でだれか探してみるか。
そんな時、集落で事件が起こった。
村からゴラムが作物を交換に来ている時だった。
「じゃあ、この大根は、ここに置いとくな。」
「ありがとう、助かるよ。」
「畑が大変だ!みんな来てくれ!」
叫ぶ声が聞こえた。僕とゴラムは、急いで畑に向かった。
畑を見ると、作物が荒らされている。ひどい状態だ。
「魔物にやられた。どうしたら良いんだ。」
どうやら、この近くを縄張りにしている魔物にやられたらしい。
動物避けの対策なんて、あまり意味がないだろうし、退治出来るような戦士も、この集落にはいないよなぁ。
「俺が、魔物退治しようか?」
突然、ゴラムが言い出す。ゴラムって、まさか戦士なのか?
「俺は、こう見えて、ウォリアーだ。任せてくれ。」
灯台下暗しとは、このことだ。まさか、こんなに近くに戦士がいたとは。
「じゃあ、僕も行こう。1人じゃ危険だ。」
流石に、ゴラムが戦士だと言っても、1人で行かせる訳にはいかない。
「よし、ケンタと一緒なら、心強い。よろしく頼む。」
話が決まりかけた時、もう1人手を上げた。
「私も行く。回復魔法を使える仲間がいた方が良いでしょ?」
リリアだった。
「リリア、気持ちはありがたいが危険だぞ。」
「大丈夫。それに私の集落の問題だもの。」
「わかった。一緒に行こう。」
こうして、僕、ゴラム、リリアの3人で魔物退治に行くことになった。
3人で森の中に入って行く。ザコ敵はいなそうだ。もしかしたら逃げてしまったのかも知れない。それだけ強い魔物という事だろう。
僕らは森の奥に入って行く。古代の遺跡が見えてきた。この辺りで魔物は見たことがないけど。
!?
何か獣の唸り声のような音が聞こえる。
「ゴラム、聞こえたか?」
「ゴブリンは耳が良い。さっきから聞こえてるよ。」
ゴラムは、周囲を警戒している。
森の奥に大きな黒い影が見えた。
向こうもこちらを警戒しているようだ。
次の瞬間、巨大な影が襲ってきた!
「グリズリーだ!」
茶色い毛のデカい熊だ。
僕たちは、身を翻して、グリズリーを囲んだ。
グワーッ!
グリズリーが大きな腕を振り回して、リリアに襲いかかる!
ゴラムが間に入って、グリズリーを斬りつける。腹にダメージを与えたようだ。傷を負ったグリズリーは益々凶暴になる。
??
突然、僕の頭の中に、何かのイメージが流れ込んできた。視界に僕たちが見える。次は右手でゴブリンを殴る?
これはグリズリーの思考だ!僕は咄嗟に叫んだ!
「ゴラム!右パンチが来るぞ!」
グリズリーの右手がゴラムに襲いかかる。ゴラムは、それを避けて、グリズリーの首をはねた。
バタン!
首を切り離されたグリズリーの体はそのまま前のめりに倒れた。
グリズリーに勝った。
僕はほっとして、その場に座り込んでしまった。
「やったぞ!グリズリーを倒した!」
ゴラムが勝利の雄叫びを上げた。
「ゴラムさん、凄い!本当に強いのね。」
リリアがゴラムに抱きついた。
ゴラムは照れている。
「ゴラム、本当に強い戦士だな。見直したよ。」
ゴブリンが戦士だなんて、この世界は、普通のファンタジーじゃないんだな。
「ところで、ケンタ。どうして、グリズリーの右パンチがわかったんだ?」
「それが、急にグリズリーの考えが頭の中に流れ込んで来たんだ。僕にも理由はよく分からない。」
「魔物の考えたことが分かる、か。ケンタ。お前が持ってる翻訳スキルと関係があるんじゃないか?」
ゴラムの言う通りだ。もしかしたら、僕のスキルを発動させた魔法使いハックなら、何か知ってるかも知れない。
「ちょっと心当たりがある。その人なら、知っているかもしれない。」
「じゃあ、その人に聞きにいきましょ!」
リリアが妙に前のめりだ。
「俺も賛成だ。一緒に行くぜ。」
ゴラムも乗り気か。
「よし、3人で、その人の家に行こう。」
僕らは、魔法使いハックの家に行くことになった。
ゴラムの馬車に乗って半日でハックの家に着いた。やっぱり、徒歩より早い。当たり前だけど。
ハックの家から旅立ったのが、随分前のような気がする。それくらい、この短期間で色々あった。
玄関のドアをノックしたが、返事が無い。
「ハック。ケンタです。いらっしゃいますか?」
「おお。ケンタか!入りなさい。」
家の中から声がした。
「お邪魔します。」
僕は家の中に入った。
「ご無沙汰してます。ハック。一緒にいるのは、ゴラムとリリア。」
「初めまして。よろしくお願いします。」
リリアがハックに挨拶をする。
「このお嬢さんは、古代の民族の末裔だね。訛りに特徴がある。」
そうか、リリアは言葉を勉強中だったな。訛りで出身がわかるのか。
「俺はゴブリンの戦士ゴラム。」
「ゴブリンの戦士か、なかなか珍しいのぅ。」
「ハック、今日は、聞きたいことがあって、来たんだ。」
「分かっておる。ケンタのスキルのことじゃな。長くなるから、しばらくゆっくりして行けばいい。」
ハックは、やはり何かを知っている。
僕らは、ハックの家にしばらく滞在することにした。