翌日。
ついに、次の町にたどり着いた。
ミルド村と比べても、かなり大きな町だ。
入口のアーチには「ガルムヘルムの町」と書いてある。
早速、僕らは宿屋を探すことにした。
「この町の名は、ガルムヘルム。この地方では最大の町じゃな。確か世界共通語も通じるはずじゃ。」
ハックが教えてくれた。
なるほど、ここは世界共通語が通じるのか。流石に大きな町は違うな。
アーチをくぐってしばらく行くと左手に宿屋が見えた。
馬車を停める場所もあって、大きな宿屋だ。
宿屋の前に馬車を停めて、中に入る。
扉を開けると広い空間が広がっていた、まるで、ホテルのロビーだ。
正面に受付がある。
「いらっしゃいませ。ガルムヘルムで一番の宿屋にようこそ。」
店主が迎えてくれた。
町一番を自称するとは、よほど自信があるんだろう。
「4人分の部屋を探してるんだけど。」
早速、僕の翻訳スキルを活用する。やはり、この町の公用語は、世界共通語のようだ。
「女性が一人いらっしゃるので、個室1部屋と3人部屋を1部屋用意いたしましょう。」
気の利く店主だ。
「助かるよ。ありがとう。」
「お部屋は3階でございます。鍵をどうぞ。」
僕らは鍵を受け取って、部屋に向かった。
「リリアはここだな。何かあったら、すぐに呼ぶんだぞ。」
女性一人は何かと心配だ。
特にこの世界では、何が起こるかわからない。
「男3人は、ここだな。」
リリアの部屋のはす向かいの部屋だ。
部屋の中は、町一番を自称するだけあって、なかなか綺麗だった。これなら快適に過ごせそうだ。
荷物を置いて、とりあえずは町の中を見て回ることにした。
まずは、やっぱり酒場で情報収集だろう。
宿屋の主人におすすめの酒場の場所を聞いて、行くことにした。
「ガルムヘルムで一番の酒場なら『ドラゴンの牙』だな。あそこなら間違いないよ。」
「『ドラゴンの牙』か、よし、行ってみよう。」
僕らは、宿屋の主人が紹介してくれた『ドラゴンの牙』に向かった。
その店のドアには立派なドラゴンの彫刻が彫られている。
看板は、ドラゴンの牙で出来ているようだ。
店の中からは賑やかな声が聞こえてくる。
僕らは店に入って、壁際のテーブル席に座った。
すると、店員がすぐにやってきた。
「お客さん、ご注文は?」
「ビール人数分と、ここのおすすめ料理をください。」
「今日のおすすめは、骨付きドラゴンの肉だね。」
「じゃあ、それを。」
ドラゴンの肉か。どんな味がするんだろう?
僕らは、しばらく雑談で盛り上がった。
「はい。ビールお待ちどうさま。」
「この国では、お酒を飲むときの習慣は何かあるのかい?」
僕は、気になって、ハックに聞いてみた。
「そうじゃの。こうグラスを持って。高く上に上げて、乾杯!と声をそろえる。」
なんだ、日本と全く一緒だ。僕は安心した。
「じゃあ、旅の無事を祈って、乾杯!」
「乾杯!」
「はい、骨付きドラゴンの肉、お待ちどうさま。」
ドラゴンの肉が来た。
流石にドラゴンの肉だけあって、骨付きのチキンよりも数倍大きい。
「おお、これがドラゴンの肉か。」
ゴラムが肉にかぶりついた。
ゴラムの顔が隠れるほどの大きさだ。
「!? これは!めちゃくちゃ旨いぞ!みんなも早く食え!」
相当、美味しかったらしい。僕もかぶりついてみた。
これは!鶏肉に似ているけど、鶏とは違ううま味がある。
恐らくタレに付けて焼いただけなのだろうが、そのタレの味も絶品だ。
おすすめというだけのことはある。
これは、ビールが進む味だ。
「このお肉、本当に美味しい。世界には私の知らない、美味しいものがいっぱいあるのね。」
リリアは、ナイフとフォークを使って、上手に食べている。
「ドラゴンの肉を食べたのは数十年ぶりじゃ。やはり旨いのう。」
ハックは食べたことがあるのか。昔は冒険者だったんだろうか?
「ドラゴンと言えば、ガルムヘルムっていう、この町の名前って、伝説の戦士ガルムと関係があるのか?」
僕はドラゴンの肉を頬張りながら聞いてみた。
「この町は、俺の師匠の故郷だ。だから、ガルムヘルム。」
ゴラムが答えた。やっぱりそうなのか。
「じゃあ、ゴラムの師匠は、この町に住んでるのか?」
「いや、今は首都エルドにいるはずだ。」
「そうか、ここでは会えないのか。残念だな。」
「近くに、師匠がドラゴンと戦った谷があるな。今では、ドラゴンの数も昔に比べて減っているはずだ。」
「行ってみたいな。その谷。この目でドラゴンを見てみたい。」
「やめておけ。ドラゴンに襲われたら命がない。」
「それじゃあ、ここの店のお肉って、どうやって手に入れてるの?」
リリアが当然の疑問をぶつける。
「恐らく、死んですぐのドラゴンや弱ったドラゴンの肉じゃろうな。」
流石にドラゴン狩りは無謀だったか。
美味しい食事とお酒を楽しんで、僕らは宿屋に戻った。
宿屋には日本の旅館のような大浴場があった。
僕らは、湯船に浸かって旅の疲れを癒した。
異世界で、こんなに大きな風呂に入れるとは。
異世界生活もたまにはいいもんだ。
部屋に戻ると、ビールをたらふく飲んだゴラムとハックはすぐに寝てしまった。
僕は、窓際で外を眺めながら、しばらくこの世界に来てからのことを思い返していた。
流石に大きな町だけのことはあって、たくさんの家に灯りがついている。
でも電気の明かりとは違う、優しい灯りだ。
遠くには黒い山々が連なり、その上には満天の星空。
僕は改めて、この世界の夜が好きだと思う。
魔物が出なければもっと良いのだけど。
リリアは、今、どうしているだろうか?
少し気になったので、様子を見に行ってみる。
躊躇しながら、リリアの部屋のドアをノックしてみた。
トントン。
返事がない。
もう寝ているんだな。と思って帰ろうとしたとき。扉が開いた。
「はい?あ、ケンタ。」
「リリア。もう寝てるかと思った。」
「中にどうぞ。」
リリアに促されたので、そのまま部屋の中に入った。
一人部屋なので、広くはないけど、ベットと机、椅子、収納もあって、十分な大きさだ。
リリアはベットの端に座り、僕は窓際の椅子に腰かけた。
「なんだか、すぐに寝れなくて。」
「僕もだよ。」
「ちょっとおしゃべりしない?」
「そうだね。」
それから、僕らは、他愛のない話をした。
「この町は人がいっぱいで賑やかだね。お祭りみたい。」
「集落にいたときには考えられなかったでしょ?」
「旅に出てからは驚くことばかりだけど、すごく楽しい。」
「僕も、この世界のことを全く知らないから、そういう意味では、リリアと同じだな。」
「ケンタのいた世界は、ここよりも文明が進んでいるから、きっと退屈でしょう?」
「そんなことないよ。確かに不便さは感じるけど、退屈なんてことは無い。刺激的だよ。」
「私たち、この広い世界(エルドランド)を知りたいってことでは、似た者同士だね。」
「本当だね。リリアのいう通りだ。」
「私、子供の時は、外の世界が怖かったの。魔物はいるし、他の村の人とは言葉が通じないし。」
「うん。でも、今はこうして旅に出てる。」
「ケンタと出会ったお陰で、私の世界は広がったの。本当にありがとう。」
「僕の方こそ。リリアと一緒だから旅が楽しいよ。」
リリアは、ベットから立ち上がると、もう一つの椅子を僕の横に置いて、座った。
「この窓から見える景色も綺麗ね。」
「うん。町の灯りと星空が両方見える。」
「私、ケンタとだったら、ずっと旅していたいな。」
「うん。」
「ふわぁ。なんだか眠くなってきちゃった。」
「そろそろ寝ようか。」
僕が、部屋に帰ろうと思って椅子から立った瞬間。
まだ酔いが残っていたのか、バランスを崩してベットに仰向けに倒れてしまった。
僕を助けようと手を伸ばしたリリアもバランスを崩して、その反動で、僕に覆いかぶさる格好になった。
リリアと目が合う。
思わず顔が赤くなる。
リリアの顔が近づいてきた。
リリアの息遣いを感じる。
リリアが目を閉じた。
僕も目を閉じる。
次の瞬間、僕とリリアの唇が触れ合うのが分かった。
すぐにリリアは体を起こした。
「じゃあね、ケンタ。おやすみなさい。」
僕もあわてて起き上がる。
「リリア、おやすみ。」
僕は、急いで部屋を出た。
自分の部屋に戻ると、ゴラムがいびきをかいて寝ている。ハックも熟睡しているようだ。
僕は、ベットに潜り込み、さっきの唇の感触を思い出していた。
そして、夜が明けた。
「ドラゴンの谷に行こう。」
昨日、あれだけやめておけと言っていたゴラムがおかしなことを言い出す。
「危険だって言ってなかったか?」
「ドラゴンの谷にはお宝があるんだよ。」
お宝?危険を冒す価値があるのか?
「危ない橋を渡ってまで探しに行く価値があるのか?」
「もちろんだ。俺の師匠のお宝だからな。」
ゴラムが力説する。
あまり気が進まないけど、リターンが多いなら行ってみるか。
「ゴラム、わかった。ドラゴンの谷に行こう。ただし、危なそうだったら、すぐに引き返す。」
「ありがとう。ケンタ。」
「まあ、乗りかかった舟じゃ。ドラゴンに合わないように祈ろう。」
ハックもあまり乗り気ではなさそうだ。
「怖いけど、行ってみましょう!回復は私に任せて。」
リリアの回復魔法は心強いけど、一撃で即死だったら回復も意味ないぞ。
僕らは、戦士ガルムのお宝を目指して、ドラゴンの谷に向かうことになった。