僕らはいよいよ、まだ見ぬドラゴンの谷に向かった。
半日ほど馬車を進めて、深い森を抜けると、急に視界が開けて、何物も寄せ付けないような険しい渓谷に出た。
ここがドラゴンの谷のようだ。
確かに恐ろしいドラゴンが住んでいてもおかしくない雰囲気はある。
僕は周りをグルっと見渡しながら言った。
「ゴラム、お宝はどこにあるのか、わかるのか?」
ゴラムも何かを探しているようだ。周りをキョロキョロと見回している。
「このあたりに、師匠が作った小屋があるはずなんだ。」
リリアが周りを警戒しながら言う。
「じゃあ、小屋を探せばいいのね。」
ハックが上の方をを見て言った。
「あの上に建ってるのが、そうかの?」
ゴラムがジッと目を凝らす。すると、確信に満ちた目になって言った。
「あ。あれが師匠の小屋に違いない。よし、あそこに行くぞ。」
谷底から山の上に蛇のようにくねくねと伸びる道を見つけた。
あの道から小屋のところまで行けそうだ。
馬車がギリギリ通れる太さの険しい山道を登っていく。
気を付けてないと馬車から振り落とされそうだ。
しばらく進むと、小屋に辿り着いた。
丸太でできた小さな小屋で、何の飾りもないシンプルな作りの建物だ。
扉には鍵は掛かっていない。
「よし、中に入ってみよう。」
ゴラムを先頭にみんなで慎重に小屋の中に入る。
部屋の中は、大きな棚が一つあるだけで、他には家財道具も武器らしいものも何もなかった。
棚にはいろいろな物が置いてあるが、見たところガラクタしかなさそうだ。
「ゴラムの師匠は、ここで何をしていたんじゃ?」
ハックが訝しげに聞いた。
「師匠はここで修行をしてたんだよ。ドラゴンを相手に。」
ゴラムが棚を物色しながら答える。
「ドラゴンと修行してたなんて、本当に強かったんだな。ゴラムの師匠は。」
僕は感心した。その師匠に教えてもらったゴラムも強いわけだ。
ゴラムはずっと棚を探していたが、何かを見つけたようだ。
「これを見てくれ。レバーがあるぞ。」
本当だ、錆びた金属製のレバーがある。
「引いてみましょう!」
リリアは興味津々だ。目が輝いている。
「よし!引くぞ!」
ゴラムが力を込めてレバーを引いた。
ガシャッ。
ゴゴゴゴゴ・・・。
部屋の壁が動き出した。するとその奥に隠し部屋が現れた。
隠し部屋の中には、たくさんの武器や防具が並んでいる。
「これは、名剣ドラゴンバスターじゃないか!」
ゴラムが、一本の剣を手に取り、興奮気味に言った。
「ここには、伝説の魔法の杖があるぞ。魔法の法衣もじゃ!」
ハックも珍しく興奮している。
「よし、ここの装備は全部、ありがたく使わせてもらおう。」
僕も、今の装備では心もとない。中には扱いやすそうな短剣もありそうだ。
必要な装備や使えそうな道具を頂いて、僕らは丸太小屋を後にした。
まさか、こんな所で強力な装備が手に入るとは。
僕らのパーティの戦力もこれで大分上がったはずだ。
意気揚々と馬車は再び谷底に向かう。谷の底まで下りてガルムヘルムの町に戻ろうとした、その時。
巨大な影が僕らの前に立ちはだかった。
・・・ドラゴンだ!!
僕らはすぐさま戦闘態勢に入った。
「まさか、本当にドラゴンに会うとは。」
「ケンタ!嘆いてる暇はないぞ。ドラゴンの考えを読んでくれ!」
ゴラムが武器を構えて言う。
「わかった!」
僕はスキルを発動して、ドラゴンの考えを読んだ。霧のかかったようなビジョンがはっきりしてくる。見えた!
「ゴラム!右手の攻撃が来る!」
「よし!これでも喰らえ!」
ゴラムが右手の攻撃をかわして、ドラゴンの右足を切りつける。
「水よ、出でよ!ウォーター!」
ハックの水魔法がドラゴンに直撃する。
グウォー!
怯んだところを、ゴラムがさらに斬りつける。
「ゴラム!ハック!次は火を吐くぞ!気をつけろ!リリアは、バリアを!」
ドラゴンが火を吐くビジョンが見えた。ドラゴンの口元に赤い炎が現れ一気に炎が押し寄せてきた。
「わかった!防御せよ!バリア!」
リリアの防御魔法で炎をしのぐ。
「今だ!ゴラム!左ががら空きだ!」
僕は叫んだ。と同時にゴラムが飛ぶ。
「これでも、喰らえ!!」
ドラゴンの首を捉えた!そのまま、一気に首を落とそうとした瞬間。
バスッ!
ゴラムが、ドラゴンの尻尾で叩き落された。
ウワァッ!!
ゴラムは負傷してしまった。
「リリア!ゴラムの回復を頼む!ハックは魔法で援護してくれ!」
僕は咄嗟に指示を出した。
「わかったわ!」
「よし、わかった!」
「氷よ、出でよ!ブリザード!」
ハックの氷魔法が炸裂する。
ドラゴンも寒さには弱いようだ。動きが鈍くなる。
「回復せよ!ヒール!」
その一方で、リリアがゴラムの傷を回復する。
ゴラムは、首を振って起き上がった。
再びゴラムが、ドラゴンの首を狙う。
「こいつでどうだ!」
シャキーン!!
ドラゴンの尻尾を切断した!ドラゴンの赤い血が噴き出し、周囲に血生臭い臭いが漂う。ゴラムは、間髪入れずに切りかかる。
「これで、とどめだ!!」
ザンッ!
ドラゴンの首を見事切り落とした。
「どんなもんだ!!名剣ドラゴンバスターの切れ味!!」
ゴラムは勝利の雄たけびを上げた。
ドラゴンを倒した!やったぞ。
その後、ドラゴンの肉をゴラムがその場で捌いて、馬車に積みこんだ。
馬車はドラゴンの肉でいっぱいだ。
僕らはガルムヘルムの町に凱旋した。
持ち帰ったドラゴンの肉は、「ドラゴンの牙」に持ち込んだ。
これほど新鮮なドラゴンの肉は珍しいらしく、店主も驚いていた。
その晩は、新鮮なドラゴンの骨付き肉が客に振舞われた。
僕らのパーティもドラゴンに勝利したパーティとして、町中に名前が知れ渡った。
「ゴラムの活躍は凄かったな。」
僕らは酒場で祝杯をあげていた。
「師匠が残してくれた装備のお陰だよ。」
ゴラムが謙遜して言う。
「わしの魔法もなかなかじゃったじゃろう?」
「ハックの魔法も凄かった。ただの爺さんじゃなかったんだな。」
正直、ハックのことは今回の戦いで見直した。
「リリアのバリアも凄かったよ。」
「私も役に立てて、良かった。」
話していると、どっさりと肉の山が運ばれてきた。
「お客さん、今日は店のおごりだ。たくさん食べておくれ。」
店主からの差し入れだ。
「よーし!今日は食うぞ!飲むぞ!」
ゴラムとハックは、ご機嫌だ。
そんな中、
僕は、少し一人になりたくて2階のテラスに向かった。
外の風が涼しい。今日は町中がお祭りムードだ。
あちこちでにぎやかな声が聞こえる。
そんな周りの人たちとは反対に、この広い異世界で、僕は独りぼっちのような気持になっていた。
今回のドラゴンとの戦いで、みんなと比べて、僕は何も貢献できていない。
僕は本当にここにいていい人間なんだろうか?
ただ図書館で本を読んでいただけの大学生なのに。
「ケンタ、一人で何してるの?」
振り返ると、リリアがいた。
「うん、ちょっと、一人になりたくてね。」
「お邪魔だったかしら?」
「そんなことないよ。」
「ねえ。何か悩みがあるなら言って欲しいな。仲間なんだから。」
「僕は、みんなの役に立ってるのかな?って思ってね。」
「あなたは、私たちに必要な人よ。十分役に立ってるわ。」
「そうかな。」
「そうよ。ドラゴンとの戦いのときだって、あなたの的確な指示がなかったら負けてた。もっと自信を持っていいと思う。」
「みんなが命がけで戦ってるのに申し訳ないって考えちゃって。」
「それぞれに役割があるんだから、あまり気にしなくていいんじゃないかな。」
「僕の翻訳スキルも、戦闘向きじゃないし。」
「あなたのスキルは素敵だと思う。別の種族との懸け橋になれる。魔物とももしかしたら仲良くなれるかも知れない。そんな能力、他にないわ。」
「素敵、か.。そんな風に言われたのは初めてだな。」
「そう、素敵なスキルだと思う。」
リリアが続ける。
「それに、あなたはリーダーの素質もあると思うわ。」
「僕がリーダーか。そうなれるように頑張るよ。」
「うん。ケンタが暗い顔してると私も心配よ。笑うとかわいいんだから、もっと笑って。」
「か、かわいい?」
「ふふ。ケンタの笑顔、かわいいよ。」
顔が真っ赤になるのがわかった。女子に初めてかわいいなんて言われた。
「さあ、もどろう?」
僕らは中に戻った。
「ケンタ!長い小便だったな!」
ゴラムがご陽気だ。
「ごめんごめん。さあ、飲みなおそう。」
ハックは、すでに酔いつぶれて寝てしまっている。
「ハック!ここで寝ちゃだめだぞ。」
「んん?むにゃむにゃ。」
これは、起きそうにない。最悪、置いていくか。
「ハックもゴラムも飲み過ぎね。」
リリアが呆れている。
酒場の中を改めて見回すと、人間だけでなくゴブリンやエルフ、ドワーフにトロール。様々な種族が一緒になって飲んで騒いでいる。僕のスキルを使って世界を平和にできるのか?いまだに自信がないけど、この酒場の様子を見ていると不可能ではないと思えてくる。なんだか、改めて、頑張ろうという気持ちになっていた。
夜も更け、真夜中を過ぎた頃。寝てしまっているゴラムとハックはそのままにして、僕とリリアは宿屋に帰ることにした。店の主人に、後のことをお願いして、勘定を済ませて、僕らは店を出た。
「ちょっと散歩しようか?」
「そうね。せっかくだし。」
僕とリリアは、ガルムヘルムの町の中を散歩することにした。
酒場を出て石畳の道を進んでいくと大きな広場に出た。
広場には椅子やテーブルが出され、この時間でも飲んでいる人がたくさんいる。広場の中心には、ドラゴンの首を掲げた人物の銅像が立っていた。これが伝説の戦士ガルムだろう。スマホがあれば写真を撮っているところだ。広場を抜けると、狭い路地が続いていた。路地を抜けると急に視界が開けて、何もない平原に出た。小高い丘があって、そこには枝ぶりの立派な大きい木が立っている。僕とリリアは丘を登っていく。大きな木の所までたどり着いて振り返ると、そこには絶景が広がっていた。
ガルムヘルムの町を一望できる丘からの景色は、まさに宝石を見ているような美しさ。僕がいた世界のどの都市の夜景よりも素晴らしい眺めだった。
僕は、その美しい景色を見て、こんな頼りない僕でも夜空に輝く星のように輝くことができるんじゃないか?と少し前向きな気持ちになっていた。
「きれい。。。」
リリアがつぶやいた。
「本当にきれいだ。」
僕もつぶやいた。
しばらくの間、2人で黙って丘からの眺めを見ていた。
「帰ろうか。」
「そうね。眠くなってきちゃった。」
この何でもない時間が、ずっと続くと良いのに、僕は、そんな風に思った。
満天の星空が、僕らを優しく包んでくれているような、そんな穏やかな気持ち。
そして、僕らは、ゆっくり歩いて、他愛のない会話をしながら宿屋まで帰った。