翌日。
酒場で机に突っ伏して熟睡しているハックとゴラムを叩き起こして、何とか宿屋まで連れてきた。
僕は、ここから先の行程について、宿屋の主人に話を聞いていた。
ガルムヘルムの町を出ると、大きな森に突き当たる。エルドランド樹海という、この世界でも最大の樹海だ。中を通れば最短距離で行けるが、迷って出れなくなる旅人も多くいるらしい。普通は、樹海を避けて大回りしていくそうだ。
僕らの旅は、そう急ぐ旅ではない。大回りするコースを選んだ方が無難だろう。樹海を囲むようにして、いくつか村があるらしいので、村に寄りつつ進めばいい。樹海を過ぎれば首都エルドはもうすぐだ。
僕らは、ガルムヘルムの町を出発してエルドランド樹海に向かった。
樹海までは、広大な平原の中の一本道を延々と進んでいく。地平線の向こうに黒緑の重苦しい塊が見えてきた。あれが恐らく樹海だろう。
道を進むと黒い塊が段々と大きくなり、不気味な影のように向こうから迫ってくるような気がする。まるで何か大きな生き物のようだ。ついに、僕らは樹海の入り口にたどり着いた。
道は、左右の迂回路と、樹海の中に続く道、3本あった。安全を考えれば迂回路を行くのが正解だ。
「誰かが呼んでる気がする。」
リリアが真顔で気味の悪いことを言い出す。
「リリアも感じるか?わしもじゃ。」
ハックまで。
「俺も何かに呼ばれてる気配を感じるぜ。」
ゴラムまで言い出した。
「僕は何も感じないけど・・・」
と言った瞬間だった。
タスケテ・・・
確かに「助けて」という声が聞こえた。
「僕にも今、助けを求める声が聞こえた。樹海の中の道を行こう。」
助けを求める声を無視は出来ない。僕らは樹海の中の道を進むことにした。
樹海の中は、夜のように暗く、時々鳥の声が聞こえる以外は、何の音もしない。外よりも肌寒くて重苦しい空気が漂っている。土は湿り気があり独特の臭いが漂っている。油断をしていると足元を取られそうだ。
僕らは樹海の中の道を真っすぐに進んでいった。
すると、目の前が急にひらけた。
真ん中に天まで届きそうな巨大な木が立っている。
タスケテ・・・
助けを求める声はこの大木から聞こえるようだ。
ブワッ!
急に風が吹いた。そして気づくと、さっきまでいたのとは違う場所にいた。
周囲はもやがかかったように真っ白で何も見えない。
足元は短い草が生えている。
向こうから無数の黒い影が近づいてきた。
「何だ?ここは?」
ゴラムがキョロキョロしながら言った。
「恐らく、あの大木の中じゃな。」
ハックは何かを知っているようだ。
「ハック、この大木は何なんだ。」
「この大木は、樹海の守り神。樹海の命じゃ。」
黒い影が近づいてくる。
この気配は、間違いなく敵だ。
「みんな、気をつけろ!敵だ!」
もやの中から姿を現したのは、巨大なアリだ。
もしかして、シロアリ?この木を食べているのか!
気が付けば、周りをアリたちに囲まれている。
「ハック!魔法を!こいつらの考えを読むまで頑張ってくれ!」
「わかったぞ!炎よ、出でよ!インフェルノ!」
「リリア!防御魔法を頼む!」
「はい!防御せよ!シールド!」
馬車の周囲にシールドが張られる。これで少しはもつはずだ。
「ウオーッ!」
ゴラムがアリたちに斬りかかる。
ギャー!
足を切られたアリたちは身動きが取れなくなっているが、後から後からドンドン湧いてくる。
突然、僕の頭に突き刺さるように、何かの思考が流れ込んできた。
「ワタシノコドモタチヲキヅツケタ。オマエタチユルサナイ。」
これは、女王アリの思考だ。かなりの怒りを感じる。女王アリはどこにいるんだ?
「ゴラム!女王アリを探せ!一番大きくて羽が生えてるヤツだ!」
「ケンタ!わかった!」
僕は、女王アリの思考を読んで居場所を探そうとした。が、たくさんのアリたちの思考が邪魔をして、なかなか読み取れない。
「まだまだじゃ!炎よ、出でよ!インフェルノ!」
ハックが魔法で奮戦している。ハックの魔力が尽きる前に何とか女王を探さなくては。
僕は、集中して女王アリの思考を追った。
見えた!
「ゴラム!右側の高くなってる場所に女王がいる!そいつを倒すんだ!」
「よし!まかせろ!」
ゴラムが素早く女王アリに近づいていく。まだ気づいていないようだ。
「食らえ!」
ゴラムが剣を振りかぶり、女王アリの体に振り下ろした!
グギャーッ!!
ゴラムの剣が女王アリの体に突き刺さり貫通した。動けなくなった女王アリにゴラムはとどめを刺した。
女王アリが死んだことがわかると、他のアリたちはどこかに消えていった。
「勝ったぞ!」
ゴラムが雄たけびを上げる。
すると、大木の思考が頭の中に流れ込んできた。
【アリガトウ。 旅の人。お礼にあなた方に祝福を与えましょう。】
僕らは、まばゆい光に包まれる。そして気を失った。
気が付くと、僕らは大木のそばにいた。
「何だか力が溢れ出てくる感じがするぞ。」
ゴラムが言う。
「わしもじゃ。魔力が一段階上がったような。」
ハックもだ。
「私も。魔力が上がった感じがする。」
リリアまで。
樹海の守り神の祝福で、僕らはどうやらパワーアップしたみたいだ。
僕のスキルも進化したんだろうか?
また大木の声が聞こえた。
【あなたのスキルに人の考えを知ることが出来る力を与えました。あなたが知りたい相手の考えがわかるようになります。】
相手の心が読める能力。テレパシーみたいなものか。使いどころが難しそうだ。
樹海の守り神の祝福を受けた僕らは、樹海の外に向けて出発した。
樹海の外に出てすぐに小さな村があった。僕らはそこで休むことにした。
ゲートには「樹海村」と書いてある。
宿屋らしき建物があったので、まずは泊まる場所の確保だ。
僕のスキルが発動した。ここはまた違う言語を使っているようだ。
「いらっしゃい。」
「泊まる部屋を一晩お願いしたいんですけど。」
「空いてますよ。旅人は久しぶりだ。どうぞ。」
とりあえず、部屋を確保できた。
次は情報収集。酒場に向かう。
小さな村なので、酒場もすぐに見つかった。
ミルドの村の酒場よりもこじんまりとしている。
中に入ると数人の客がいた。
マスターに飲み物の注文をして、カウンターに座る。
「あんたたち旅の人かい?」
「はい。首都ミルドに向かって旅をしてる途中です。」
「それは長旅ご苦労だね。」
「この樹海村って、どういう村なんですか?」
「見ての通り、寂れた村さ。昔は旅人や商人たちで賑わってたけど、今は旅人もほとんど来ない。」
「なぜ、そんなことに?」
「樹海の周りの他の町に人が移ったってのが大きいね。あんなことさえなけりゃ。」
「あんなこと?」
マスターが話し出した。
話は数年前に遡る。
樹海にはドリアードと呼ばれる木の魔物が住んでいる。
お互いに干渉せず、それまでは特に何事も起きていなかった。
ところがある日。村の子供が、樹海の淵で遊んでいたときに事件は起こった。
子供が誤って怪我をしてしまった。一人では歩けないほどの大怪我だ。
その子はドリアードたちに樹海の中に連れ去られてしまった。
怒った子供の父親は、樹海に火を放った。森に住んでいたドリアードの一部は焼け死に、一部は別の場所に移り住んだ。
それからしばらくして、子供は怪我の治った状態で無事に帰ってきたそうだ。
それ以来、樹海からはドリアードの呻き声が聞こえるようになり、怯えた人々は村から出ていった。
・・・ということだ。
「すれ違いが生んだ悲しい話ですね。胸が締め付けられる。」
「それで、この村はすっかり寂れてしまったんだ。」
「ドリアードさん、かわいそう。」
リリアが悲しげな顔で言う。
「ドリアードに訳を話して許してもらえばいいんじゃないか?」
ゴラムが言う。
「そうじゃな。ドリアードにも話の分かるやつがいるじゃろう。」
ハックまで。
「わかったよ。僕がドリアードと話をしよう。」
「おお、旅の人、本当か?そうしてもらえると助かるよ。」
「マスター、僕に任せてください。」
みんなとマスターに押し切られてしまった。
こうして、僕らは、ドリアードとの話し合いに行くことになった。
「ハック。ドリアードとは、どういう種族なんだ?」
僕は、気になってハックに聞いてみた。
「大きな木の姿をした魔物じゃ。森や林の中に住み、元来、おとなしい性格の魔物で、人間とは比較的友好的なはずじゃ。」
「それなら、話し合いで分かってくれそうだな。」
「恐らく。ただ、もし戦いになると、彼らは勇敢じゃ。敵に回したら大変なことになる。」
「わかった。そうならないために、僕がいるんだ。任せてくれ。」
僕らは再び樹海の中に入っていく。ドリアードはどこにいるのだろう?
警戒しながら奥へと進んでいく。
すると、何か声のような音が聞こえてきた。僕はスキルを発動した。
【人間よ。この樹海に何をしに来た。】
「ドリアード!僕は、樹海村の人に頼まれてきた!」
【あの村の人間は、私たちの仲間を焼き殺した。その罪は重い。】
「ドリアード!姿を見せてくれないか?話をしたい!」
【さっきから、近くにいるぞ。】
樹海の木の一本が、ありえない形でグニャっと曲がった。あれは、頭だ。木に2つの目があって、枝がピノキオの鼻のように伸びている。その下には口がある。
ドン!ドン!
土の中から足を引き抜いた。太い根のような足だ。
「うわーっ!」
ゴラムとリリアが驚いて口をあんぐりと開けている。
ドリアードが、その巨体の全てを現した。
【これでどうだ。話しやすくなっただろう?人間よ。】
「ありがとう。ドリアード。僕はケンタだ。」
【私はドリド。】
「ドリド。今回は、数年前のことで、誤解を解きに来た。」
【私たちは、人間の子供を助けた。怪我を治して返してやった。それなのに、人間は私たちに火を放った。許せない。】
「ドリド。気持ちはわかる。でも、子供の親も必死だったんだ。子供を助けるためにしたことなんだ。確かにお互いに誤解があった。でも、人間を許してくれないか?」
【私たちは人の命を助けた!人はドリアードの命を奪った!許せない!】
ドリドの低い声がビリビリと響き、強烈な風が吹く。葉っぱや枝が飛んできて、体を打ち付ける。
僕は、ドリドの怒りはかなり深く大きいと感じた。
「ドリド!怒るのはわかる。人間は魔物を恐れ、過ちを犯す生き物だ。でもお互いに助け合えば、もっといい世界が作れる。今回は、許してくれないか?」
【許したとして、何か見返りはあるのか?】
「人が過ちを認め、反省した証として、亡くなったドリアードの慰霊碑を立てよう。」
【慰霊碑?墓か。】
「そうだ。その代わり、人間を脅かすのはやめてくれ。」
【うむ。わかった。その言葉、信じよう。】
「ありがとう。ドリド。」
【約束だぞ。】
そういうと、ドリドは、元の木に戻った。
「交渉成立?」
リリアが聞く。
「ああ、交渉成立だ。村に帰って、村人に話そう。」
僕らは樹海村に戻った。
村に戻ると酒場のマスターに村長を呼んでもらった。
「・・・と言うわけで、樹海の淵にドリアードの慰霊碑を作ってもらいたいんです。」
「それで、夜中の不気味なうめき声も止むんですな。」
「そうです。それが約束です。」
「わかりました。作りましょう。ちょうど良い石もある。」
「ありがとうございます。」
数日後。
ドリアードの慰霊碑が完成した。
『人の手によって奪われたドリアードたちの霊を慰める為に、この慰霊碑を立てる』と彫ってある。
村の子供たちが、お供え物を慰霊碑に捧げる。
周りの大人たちは、慰霊碑に向かって祈りを捧げた。
【ありがとう、人間よ。】
ドリドの声が聞こえた。
これ以降、村人は慰霊碑への供え物を絶やすことなく、
樹海村は静かな夜を取り戻したということだ。